第43話 神速の銀狼、モフモフを盾にプロポーズする
「おい、レイ。お前、流石にやりすぎじゃないか?」
訓練場に戻ってきたレイの、あまりにも「やり遂げた」と言わんばかりの清々しい表情を見て、ヘイズは思わず詰め寄った。
昼休み、中庭のベンチで繰り広げられていたあの『膝枕(という名の顔面密着)モフモフタイム』。端から見ていたヘイズには、レイが純真な幼馴染を巧妙に罠にかけているようにしか見えなかったのだ。
「えっ、なんで? イリスがいいって言ったんだよ? 俺、無理やりなんてしてないもん」
レイは心外だと言わんばかりに小首を傾げた。その瞳に罪悪感の欠片もなく、むしろ「合法的に膝枕ができて幸せでした」という達成感のキラキラとした光が溢れている。
「……お前なぁ。あの子がモフモフに目がないのを知ってて、それを餌にするのはもはや詐欺だろ」
「詐欺じゃないよ、需要と供給だよ。……はぁ、このままイリス、俺と結婚してくれないかなぁ。結婚してくれたら、毎日、朝から晩まで好きなだけ触らせてあげるのに」
素振りを再開しながら、レイは本気で「結婚とモフモフの交換」を夢想してため息をついた。
ヘイズは呆れ果て、天を仰ぐ。
「……いくらなんでも、流石にそんなにチョロすぎないだろ、イリスちゃんは。人生の決断を毛並みの良さだけで決めるわけが……」
(……なさそうだけど、あいつの今の様子見てると自信ねぇな……)
ヘイズの不安は、その日の夜、的中することになる。
――夜、イリスの部屋。
「あぁ……今日もいい毛並み……最高……」
夕食後、当然のようにイリスの部屋に居座ったレイは、約束通り耳と尻尾を顕現させていた。イリスは至福の表情で、レイの巨大な尻尾を抱き抱え、その中に顔を埋めてスリスリと堪能している。
もはや、昨日の「オス」としてのレイへの警戒心など、一ミクロも残っていない。極上の手触りに脳を溶かされ、彼女の思考能力は著しく低下していた。
「ねえ、イリス。……前に僕が言ったこと、覚えてる?」
背後から、レイの静かな声が降ってきた。
「ん……前? 何かあったっけ……あぁ、そこ……その耳の付け根のところも、もっと触らせて……」
ポンコツ化した頭で、イリスは生返事をする。耳を弄る彼女の手を、レイの大きな手が優しく、しかし逃がさないように上から重ねた。
「っ……?」
イリスがハッとして動きを止めるより早く。
レイは背後からイリスの細い体をそっと抱き込み、その広い胸の中に彼女を完全に閉じ込めた。
銀色の髪がイリスの頬をくすぐり、熱い吐息が耳元にかかる。
「……イリス」
昼間のワンコのような声ではない。
昨夜、彼女をパニックに陥れた、あの低くて甘い『男』の声。
「僕と結婚したら、二十四時間……いつでも、どこでも、モフモフし放題だよ? 一生、僕の全部をイリスに触らせてあげる」
耳元で囁かれる、悪魔的で魅力的な提案。
そして、追い打ちをかけるように、レイは自分の銀色の尻尾をイリスの腕の中でフワリと揺らし、彼女の頬を優しく撫でた。
「……結婚、してくれるよね?」
伝説の魔獣の力と、国宝級の美貌。そのすべてを『モフモフ』という最強のベールで包み隠し、レイは極めて執念深く、かつ甘やかに、逃げ道を塞がれた幼馴染へと最後の一手を指した。
「い、いつでも……し放題……?」
真っ赤な顔をして固まりながらも、イリスの口から漏れたのは、拒絶ではなく『条件の再確認』だった。
ヘイズの「流石にそんなにチョロくない」という願いも虚しく、イリス・ベルはチョロかった。




