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第36話 神速の銀狼、凄惨な戦場でモフモフを堪能される


周囲の魔獣を氷の刃で一掃したレイは、ふと、頭に生えた銀色の獣耳をピクリと動かした。


(……まだ、来るか)


森の奥から地響きを立てて迫り来る、オーガの群れと更なる魔獣たちの気配。

レイの獣の瞳孔が、極寒の光を宿して細められる。

『これ以上、俺のつがいを傷つけさせるものか』

言葉なき絶対の殺意を纏い、レイは気配のする森の奥へと歩を進めた。


パキ……パキパキッ……。


レイが一歩足を踏み出すたびに、大地が、草花が、大気中の水分が瞬時に凍りついていく。

巨大な銀の尾を悠然と揺らしながら、絶対零度の冷気を引き連れて森の闇へと消えていくその背中を。ヘイズたち騎士は、ただ呆然と、声を発することすら忘れて見送ることしかできなかった。


――それから、ほんの数分の出来事だった。


「ひっ……!」

「な、なんだこの寒さは……!」


戦場に待機していた騎士たちの元に、森の中から恐ろしいまでの冷気が吹き荒れた。夏めいていたはずの王都近郊の森から、まるで真冬の猛吹雪のような暴風が叩きつける。

そして、その冷たい風が止んだ直後。


ザッ、と静かな足音を立てて、レイが森から戻ってきた。

その剣には一滴の血もついていない。なぜなら、奥にいた魔獣たちはすべて、文字通り『氷像』と化して永遠の沈黙に沈んだからだ。


レイは脇目も振らず、倒れているイリスの元へと歩み寄った。

そして、泥と血に汚れた地面から彼女をそっと抱き上げ、自分の腕の中という絶対の安全圏へと閉じ込める。さらに、背後に生えた巨大な銀の尻尾で、彼女の小さな体を繭のようにスッポリと覆い隠した。


「……ん……」


ふわりとした、極上の毛布のような温もりに包まれ、イリスがゆっくりと目を覚ました。

(あれ……? 私、風の刃で斬られて……)

激痛を覚悟していたはずが、体には全く痛みがない。それどころか、信じられないほど柔らかくて温かい、モフモフとした何かに包まれている。


不思議に思って顔を上げたイリスの視界に、自分を抱きしめ、心配そうに見つめ下ろすレイの顔が飛び込んできた。


「レイ……? よかった、無事だったの――って、え?」


イリスの目が、限界まで見開かれた。

レイの銀色の髪の間から、ピンと立った立派な『獣の耳』が生えている。さらに、自分を包み込んでいるこのモフモフの正体は、レイの腰から生えている巨大な『尻尾』だったのだ。


「あんた!! その格好なに!? 耳生えてるわよ!!」


およそ、凄惨な戦場の跡地(しかも伝説の魔獣が顕現した直後)には全く似つかわしくない、イリスのキレのあるツッコミが戦場に響き渡った。


「えっ? あ、いや、これは……」

突然の大きな声に、世界を終わらせるはずだった冬の獣が、ビクッと肩を揺らす。


「尻尾! 尻尾もあるの!? なにこれ、すっごいモフモフじゃない!!」

「わっ、ちょっと、イリス……っ」


恐怖など微塵も感じていないイリスは、身を乗り出してレイの頭の耳をペタペタと触り、さらに自分を包んでいた巨大な尻尾をギュムギュムと遠慮なく揉みくちゃにし始めた。


「んああ……っ、そこ、変な感じするから……っ」

敏感な耳と尻尾を撫で回され、レイの顔から先ほどまでの絶対零度の怒りと殺意が、文字通り春の雪解けのようにドロドロと溶け落ちていく。

細く尖っていた獣の瞳孔は、あっという間にいつもの丸くて蒼い、甘えん坊の犬の目へと戻っていた。


(……なんだ、これ)

少し離れた場所で、武器を構えたまま硬直していたヘイズたち騎士団は、目の前で繰り広げられる『伝説の魔獣への過剰なスキンシップ』という現実離れした光景に、完全に思考を停止させていた。


「すごい! レイ、これ最高の手触りよ! 冬場の防寒具にピッタリじゃない!」

「ぼ、防寒具って……」


目をキラキラさせて尻尾を堪能する元気そうなイリスの姿を見て、レイは心底ホッとしたように目尻を下げた。


「……ねえ、イリス。どこか、痛いところない? 気分悪くない?」

耳と尻尾をイリスに弄られたまま、レイは愛おしそうに彼女の頬を撫でて、甘く柔らかい声で尋ねる。

世界を凍らせるほどの怒りは、彼女の笑顔とツッコミ一つで、完全に霧散してしまったのだった。


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