第38話 神速の銀狼、団長室で特大の爆弾発言を投下する
「……ええい、ここで考えていても埒が明かん! ひとまず撤収するぞ!」
氷漬けになった魔獣の死骸と、耳と尻尾を生やした部下を前に、ガイル団長は頭を抱えながら叫んだ。
「レイ、お前はとりあえずマントか何かを被って、その耳と尻尾を隠しておけ! 騎士団に戻ってから詳細を聞こう」
「あ、はい」
他の騎士から押し付けられた大判のマントをすっぽりと被るレイ。しかし、その腕はイリスの腰をしっかりと抱き寄せたまま、絶対に離そうとしなかった。
「ちょっと、レイ。もう歩けるから離してってば」
「やだ。イリス、俺から離れないで」
「だーかーらー……」
呆れるイリスに対し、レイはマントの下で巨大な銀の尻尾をゆらりと揺らし、イリスの手にスリッと押し付けた。
「……一緒に団長室に来てくれたら、この尻尾、ずっと触ってていいよ」
「行くわ」
大のモフモフ好き(隠れ属性)であるイリスは、即答だった。
かくして、レイの事情聴取が行われる団長室には、なぜかモフモフの尻尾を抱き抱えたままのイリスも同席することとなったのである。
――緋翼騎士団、団長室。
ガイル団長と、副団長のヒューゲル、そして遊撃を共にしていたヘイズが、重苦しい顔で腕を組んでいた。
彼らの視線の先、ソファに座るレイは、マントを外して堂々と銀色の獣耳と尻尾を晒している。そして彼の隣では、イリスが真剣な顔で尻尾の毛並みをブラッシングするように撫でくりまわし、完全にモフモフの虜となっていた。
「……それで、レイ。あの凄まじい力と、その姿だが……自分でもどうしてああなったのか、わかっていないのか?」
団長の問いに、レイは少しだけ神妙な顔をして頷いた。
「はい。イリスが風牙狼に斬られて、血を流して倒れたのを見た瞬間……俺の中で、何かが『吠えた』んです」
「吠えた?」
「俺じゃない、別の大きな獣が、絶対的な怒りと共に目覚めたような感覚というか。気づいたら、辺りの時間を止めるように氷の力が溢れてきて……イリスの傷も、勝手に治せていました」
レイの言葉に、団長とヒューゲルは顔を見合わせた。
「一瞬で戦場を絶対零度に作り変える規格外の氷の魔力。そして、銀色の獣耳と尾……。お伽話に聞く、伝説の神獣『フェンリル』を彷彿とさせますな」
「ああ……。まさか、かつて世界を終わらせたという冬の獣の血が、あるいは魂が、レイの中に眠っていたというのか……」
団長はゴクリと生唾を飲み込んだ。
最強の剣士というだけでも持て余す戦力だったのに、もし彼が本当に伝説の魔獣の力に目覚めたのだとしたら、もはや一騎士団で抱えきれる存在ではない。
「レイ。……お前は、その底知れぬ力を、自分の意思で『制御』できるのか?」
最も重要な問い。その力が暴走すれば、王都ごと氷河期に沈むかもしれないのだ。
団長の張り詰めた声に対し、レイは自身の手に視線を落とし、静かに答えた。
「……力の出し方や制御の仕方は、なんとなくわかります。誰かを傷つけないように抑え込むことも、たぶんできると思います」
「そうか、それなら……」
団長たちがホッと安堵の息を吐きかけた、その直後だった。
「――でも」
レイの蒼い瞳が、スッと細められた。そこに一瞬、戦場で見せた『絶対的な捕食者』の冷たい光が宿る。
「イリスに何かあったら、その時、俺がどうなるかは……自分でもわかりません」
「「「…………」」」
団長、ヒューゲル、ヘイズの三人が、完全に石化した。
それはつまり、『イリスの身の安全=王都(あるいは世界)の存続』という、とんでもない等式が成立してしまったことを意味している。
『イリス・ベルを傷つければ、神速の銀狼(中身はフェンリル)が世界を滅ぼす』。
あまりにも重すぎる爆弾発言に、部屋の空気が凍りついた。
「…………ん?」
その時。
レイの言葉など上の空で、ただひたすらに銀色の尻尾に顔を埋めて「すーはー」と毛並みと匂いを堪能していたイリスが、ふと顔を上げた。
「……えっ? いま、私の名前出た?」
キョトンとした顔で、イリスは隣に座るレイを見上げる。
「は? 私? 私がどうなるかわからないって、どういう意味?」
自分が今、王都の命運を握る『安全装置』に指定されたことなど露知らず。ただの極上モフモフお世話係だと思っているイリスは、ぽかんと口を開けていた。
そんなイリスを見て、レイはふわりといつもの柔らかいワンコの笑顔に戻り、「んーん、なんでもないよ」と優しく彼女の頭を撫でるのだった。




