表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/52

第28話 魔導士イリス、バフ魔法の無駄遣いで逃亡する

棚を背にしてこれ以上下がれなくなったイリスの前に、レイがスッと歩み寄る。

そして、逃げ道を塞ぐように、イリスの顔の横の棚にトンッと手を突いた。


(……あっ)


図らずも、先日先輩騎士を気絶させた「壁ドン」と全く同じ体勢が完成してしまった。

だが、今のレイに狙ってやっている意図はない。ただ純粋に、「なぜ逃げられるのかわからない」という捨てられた子犬のような、悲しげな瞳でイリスを見つめ下ろしている。


「ねえ、なんで逃げるの……? 俺のこと、嫌いになっちゃった?」


シュン、と。レイの頭の上にある幻の犬耳が、可哀想なくらいペタンと垂れ下がるのが見えた。


「ち、ちがっ、嫌いになったわけじゃないわよ!」

イリスは慌てて否定した。顔を真っ赤にして、視線を泳がせる。

「嫌いじゃないけど……っ、その……」


「その?」


「……昨日、あんなこと言われたらっ、まともに顔見られないでしょバカ!!」


限界を迎えたイリスが、ヤケクソ気味に叫んだ。

その瞬間。


「――っ!」

レイの蒼い瞳がパチリと見開かれ、次の瞬間、まるでパッと花が咲いたように輝き始めた。垂れ下がっていた幻の耳がピンと立ち、尻尾が再びブンブンと猛回転を始める。


「そっか! イリス、俺のことちゃんと男として意識して、照れてるんだね!」


勘違いでもなんでもない、大正解である。

レイは嬉しさのあまり、さらに顔を近づけてきた。整いすぎた美貌が、イリスの視界を完全に埋め尽くす。


「えへへ、嬉しい! ねえ、イリス。男として意識したまま、いつもの匂い補充させて? 三分だけでいいから。ね?」

「なっ……!?」


『大人の意味で好きだと言ってきたオス』として意識した状態で、首筋の匂いを嗅がせる。

恋愛偏差値底辺の純情な少女にとって、それはもはや拷問に近いハードルの高さだった。想像しただけで、心臓が口から飛び出そうになる。


(む、むりむりむり! 今のあいつに至近距離でくっつかれたら、私絶対に死ぬ!!)


防衛本能が、理性を完全に凌駕した。

イリスは咄嗟に、ローブのポケットに忍ばせていた短い杖を抜き放つと、自分自身に向けて魔法を展開した。


「『身体強化フィジカル・ブースト』『風の加護(ウィンド・ベール)』!!」


淡い緑色の光がイリスの体を包み込む。

普段はレイの神速をサポートするために使う、騎士団随一の高位バフ魔法。それを、あろうことか『自分自身の逃走』のために全力で注ぎ込んだのだ。


「えっ?」

レイが目を丸くした隙を突き、バフ盛り盛りのイリスは、レイの腕の下を弾丸のようなスピードですり抜けた。


「ごめん! 私やっぱり忙しいの!!」


ビュンッ!!という風切り音を残し、イリスは目にも留まらぬ速さで執務室を飛び出していった。


「…………あ」


空っぽになった腕を取り残され、レイはポカンと廊下の先を見つめた。

「イリス、すっごい速い……」

感心している場合ではない。


しかし、そこは生粋の大型犬気質。逃げるものを前にして、狩猟本能と甘えたい欲求が刺激されないはずがなかった。


「あ! 待ってよイリス! 俺も一緒に走る!!」


レイは満面の笑みを浮かべると、バフ魔法のかかったイリスに追いつくべく、持ち前の『神速』の脚力を全力で発動して後を追いかけ始めた。


――一方、騎士団の廊下。


「あー、今日の昼飯は食堂のハンバーグか……って、うおっ!?」


歩いていたヘイズの横を、突風と共に淡い緑色の光(イリス)が駆け抜けていった。

「は!? 今のはイリスちゃんか!? なんで廊下で全力のバフ魔法かけて走って……」


驚くヘイズの横を、今度は銀色の旋風(レイ)が「イリス待ってー! 匂い嗅がせてー!!」と嬉しそうに叫びながら、凄まじいスピードで追いかけていった。


「…………」

吹き荒れた突風に乱れた髪を押さえながら、ヘイズは遠ざかっていく二人の背中(と、それを目撃してドン引きしている他の騎士たち)を見て、深く、深いため息をついた。


「あのバカップル……。騎士団の廊下で、最高峰の脚力と最高峰の補助魔法の無駄遣いをしてんじゃねえよ……」


恋愛を拗らせたポンコツ二人による、常人には決して追いつけない超高速の鬼ごっこが、緋翼騎士団の廊下で繰り広げられた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ