第50話 神速の銀狼、重すぎる愛の宣言で暴動を瞬殺する
「絶対やだっ! 恥ずかしくて死ぬ! っていうか、あんな女の群れの中にお姫様抱っこで放り込まれたら、私間違いなく嫉妬で八つ裂きにされて殺される!!」
レイの腕の中で、イリスは涙目でジタバタと大暴れした。
相手はオーガでも風牙狼でもない、恋心と絶望に狂った王都の女性ファンである。魔法でなぎ払うわけにもいかず、そんな魔境に「勝者の嫁」として顔を晒すなど、公開処刑以外の何物でもない。なんならその場で呪い殺される自信すらある。
「えー……」
必死すぎるイリスの抵抗にあい、レイはあからさまにしゅん……と幻の犬耳と尻尾を垂れ下げた。
「うーん……そっか。イリスが嫌なら、俺だけで行ってくるね……」
名残惜しそうにイリスをソファに下ろすと、レイはとぼとぼとした足取りで執務室を出て行った。
その後ろ姿があまりにも可哀想な捨て犬のようで、イリスはチクリと胸に罪悪感を覚えたが……それでも、窓の外から聞こえてくる「泥棒猫ぉぉ!」「女を出せぇぇ!」という凄まじい熱量の前に出ていく勇気は、到底持てなかった。
(ご、ごめんなさいレイ……。でも私には荷が重すぎるわ……っ)
イリスが震えながら待つこと、数分。
『――ピギャアアアアアアアアアアアッッ!!!!』
突如、窓ガラスがビリビリと震えるほどの、鼓膜を破らんばかりの女性たちの凄まじい悲鳴が王都の空に響き渡った。
「ひぃっ!?」
イリスはビクッと肩を跳ねさせ、顔を真っ青にした。
暴動が起きたのか。それとも、ついに騎士団の門が突破されてレイが揉みくちゃにされているのか。
「あ、あのバカ、一体外で何言ったのよ……!?」
気が気ではないイリスが、杖を握りしめて助けに行こうかと腰を浮かせた、その時だった。
ガチャリ。
「ただいまー、イリス! 終わったよ!」
扉を開けて戻ってきたのは、服の乱れ一つなく、清々しい笑顔を浮かべたレイだった。
「レ、レイ……? 無事だったの? っていうか、今ものすごい悲鳴が聞こえたんだけど……な、外でなんて説明したの?」
恐る恐る尋ねるイリスに対し、レイはニコリと極上の微笑みを浮かべて答えた。
「ううん、別に大したことは言ってないよ。『産まれる前から好きだった人と、やっと結婚出来ました。俺は今、世界で一番幸せです』って報告しただけ」
「…………はい?」
「そうしたら、みんな急にバタバタ倒れちゃってさ。よくわかんないけど、静かになったから帰ってきた!」
無邪気に笑う神速の銀狼の背後から、幽鬼のような足取りでヘイズが執務室に入ってきた。その顔は、長時間の激戦を終えた後のようにひどくやつれている。
「ヘイズ……? 外、どうなったの……?」
「……終わったよ。全部な……」
ヘイズは虚ろな目で壁にもたれかかり、先ほどの地獄絵図を語り始めた。
暴動寸前だった女たちの前に、国宝級のイケメンが、この世のすべての幸福を詰め込んだような至高の笑顔で現れたのだ。
そして放たれた、『産まれる前からの純愛』というあまりにも重く、ロマンチックで、圧倒的な真実の愛の宣言。
付け入る隙など一ミリもないと悟らされた女たちは、その尊すぎる眩しさと、自分が入り込む余地のない完結した純愛の波動を至近距離で浴びた結果。
「……半分は『尊い……っ』と謎の言葉を残して泡を吹いて気絶し、もう半分は『あんな顔されたら応援するしかないじゃないのぉぉぉ!』と血の涙を流しながら崩れ落ちた……。見事な瞬殺劇だったぜ……」
「えぇ……」
イリスはドン引きして頬を引きつらせた。
圧倒的な武力と、顔面と、何よりも『イリスへのクソデカ感情』という重すぎる愛。
それらを無自覚に叩きつけるレイの恐ろしさを、王都の女性たちとイリスは、思い知らされることになったのである。
「ね、イリス! 平和に解決したし、今から続きしよ! 尻尾出す?」
「しないわよバカッ!! アンタって奴は本当に……っ!」
外で気絶している女性ファンたちの屍の山をよそに。
今日も緋翼騎士団の執務室からは、ワンコ系(肉食)の夫と、すっかり絆された世話焼き妻の、平和で賑やかな痴話喧嘩が響くのだった。




