第45話 神速の銀狼、恋人期間をすっ飛ばして婚姻届へ走る
「ヘイズ!! やったよ! イリスが結婚してくれるって!!」
翌朝、緋翼騎士団の待機所に、レイの歓喜の声が響き渡った。
バンッ!と勢いよく扉を開けて飛び込んできた神速の銀狼は、文字通り全身からキラキラとした光のオーラ(と、千切れんばかりに振られる幻の尻尾)を放っている。
「ブーッ!!」
朝のコーヒーを飲んでいたヘイズは、盛大に中身を吹き出した。
「ゴホッ、ゲホッ……おま、マジか!? あの鉄壁のイリスちゃんが!?」
その騒ぎを聞きつけ、周囲にいた先輩騎士たちもワラワラと群がってきた。
「おいおいマジかよレイ!」
「すげえじゃん! あのお世話係一筋のイリスちゃんを落としたのか!」
「よくあの鉄壁の防御を打ち砕いたな! おめでとう、レイ!」
年齢の若いレイに対し、先輩騎士たちは自分の弟の快挙を祝うように肩をバシバシと叩いて、フランクに賞賛の声を浴びせる。
みんなから祝福され、レイは「えへへ」と照れくさそうに笑った。
「で? どうやったんだ?」
一人の先輩騎士が、興味津々といった顔で身を乗り出した。
「あの手強いイリスちゃんを口説き落としたんだ、さぞかし甘くて情熱的なプロポーズをしたんだろ? 今後の参考にさせてくれよ!」
その言葉に、待機所にいる全員がゴクリと生唾を飲んでレイに注目した。
国宝級のイケメンが放つ、必殺のプロポーズの言葉。一体どれほどロマンチックな愛の囁きだったのか。
期待の視線を一身に浴びながら、レイは全く悪びれる様子もなく、ニコニコの笑顔で言い放った。
「『尻尾、ずっとモフモフさせてあげるから結婚して』って言ったの!」
「「「…………」」」
待機所の空気が、ピタッと止まった。
(((……イリスちゃん、チョロすぎだろおおおおおぉぉぉっっ!!!!!)))
その場にいた騎士全員の心の中で、全く同じ魂のツッコミが雷鳴のように響き渡った。
騎士たちがどれだけ憧れても手に入らない、レイの『圧倒的な強さ』。
街の女たちがすれ違うだけで悲鳴を上げる、レイの『国宝級の顔面』。
しかし、イリス・ベルという少女は、そのどちらにも全く靡かず、陥落の決め手となったのはまさかの『尻尾のモフモフ(毛並み)』だったのだ。
「……嘘だろ。俺たちのエース、モフモフを質に入れて結婚を取り付けやがった……」
「顔面至上主義のこの世界で、まさかの毛並みが勝つなんて……」
絶望にも似た虚無感を抱く先輩騎士たちをよそに、当のレイは上機嫌に鼻歌を歌い始めた。
「ふふふーん♪ えーっと、役所に行って届出をもらってこなくっちゃ! 結婚の手続きって何が必要なんだっけ? あ、その前に団長にも報告に行かなきゃ!」
ルンルン気分でスキップでもしそうな勢いで出口に向かうレイの背中を見て、ヘイズはふと、ある『重大な事実』に気がついた。
「……おい、ちょっと待て、レイ」
「ん? どうしたの、ヘイズ?」
振り返った親友に対し、ヘイズは額を押さえながら、疲労困憊の声で尋ねた。
「お前ら……昨日まで『匂い嗅がせろ』『逃げないで』とかやってたよな? で、昨日プロポーズして、今日から夫婦になるのか?」
「うん! そうだよ!」
「……お前ら、『恋人』の期間を完全にすっ飛ばしてねえか?」
「あ……」
レイの動きが、ピタリと止まった。
周囲の先輩騎士たちも「あっ」と口を開ける。
「た、確かに……」
「手を繋いでデートに行くとか、甘い言葉を囁き合うとか、そういう『恋人同士』の初々しいステップを全部すっ飛ばして、いきなり婚姻届かよ!?」
幼馴染(飼い主と犬)から、いきなりの夫婦へのクラスチェンジ。
恋愛偏差値底辺の二人は、「結婚」というゴールテープを勢いよく切ったものの、そこに至るまでの「過程」という概念を、揃いも揃って見事に忘れ去っていたのである。




