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第1話 神速の銀狼(ただし幼馴染の前では大型犬)

王都の空に、木剣が激しくぶつかり合う甲高い音が響き渡る。

魔物討伐を主とする武闘派集団であり、最も人数の多い『緋翼ひよく騎士団』の訓練所。そこは現在、一人の少年によって完全に制圧されていた。


「そこまでっ! 勝者、レイ・アルジュ!」


審判の声が響くと同時に、周囲を取り囲んでいた団員たちからどよめきと歓声が沸き起こる。

「すげえ……! 瞬きする間に三人も倒しやがったぞ!」

「さすがは我らが緋翼のエース、『神速の銀狼』だ!」


(……だから、その二つ名は恥ずかしいからやめてくれって言ってるのに……)


レイは、内心で深いため息をつきながら木剣を下ろした。

銀色の髪を揺らし、蒼い双眸で涼やかに汗を拭うその姿は、絵画から抜け出してきたかのように美しい。他人の前では凛とした態度を崩さない彼の姿に、見学していた女性たちから黄色い声援が上がった。

しかし、当のレイの視線は、群衆を抜けて一直線にある一点へと向かっていた。


魔術師部隊の制服の上に裏方用のエプロンを身につけた、茶髪に緑の瞳の少女――幼馴染のイリス・ベルである。


イリスの姿を視界に捉えた瞬間、レイの背中に見えない犬の尻尾と耳がバサッと生えた(ように周囲の団員たちには見えた)。

彼は先ほどのクールな剣士の顔をかなぐり捨て、一直線に小走りでイリスのもとへ向かう。


「イリス……っ!」

「はいはい、お疲れ様レイ。相変わらず無茶な動きしてるわね」

「……んんっ」


レイは周囲の目も憚らず、イリスの首筋にすり寄ると、顔を埋めて深く息を吸い込んだ。


スウゥゥゥ……。


イリスの、日向のような、甘くて落ち着く匂い。ぽっかりと空いていた心の穴が、これだけでじんわりと満たされていく気がする。


「ちょっとレイ、重い! 汗だくなんだからくっつかないでよ。あと匂い嗅ぐな、犬か!」

「だって……僕、疲れたんだもん……」

「『僕』って言わないの。外では『俺』って言いなさいっていつも言ってるでしょ」


呆れ顔で小言を言いながらも、イリスの手は自然とレイの銀髪を優しく撫でていた。物心ついた頃から泣き虫だったレイを抱きしめてあやしてきた、彼女のすっかり染み付いた癖だ。

(ああ……落ち着く。やっぱりイリスの匂いが一番だ……)


世間からは「神速の銀狼」と恐れや羨望の目を向けられているが、根が素直すぎるため、緋翼騎士団の内部では「イリス限定の甘えん坊なワンコ」として完全に定着しているレイである。


「まったく……手のかかる幼馴染なんだから」

イリスがタオルでレイの汗を拭いてやっていると、背後からからかうような声が降ってきた。


「おーおー、今日も熱々だねえ。うちのエース様は」

振り返ると、そこにはニヤニヤと笑うレイの親友、ヘイズが立っていた。


「ヘ、ヘイズ……! 熱々って言うな。俺はただ、次の任務に向けて精神統一を……っ」

慌てて一人称を『俺』に戻し、キリッとした表情を作るレイだったが、耳まで真っ赤になっているので全く説得力がない。


「はいはい、そういうことにしておくよ。ところでワンコくん、ガイル団長がお呼びだぞ。次の魔物討伐任務のミーティングだってさ」

「誰がワンコだ! ……わかった、すぐ行く」


レイは名残惜しそうにイリスのエプロンをきゅっと掴んでから、渋々といった様子で体を離す。

「ほら、シャキッとしなさい! ヒューゲル副団長にまた怒られるわよ。頑張ってきなさい!」

「うん……行ってくる」


イリスに背中をバシッと叩かれ、ようやく気合を入れ直すレイ。

(……よし。早くミーティングを終わらせて、またイリスのところに戻ろう)


そんな無自覚な依存心を胸に秘めたまま、神速の銀狼は今日も凛とした足取りで(ただし内心は尻尾を振りながら)団長室へと向かうのだった。

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