第44話 魔導士イリス、極上のモフモフの前に完全降伏する
「……結婚、してくれるよね?」
背後から抱きすくめられ、耳元で囁かれたその言葉に、イリスの心臓はドクンッと大きく跳ねた。
(わ、私、ついこないだまで『大人の関係を迫られる!』って顔真っ赤にして、全力で逃げ回ってたはずなのに……!)
冷静なもう一人の自分が、脳内でけたたましく警鐘を鳴らす。
しかし、同時に思い出すのだ。ついこの間、自分自身の気持ちと向き合い、『レイの全部を知っているし、別に彼と夫婦になるのも嫌じゃない』と、すでに結論を出してしまっていたことを。
しかも、そこにきて、この『極上のモフモフ』である。
イリスの腕の中にある銀色の巨大な尻尾は、今も体温を帯びてフワフワと彼女の頬を撫でている。
(この尻尾を抱いて眠れたら……どんなに幸せだろう……)
冬の寒さも、日々の疲れも、この毛並みに顔を埋めればすべて吹き飛んでしまうに違いない。
もはや、理性よりも本能(モフモフ欲)が完全に勝っていた。
「……ね、ねえ」
イリスは真っ赤になった顔を尻尾の毛並みに半分埋めたまま、上ずった声で絞り出すように尋ねた。
「この尻尾……寝てる間も、出せるの……?」
その質問の意図を察した瞬間、背後のレイがビクッと体を震わせた。そして、彼女を抱きしめる腕の力を、愛おしさを噛み締めるようにギュッと強める。
「……うん。イリスが望むなら、寝てる間もずっと出しておくよ。イリス専用の抱き枕にしていいから」
「――――っ」
その甘い確約が得られた瞬間、イリスのなけなしの防衛線は、音を立てて完全に崩壊した。
「ほ、ほんとに……ずっと触らせてくれるなら……」
「……うん?」
「触らせてくれるなら……っ、結婚、しても、いい……っ」
顔から火が出そうなほどの羞恥心に襲われ、イリスは尻尾の海に完全に顔を隠しながら、蚊の鳴くような声でついに『陥落の言葉』を口にした。
「……っ!! イリス!!」
レイの声が歓喜にひっくり返る。
「そ、その代わりっ!!」
抱きしめられそうになるのを制して、イリスはガバッと顔を上げた。真っ赤な頬に潤んだ瞳のまま、キッとレイを睨みつける。
「浮気したら、絶対許さないからね!! 他の女の人に尻尾触らせたりしたら、氷漬けにして砕くから!!」
それは、長年の『世話焼きの幼馴染』から、一人の男を独占する『妻』へと、イリス自身が完全に意識を切り替えた決定的な宣言だった。
「……っ! するわけない! 俺にはイリスだけだよ!!」
レイはもう限界だった。
狂喜乱舞でイリスを正面から抱きしめ返し、その首筋に再び顔を埋める。
「やった……っ、やったぁぁ! イリスが俺のお嫁さんになる! 嬉しい、大好き! 愛してる!!」
「ちょ、レイ、苦しいってば! 尻尾! 尻尾が潰れるから優しく抱きしめなさいよ!」
歓喜のあまり涙ぐみながら全身で愛をぶつけてくる神速の銀狼と、プロポーズを受けた直後だというのに何よりも尻尾の安否を気遣うモフモフ狂の魔導士。
王都を救った若き英雄と、その手綱と尻尾を一生握ることになった少女の、壮大で、不器用で、そして最高に甘くてモフモフな恋の駆け引きは、こうして誰もが予想しなかった形(詐欺スレスレ)で、最高の大団円を迎えるのだった。




