第41話 神速の銀狼、最強の武器で永遠の時間を手に入れる
「んまーっ! やっぱりイリスのご飯は最高だなぁ!」
その夜。レイはここ数日のすれ違いが嘘のように、イリスの部屋の食卓で嬉しそうに夕食を平らげていた。
向かいに座るイリスの方も、つい昨日まで「大人の関係を迫られる!」「顔をまともに見られない!」と顔を真っ赤にして逃げ回っていたことなど、すっかり頭から抜け落ちている。
彼女の脳内は今、あのお伽話の神獣がもたらす『極上のモフモフ』で完全に占拠されていた。恐怖も羞恥心も、圧倒的な毛並みの良さの前には無力だったのだ。
食事が終わるや否や、イリスは片付けもそこそこに、期待に満ちたキラキラとした瞳でレイをジッと見つめた。
(早く……! 早くあの尻尾を出して……!)
言葉にこそ出さないが、その目は雄弁に欲望を語っている。
「……ふふっ」
あまりにもわかりやすい態度の幼馴染に、レイはたまらずクスリと笑った。
「ねえ、イリス。俺……匂い、嗅いでもいい?」
「いいわよ!」
レイが言い終わるか終わらないかのタイミングで、イリスは食い気味に即答した。
「えへへ、じゃあ……」
レイは立ち上がると、椅子に座るイリスの背後に回った。そして、彼女の華奢な首筋に顔を近づけながら、体内の魔力をゆっくりと解放していく。
ぼふんっ!
空気の弾けるような音と共に、レイの頭に銀色の獣耳がピンと立ち、腰から巨大で立派な銀の尻尾が顕現した。
レイがその巨大な尻尾をイリスの体の前へと回してやると、イリスの顔がパァァッと輝いた。
「ふぁぁぁぁぁ……っ!」
イリスは感動の吐息を漏らしながら、巨大な尻尾を両腕で力いっぱい抱きしめ、そのまま顔を深々と埋めた。
「これ……! これよ……! すっごく柔らかくて、温かくて……ああっ、最高ぉ……っ」
完全にモフモフの虜となり、うっとりと目を閉じて尻尾に頬ずりをするイリス。
――その、完全に無防備な隙を突いて。
レイは背後からそっと両手を回し、イリスの体をすっぽりと抱き込んだ。そして、彼女の白く細いうなじに、自分の顔を深く、深く埋める。
「すぅぅぅぅ……っ。ん……イリスの甘い匂い……」
いつもなら「ちょっと、近すぎる!」と突き飛ばされるような、背中と胸が完全に密着したゼロ距離。しかし、極上の手触りに意識のすべてを持っていかれているイリスは、レイの腕の中に完全に閉じ込められていることにも、うなじに押し付けられる熱い吐息にも、全く気付いていない。
(やった。これなら、ずっとくっついてられる……)
レイはイリスの背中に身を預け、彼女の甘いフェロモンを胸いっぱいに吸い込みながら、密かに勝利の笑みを浮かべて目を細めた。
「三分ね!」
匂い補充のたびに、いつも必ず宣告されていた絶対のタイムリミット。
しかしこの夜、モフモフの海に溺れ、うっとりと尻尾を撫で続けるイリスの口から、その言葉が発せられることはいつまで経ってもなかった。
神速の銀狼は、自身の持つ最強の武器(尻尾)を餌にすることで、ついに『無制限の匂い補充タイム』という至福の権利を完全なる合法で手に入れたのである。




