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第48話 魔導士イリス、初夜にて神速の銀狼の真の恐ろしさを知る

その日の夜。

晴れて正式な『夫婦』となった二人は、同室のベッドの上で向かい合って座っていた。

……とはいえ、ロマンチックな雰囲気は皆無である。イリスの意識は、目の前の夫の顔面ではなく、彼が顕現させてくれた巨大な銀の尻尾にのみ注がれていた。


「あぁ……今日はお昼から出してもらったから、毛並みが最高にフワッフワね……たまらないわ……」

「ふふっ。イリス、そんなに喜んでくれて俺も嬉しいな」


イリスは完全にモフモフの虜となり、一心不乱に尻尾に顔を埋め、ブラッシングに勤しんでいる。そんな彼女の背後から、レイがふわりと腕を回して抱きついた。


「イリス。……俺たち、今日から夫婦だね」

「ひゃっ。そ、そうね」


突然のハグにイリスはビクッと肩を跳ねさせ、顔を赤くして照れ隠しのように頷いた。

レイはイリスの首筋に顔を埋め、甘い匂いを深く吸い込みながら、耳元でくすくすと笑う。


「じゃあ……イリスの心も、体も、髪の毛一本から爪の先に至るまで。……イリスは全部、僕のものだよね?」


「えっ……」

少しだけトーンの落ちた、甘くネットリとしたレイの声。

一瞬、背筋がゾクッとするような違和感を覚えたイリスだったが、モフモフに脳の半分を溶かされている彼女は、深く考えることを放棄してしまった。


「ま、まぁ……夫婦に、なったんだから。そう、なるんじゃないの……?」


当たり障りのないように、曖昧にそう答えた、次の瞬間だった。


「――言ったね?」


「えっ?」


ガシッ!!

レイの腕に強い力が込められたかと思うと、イリスの体はフワリと宙に浮いた。

あっという間にベッドのど真ん中へと引き倒され、気づけば彼女の細い手首は、レイの大きな両手によってシーツに縫い付けられていた。


「レ、レイ……!?」


イリスが目を白黒させて見上げると、そこにはいつもの『可愛いワンコ』の姿はなかった。

蒼い瞳は暗く熱い光を宿し、獲物を完全に追い詰めた『捕食者』の絶対的な笑みを浮かべて、イリスを見下ろしている。


「待って、ちょっと! いきなり何……っ」

「なんで焦ってるの? イリス、前に俺が言ったこと覚えてるでしょ?」


レイはイリスの手首を押さえたまま、もう片方の手で彼女の頬を熱っぽく撫でた。


「結婚したら、いつでもどこでもモフモフし放題にしてあげるって約束したし。……大人の意味で、男女の『こういう事』をするって、ちゃんと言ったよね?」


「あ……っ!」


ここでようやく、恋愛偏差値底辺のイリスは『自分がとんでもない契約(結婚)にサインしてしまったこと』に気がついた。

レイは嘘など一つもついていなかった。モフモフし放題にしてあげる(ただし自分も好き放題する)、大人の関係になる(遠慮は一切しない)と、事前にすべての宣言を終わらせていたのだ。


そして、イリス自身が先ほど、「全部レイのもの」という決定的な言質を与えてしまった。


「っ、ま、待って! 私、心の準備が……!」

「待たない。もう結婚したんだから、待つ理由がないもん」


レイが顔を近づけ、逃げ道を塞ぐように、あの巨大でフワフワの尻尾がイリスの腰に絡みついて拘束を強める。

モフモフに釣られて自ら肉食獣の檻に入り込んだ愚かな魔導士は、ここにきてようやく、犬の皮を被っていた神速の銀狼の『本当の恐ろしさ』を理解した。


「イリス……愛してる。もう一生、俺から逃がさないからね」

「ひゃんっ……!?」


甘い囁きと共に、イリスの抗議の声はすべて甘い口付けによって塞がれた。


――緋翼騎士団が誇る『神速』の体力が『溜まりに溜まった長年の執着と性欲』と結びついた結果、どのような惨劇を引き起こすか。


「……も、無理……レイ、もう休まないと……っ」

「ダメ。夫婦なんだから、全部俺に頂戴って言ったでしょ? 愛してる、イリス……」


その夜、イリスの部屋からは夜通し甘い声と泣き言が漏れ続け……新妻となったイリス・アルジュが、朝の光が差し込むまでベッドから一歩も降ろしてもらえることは、決してなかったのである。

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