第18話 神速の銀狼、戦場を駆ける
壁ドンや顎クイといった不毛な騒動から数日後。平和な日常は、けたたましく鳴り響く王都の警鐘によって唐突に破られた。
「王都近郊の街道に、オークの群れが出現したぞ!!」
伝令の叫び声が響き渡ると同時に、緋翼騎士団の空気が一変する。魔物討伐を主とする彼らにとって、これこそが本業だ。先ほどまでふざけ合っていた騎士たちの顔から笑みが消え、歴戦の戦士の顔へと切り替わる。
「総員、武装しろ!」
緋翼騎士団団長、ガイルの野太い号令が訓練所に轟いた。
「一時間後、城壁前集合! 魔導士部隊にも通達を回せ! 一匹たりとも王都へ近づけるな!」
「「「ハッ!!」」」
すぐさま裏方で事務仕事をしていたイリスも、魔導士としてのローブを羽織り、杖を手にした。
イリスが魔導士になった理由は、ただ一つ。昔から泣き虫で、少し転んだだけで泣きじゃくっていた幼馴染のレイが、あろうことか騎士を目指して剣を握り始めたからだ。
『あの子、絶対すぐ怪我するじゃない! 私が治してあげなきゃ!』
そんな強すぎる過保護精神から魔法を猛特訓した結果、イリスは攻撃魔法こそ使えないものの、補助魔法と治癒魔法に関しては騎士団でもトップクラスの腕前になっていた。
――一時間後、王都近郊の街道。
「ひどい有様だな……」
副団長のヒューゲルが、眉間を険しく寄せて呟いた。
現場には、無惨に破壊された荷馬車の残骸と、散乱した積荷が転がっていた。幸いにも御者たちは逃げ延びたようだが、周囲には獣特有の酷い悪臭と、巨大な足跡が点々と森の奥へと続いている。
『グガァァァァッ!!』
突如、木々をなぎ倒しながら、身の丈2メートルを超える醜悪な豚頭の魔物――オークの群れが姿を現した。その数は二十体以上。彼らの手には、丸太のように太い棍棒や錆びた斧が握られている。
「前衛、構えろ! 後衛は支援魔法の準備!」
ガイル団長の指示が飛ぶ。
最前列に立ったレイは、チャキッ、と静かな動作で愛剣を抜いた。
普段のワンコのような甘えた表情はそこにはない。長く美しい銀髪が風に揺れ、透き通るような蒼い瞳は、冷酷なまでに鋭く魔物たちを睨み据えている。
「イリス」
レイは剣を構えたまま、背後に立つイリスをチラリと振り返った。
「わかってるわよ。……『身体強化』『風の加護』!」
イリスが杖を振ると、淡い緑色の魔法陣が展開され、柔らかな光がレイの体を包み込んだ。
途端に、レイの体が羽のように軽くなり、力が底から湧き上がってくる。
(あぁ……イリスの魔法だ。あったかくて、イリスの匂いがする……)
レイの口元に、ふわりと余裕の笑みが浮かんだ。
幼い頃からずっと、彼の一番近くで彼を支え続けてくれた優しい魔法。これさえあれば、自分は誰にも負ける気がしない。
「行くよ」
ダンッ!!
レイが地面を蹴った瞬間、その姿がブレた。
『ブヒィ……!?』
先頭にいたオークが戸惑うように目を瞬かせた時には、すでに勝負は決まっていた。
「シッ!」
鋭い呼気と共に、銀色の閃光が走る。
オークが分厚い皮膚ごと袈裟斬りにされ、巨大な体がドスーンと地響きを立てて倒れ伏した。
「すげえ……! また速くなってないか!?」
「さすがは神速の銀狼!」
後方で控えていた他の騎士たちが、あまりの鮮やかな一撃に歓声を上げる。
「よぉし、俺たちもレイに続くぞ!」
ヘイズたち同僚も次々と武器を構え、オークの群れへと突撃していく。
戦場は、完全にレイの独壇場だった。
群がってくるオークたちの鈍重な攻撃など、彼には止まって見える。イリスの補助魔法によってさらに機動力を増したレイは、文字通り『神速』の動きで戦場を駆け抜け、次々と巨大な魔物を切り伏せていく。
返り血を一滴も浴びることなく、冷たい表情で剣を振るうその姿は、味方から見ても息を呑むほど美しく、そして恐ろしい。
(ふふん、俺、今すっごくカッコいいはず!)
しかし、当のレイの頭の中は、外見のクールさとは裏腹にひどく単純だった。
(早く全部やっつけて、イリスに『カッコよかったよ』って頭撫でてもらおうっと!)
最強の剣士の原動力は、愛する幼馴染からのご褒美への期待だけである。
そんな彼の内心の犬の尻尾が千切れんばかりに振られていることなど知る由もなく、オークたちはただ恐怖の銀狼の前に次々と沈んでいくのだった。




