第33話 神速の銀狼、不穏な風の中に舞う
「緊急連絡! 王都近郊の森に『風牙狼』の群れが出現! 至急、緋翼騎士団は出動せよ!!」
昼下がりの穏やかな空気は、伝令の緊迫した叫び声によって一瞬で吹き飛んだ。
「……またか?」
「ここ最近、緊急討伐が多すぎないか?」
装備を整える騎士たちの間に、ざわめきと不穏な空気が広がる。魔物の出現頻度が明らかに異常だった。
「私語は慎め! 一刻を争うぞ!」
ガイル団長の雷のような号令が響く。「城壁外、森の境界線にて迎撃する! レイ、ヘイズ、貴様ら二人は遊撃だ。群れの攪乱と、指揮個体の特定を任せる!」
「了解っ!」
レイが短く答え、鋭い目つきで剣を帯びる。その横顔には、数分前までイリスを追い回して「匂い嗅がせてー!」と叫んでいたワンコの面影は微塵もない。
「……レイ、ヘイズ。二人とも、絶対無理しないでね」
出撃の直前、イリスが二人の元へ駆け寄り、杖を掲げた。
「『身体強化』『風の加護』……! 特製の重ねがけよ。絶対に、怪我して帰ってこないで」
「サンキュ、イリスちゃん。助かるぜ」
ヘイズが軽く手を挙げて応える。一方、レイはイリスの瞳をじっと見つめ、一瞬だけいつもの柔らかい笑みを浮かべた。
「大丈夫。イリスの魔法が守ってくれてるもん。……行ってくるね」
その言葉を残し、二人は風のように戦場へと躍り出た。
彼らを見送るイリスの背中に、冷たい戦慄が走る。
(なんなの、この感じ……。魔物たちの放つ魔力が、いつもよりずっとドス黒くて、異様だわ……)
――森の境界線は、すでに阿鼻叫喚の戦場と化していた。
「グガァァァァッ!!」
緑色の体毛を持つ巨大な狼たちが、目にも止まらぬ速さで木々の間を駆け抜ける。風牙狼――その名の通り、風の魔法を操る彼らは、少数でも極めて厄介な強敵だ。
空気を切り裂く不可視の「真空波」が、四方八方から飛んでくる。
「くっ……どこから飛んでくるかわからないわ!」
イリスは後衛に下がり、次々と運び込まれる負傷した騎士たちに治癒魔法をかけ、同時に前線のバフをかけ直していく。
風牙狼の群れは異様な数だった。通常、十数頭で群れるはずの彼らが、今回はその数倍――五十頭以上はいる。
乱戦の中、イリスの視界からレイの銀髪が消えた。
(レイ……!? どこ!?)
レイは団長の指示通り、群れの奥深くへと一人で切り込んでいた。
風を纏った狼たちの突進を、神速の身のこなしで紙一重で躱し、銀色の閃光となって次々と首を撥ねていく。
しかし、戦場の混沌は深まるばかりだった。
遠くで響く狼たちの咆哮。飛び交う風刃。
イリスは忙しく手を動かしながらも、胸の奥を掻きむしるような不安に襲われていた。
今までなら、「レイなら大丈夫」と信じきれていた。
けれど今は、その背中が見えないことで今までに感じた事のない恐怖を覚える。
(お願い、レイ……無事でいて。……まだ何も、返事してないんだから……っ!)
後衛で必死に祈りながら杖を振るうイリス。
その懸念を裏付けるように、森の奥からは、さらに不気味で巨大な『魔力のうねり』がこちらへ向かって近づきつつあった。




