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第39話 神速の銀狼、究極の『餌』を手に入れる

「イリスが元気だと、俺が嬉しいなって話してただけだよ」


自分の身の安全と引き換えに王都が人質に取られたことなど露知らず、キョトンとするイリスに対し、レイはニコニコと人畜無害なワンコの笑顔で誤魔化した。


「何それ。よくわかんないけど、まあいいわ」

レイの言葉に大して興味もなさそうに返し、イリスの意識は完全に腕の中の『極上のモフモフ』へと戻っていく。巨大な銀の尻尾を抱き枕のようにギュッと抱え込み、頬ずりをしながら、一応話を聞くふりだけはして大人しくなった。


(((……この娘が、王都の命運を握る唯一のストッパー……)))


緊迫感の欠片もないイリスの様子に、ガイル団長とヒューゲル副団長は深く、深いため息をついて額を押さえた。

「……はぁ。まあよい。とにかく、レイが伝説の魔獣の力に目覚めた件については、当面は騎士団上層部のみのトップシークレットとする。外部には絶対に漏らさんように」

「はっ」


団長が厳命を下した後、ふとレイの頭と腰に視線を向けた。

「ところでレイ。その耳と尻尾は、自分の意思でしまえるのか? ずっとその姿では、いくら隠匿すると言っても無理があるぞ」


「あ、やってみます」

レイは静かに目を閉じ、自分の中の魔力の流れを探った。先ほどの戦場で爆発的に溢れ出した銀色の魔力を、ゆっくりと内側に引き戻し、放出を抑え込んでいく。


スッ……。

フワッ、と空気に溶けるようにして、レイの頭にあった獣耳と、腰から生えていた巨大な尻尾が、嘘のように跡形もなく消え去った。


「――あっ!!」


その瞬間。

団長室に、この世の終わりのようなイリスの悲鳴が響いた。

急に腕の中から極上の手触りと温もりが消え失せ、イリスは愕然として虚空を掴む。


「レ、レイ!! 尻尾!! 私の尻尾が消えちゃったじゃない!!」

「えっ、いや、イリスの尻尾じゃないんだけど……」


「また出せるの!? ねえ、今度いつ出すの!?」

イリスはレイの肩をガクガクと揺さぶり、血走った目で詰め寄った。

昨日まで「大人の男として見られた!」と顔を真っ赤にして逃げ回っていた純情乙女の姿はどこへやら。一度あの神の如きモフモフを味わってしまった大のモフモフ好きのイリスにとって、もはや羞恥心など塵芥に等しかったのだ。


その必死すぎるイリスの姿を見て。

レイの蒼い瞳の奥で、再び『狩人』の光がキラリと瞬いた。


「そうだなぁ……」

レイはわざとらしく視線を宙に泳がせ、困ったような、しかし口元には隠しきれない笑みを浮かべて言った。


「イリスが俺に『匂い』を嗅がせてくれたら……その魔力で、また生えるかもなぁ」


当然ながら、完全なる『嘘』である。魔力の放出など自分の意思でどうにでもなるのだから。


しかし、モフモフの禁断症状に陥っているイリスに、そんな冷静な判断ができるはずもなかった。

「ほんと!? 匂い嗅がせるだけでいいの!?」

まんまと特大のルアーに食いつき、目を輝かせるイリス。


「うん! いっぱい匂い嗅がせてくれたら、立派な尻尾が出ると思う!」

「わかった! いつでも嗅がせてあげるから、早く出して!!」


「えへへ、やったぁ!」


――密室の団長室で繰り広げられる、悪徳商法よりもタチの悪い詐欺契約の成立の瞬間。


「「「…………」」」


ガイル団長、ヒューゲル、そしてヘイズの三人は、もはや言葉を失い、何とも言えない死んだような目でその光景を見つめていた。


(こいつ……自分の『モフモフ』がイリスちゃんに対して最強の武器になるって、完全に理解してやがる……)


ヘイズは心の中で頭を抱えた。

ただでさえ顔面国宝で、最強の武力を持ち、伝説の魔獣の力まで手に入れた親友。それに加えて「自分の意思で出し入れ可能な極上のモフモフ」という、対イリス専用の最終兵器まで獲得してしまったのだ。


(ダメだ。レイの奴……余計に手に負えない化け物になっちまった……)


神速の銀狼の執着心と、モフモフに釣られたチョロすぎる幼馴染。

二人のパワーバランスが完全に『捕食者』の有利へと傾いたことを、騎士団の男たちだけが静かに、そして確信を持って見届けるのだった。

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