第17話 神速の銀狼、究極奥義(泣き落とし)でシチューを取り戻す
「1ミリも……ただの1ミリも関係性が進んでねえ……」
緋翼騎士団の休憩所は、お通夜のような絶望的な空気に包まれていた。
壁ドン、背後からのハグ、そして顎クイ。騎士団が誇る最高戦力(国宝級の顔面)を次々と投入したにも関わらず、イリスという名の要塞にはかすり傷ひとつついていない。
「どんだけ鉄壁なんだよ、あの幼馴染……」
「顔面至上主義のこの世界において、あんな物理無効バリアを張れる女が実在したなんて……」
頭を抱える先輩騎士たちの中で、ヘイズがふと根本的な疑問を口にした。
「なあ、レイ。お前さ、そもそもちゃんとイリスちゃんに『好きだ』って言葉にして伝えてるのか? 行動が空回りしてるなら、ストレートな言葉で伝えるのが一番だろ」
その言葉に、レイは涙目で顔を上げた。
「言ってるよ! ちっちゃい頃から、ずっと言ってるもん! 『イリス大好き!』って!」
「……ちなみに、それを聞いた時のイリスちゃんの反応は?」
「『はいはい、ありがとねー』って言って、頭撫でてくれる」
ヘイズは天を仰いだ。
「ダメだ。完全に『ママ大好きー!』って言ってくる幼児に対する反応だ、それ……」
男としての色気も、恋愛感情としての重みも、見事なまでにゼロ判定。生まれた時から「好き」と言い続けてしまったせいで、完全に『家族愛』の枠に収まってしまっているのだ。
「もう……お手上げだ……」
恋愛指南役を気取っていた先輩騎士が、白旗を振るように机に突っ伏した。
「顔面でも色気でも落とせない鉄壁の女を落とすなんて、俺たちの手には負えない……。もうこれ以上は、無理やり弱みを握って脅すか、泣き落としで情に訴えかけるしか方法がねえんじゃね……?」
脅すか、泣き落とすか。
騎士としてあるまじき最低の最終手段が提案されるほど、休憩室にはどんよりとした絶望の雲が立ち込めていた。
しかし、素直すぎる神速の銀狼の耳には、『泣き落とし』という単語だけがキラキラと輝く希望の光として届いていた。
(……そっか。泣き落とし、か!)
――そして、その晩。
イリスの部屋のドアの前で、レイはポロポロと大粒の涙をこぼしていた。
「イリスぅぅぅ……ごめんなさぁぁい……っ」
ドアの隙間から顔を覗かせたイリスは、昼間のクールなイケメン剣士の面影など微塵もない、ただの泣きじゃくる大型犬の姿にギョッとした。
「ちょ、ちょっとレイ!? どうしたのよ、いい年してボロボロ泣いて!」
「だってぇ……っ、俺、やっぱりイリスのごはんが食べたい……っ。いらないなんて嘘言った……シチューお肉多めで食べたいよぉぉっ……!」
十七歳、緋翼騎士団エース(通称:神速の銀狼)。
彼の放った究極奥義『泣き落とし』は、愛の告白でもプロポーズでもなく、純粋に「晩ご飯への執着」として発動された。
「……っ、もう。あんたってば、本当に昔から食い意地だけは張ってるんだから……」
しかし、物心ついた時からレイの涙にだけはめっぽう弱いイリスである。
「ほら、入んなさい。冷める前に食べるわよ」と、呆れながらもあっさりとドアを開けてしまったのだ。
「ほんと!? やったぁ! イリス大好き!!」
涙を引っ込めてパァッと顔を輝かせるレイ。
先輩騎士たちが「恋愛成就の最終手段」として絞り出したアドバイスは、結果的にただの腹ペコワンコがシチューをゲットするための手段として華麗に消費されてしまった。
かくして、お肉多めのシチューを幸せそうに頬張るレイの姿を見つめながら、「なんだかんだ言って、この泣き顔に弱いのよね、私……」と小さくこぼすイリス。
騎士たちの知らぬところで、鉄壁の要塞には「同情」と「母性本能」という、恋愛とは全く別のベクトルから確かなヒビが入っていたのだった。




