第3話 神速の銀狼の逆鱗は、とてもわかりやすい
年に数度、王都はちょっとしたお祭り騒ぎになる。
騎士団の求心力を高め、市民に安心感を与えるために行われる『公開訓練日』。そこでは各部隊の代表者たちによるトーナメント形式の模擬戦が行われるのだが――実質、それはレイ・アルジュの独壇場だった。
強くて、若くて、超絶美形で、おまけに特定の恋人がいない緋翼騎士団のエース。彼を目当てに集まる女性ファンの熱気は凄まじいものになっていた。
「明日はいよいよ公開訓練日だな、レイ。また黄色い歓声を独り占めする気だろ、この野郎」
訓練の休憩中、水を飲んでいたレイの背中をバシッと叩いたのは、同僚であり悪友のヘイズだ。
「……別に、好きで歓声を浴びてるわけじゃない」
レイは心底ウンザリした顔でため息をついた。
「出たよ、イケメンの余裕。少しはそのモテ運を俺たちにも分けてくれっての」
「全くだぜ。お前のせいで、俺たちの見せ場が完全に霞んでるんだからな」
ヘイズの愚痴に同調しながら近づいてきたのは、同じ部隊のジルだった。人懐っこい笑顔を浮かべた彼は、レイの隣にどっかりと腰を下ろす。
「でもまあ、お前の気持ちも少しはわかるぜ。毎回毎回、山のようなプレゼントとラブレターを押し付けられるんだもんな」
「うっ……」
ジルの言葉に、レイはあからさまにげんなりとした表情を浮かべた。
公開訓練日の後、レイのもとには荷馬車が必要なレベルの差し入れや手紙が殺到する。レイは「贔屓はできない」という建前ですべて丁重にお断りしているのだが、その対応だけでも精神がすり減るのだ。
「大体な、お前が直接受け取らないからって、俺たちに手紙を言づけようとするファンも多いんだぞ! 俺とジルはな、お前の郵便配達員じゃねえんだよ!」
「ほんとほんと。レイへの手紙を毎回預かる身にもなってくれよな。いい加減、誰か特定の彼女でも作って『俺、恋人いるんで』って公言してくれりゃ、あの子たちも諦めがつくだろうに」
ヘイズとジルのもっともなクレームに、レイは気まずそうに視線を逸らした。
「……悪いとは思ってる。でも、俺は別に彼女とか欲しくないし」
「あーはいはい、出た出た。特定の相手は作らない主義ね」
ジルはやれやれと肩をすくめ、そして、ふと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「じゃあさ。お前がいつか彼女作って、あの過保護な幼馴染ちゃんから卒業したら……俺がイリスちゃんもらってもいいか?」
「……は?」
レイの動きが、ピタリと止まった。
「いやさ、イリスちゃんってめちゃくちゃ優良物件じゃん? 料理はすげー美味いし、裏方仕事も完璧にこなす面倒見の良さ。あの小柄で一生懸命なところ、普通に可愛いしな」
ジルはレイの異変に気づかないまま、呑気に言葉を続ける。
「お前があんまりにもべったりだから皆遠慮してるけど、実はイリスちゃんのこと狙ってる奴、騎士団の中に結構多いんだぜ? 俺もその一人ってわけ」
「――っ」
その瞬間。
初夏の陽気だった訓練場の空気が、凍りついたように冷たくなった。
「お、おい、レイ……?」
ただならぬ気配に、ヘイズが顔を引きつらせて一歩後ずさる。
ジルの言葉を聞いたレイの蒼い瞳は、極北の氷よりも冷酷な光を放っていた。その背後には、見えない巨大な銀狼が牙を剥き出しにして低く唸り声を上げているような、殺気にも似た圧倒的な威圧感が渦巻いている。
「ジル」
地を這うような、恐ろしく低い声。
「お前に、イリスは、渡さない」
「ひっ……!?」
「俺から……俺のイリスを奪おうとする奴は、たとえ同僚でも容赦しない。明日のトーナメント、お前と当たるのが楽しみだな」
「ち、ちがっ、冗談! ちょっとからかっただけだってば! ごめん、俺が悪かった! 命だけは勘弁してくれぇぇっ!」
無意識に刻み込まれた『番』に対する、異常なまでの独占欲と防衛本能。
神速の銀狼の逆鱗にうっかり触れてしまった哀れなジルは、明日の公開処刑……もとい公開訓練を前に、本気で震え上がるハメになるのだった。




