第19話 神速の銀狼、戦闘後のご褒美(撫で)を要求す
「これで、最後……っ!」
レイの銀の剣が鋭い弧を描き、最後の一体となっていたオークの巨体を両断する。
ズズォォン……と地響きを立てて魔物が倒れ伏すと、森に再び静寂が戻った。
「ふぅ」
小さく息を吐き、レイは剣身についた穢れをパシッと鮮やかな血払いで振り落とすと、カチンと音を立てて鞘に収めた。
その一連の動作の、なんと美しく様になっていることか。
「見事だ、レイ! 流石は我が緋翼のエースだな!」
ガイル団長が満足げに頷き、ヘイズをはじめとする同僚の騎士たちも「お疲れ、レイ!」「今日もすげー動きだったな!」と次々に声をかけようと近づいていく。
――が。
彼らの声がレイの耳に届くより早く。
タタタタタタッ!!
レイは踵を返し、団長たちを華麗にスルーして、後方で待機していたイリスの元へ一直線に猛ダッシュした。
先ほどまでの冷酷な剣士の面影はどこへやら。その背後には、千切れんばかりにパタパタと振られる見えない大型犬の尻尾がはっきりと幻視できた。
「イリスッ! 俺、全部やっつけたよ!!」
バフッ、と勢いよくイリスの前に飛び込んでくるレイ。
「はいはい、お疲れ様。……ちょっと、止まって。大丈夫? 怪我してない?」
イリスはレイの言葉に相槌を打ちながらも、心配そうに眉を寄せ、ペタペタとレイの腕や胴体を触って確かめ始めた。
レイの圧倒的な剣技と回避能力を誰よりも信じている彼女だが、こればかりは昔からすっかり染み付いた癖のようなものだ。かつては少し転んだだけで「イリスぅぅ血が出たぁぁ」と大泣きしていた泣き虫の幼馴染なのだから、つい無意識に過保護になってしまう。
「怪我なんてしてないよ? イリスの魔法があったから、すっごく体が軽かったし!」
「そう? ならいいんだけど……あっ。ほら、顔にちょっとだけ返り血が飛んでる」
イリスは懐から清潔なハンカチを取り出すと、背伸びをしてレイの美しい顔についた血の跡をキュッキュッと拭き取り始めた。
「んぅ……」
レイは嫌がるどころか、拭きやすいように少しだけ屈み、目を細めてイリスにされるがままになっている。
(あー……イリスの匂いだ。落ち着く……)
戦闘の興奮などとうの昔に消え失せ、レイの心はすでにポカポカの陽だまりの中にいた。
「よし、綺麗になった。今日も怪我なくて偉かったわね。頑張った頑張った」
ポンポン、と。
イリスの手が、労うようにレイの銀色の頭を優しく撫でた。
待ちに待ったご褒美のナデナデに、レイが嬉しそうに目を細める。
「満足した? ほら、報告があるでしょ。早くガイル団長のところに行きなさい」
「うんっ! 行ってくる!」
イリスに背中をバシッと叩かれ、レイは「団長! オーク討伐完了しました!」と、凛々しい顔つきで前線へと戻っていった。
――これが、イリスが討伐任務に同行した際の、彼らのいつもの『ルーティン』である。
「「「…………」」」
その一連の流れを少し離れた場所から見守っていたガイル団長、ヘイズ、そして騎士団の面々は、一様に呆れたような、生温かいような、何とも言えない表情を浮かべていた。
「……なぁ、ヘイズ」
同僚の騎士の一人が、ヒソヒソ声で話しかける。
「討伐が終わった後、報告より先に一直線でイリスちゃんのところに走っていくあの姿……」
「言うな」
ヘイズは深くため息をついた。
「わかってる。わかってるけど、言わないでやってくれ」
最強の剣士であり、顔面国宝の超絶イケメンであり、誰もが憧れる神速の銀狼。
しかしその実態は。
(((……ホント、獲物を狩ってきた報告と褒美を要求する『犬』みたいだな……)))
騎士団の全員が心の中で全く同じツッコミを入れながらも、平和(?)に任務を終えた安堵感と共に、見慣れた光景を見つめるのだった。




