第15話 神速の銀狼、美の暴力で未知の扉を開く
「……アゴクイはどうだ!?」
重苦しい空気が漂う休憩室で、一人の騎士が閃いたように叫んだ。
その瞬間、室内にいた全員の顔が「それがあったか!!」とカッと輝き、バッと勢いよく立ち上がった。
「あごくい?」
レイは不思議そうに小首を傾げる。見えない犬の耳が、ハテナマークを描いてパタパタと動いているかのようだ。
「そうだ! 女の顎を指でクイッと持ち上げて、逃げ場をなくして強引に見つめ合う高等テクニックだ!」
先輩騎士が鼻息荒く熱弁を振るい、「おい新入り、ちょっと来い!」と、先ほど壁ドンで撃沈した小柄な新人騎士を再び生贄として召喚した。
「えっ!? や、嫌です!! 勘弁してください!!」
新人騎士は全力で後ずさりした。
「さっきの壁ドンだけでも、俺の中で何か『変な扉』が開きそうだったんです! これ以上は俺の男としてのアイデンティティが……嫌ぁぁぁっ!」
必死の抵抗も虚しく、新人騎士は先輩たちに両脇を抱えられ、無情にもレイの目の前に立たされた。
「よしレイ、構わずやれ!」
「う、うん。顎を……こう?」
真面目なレイは「これも結婚のため!」と気合を入れると、スッと滑らかな動きで新人の顎に指を添え、クイッと上を向かせた。
至近距離で、バチリと視線が絡み合う。
「っ……!」
新人の視界いっぱいに、レイの顔面が広がった。
長い銀色のまつ毛が伏せられ、透き通るような蒼い瞳が、熱を帯びたように真っ直ぐにこちらを見つめ下ろしてくる。
男とか女とか関係ない。ただそこに存在しているだけで息を呑むほどの、圧倒的で抗いようのない『美の暴力』。
「あ……ぅ…………」
新人騎士の顔は瞬く間にゆでダコのように真っ赤になり、カッと目を見開いたまま、「ふしゅーっ」と頭から謎の湯気を吹いて、またしてもパタリと気絶してしまった。
「おおお……っ! なんちゅう恐ろしい破壊力……!」
「俺たちが見てもドキッとするレベルだぞ、今度こそイリスちゃんも一溜りもないはずだ!」
どよめく先輩たちをよそに、レイは気を失った新人を不思議そうに見下ろし、パチクリと瞬きをしてから先輩騎士へと視線を移した。
「ねえ、先輩。顎をクイってして見つめ合ったこの後は、どうするの?」
「えっ」
先輩騎士はピタッと固まった。
「このまま見つめてるだけでいいの? 何か言うの?」
「あー……えっとだな……!」
先輩騎士は冷や汗をダラダラと流した。
偉そうに提案した彼だが、実は恋愛小説で読んだ知識をひけらかしただけで、自分自身は一度も『顎クイ』などという高度な技を現実で決めたことなどなかったのだ。まさかその先の展開を聞かれるとは想定外だった。
「そ、そのあとは……! て、適当にロマンチックなことを言うんだよ!」
「ろまんちっく……?」
「そうだ! 『お前を食べてしまいたい』とか! 『今日の晩飯、全部お前にやるよ』とか! そういう野性味と太っ腹なところを見せて、男の器のデカさで攻めるんだ!!」
テンパったあまり、全くもって適当すぎる謎のアドバイスを放つ先輩騎士。
しかし、恋の駆け引きなど一切知らない素直すぎる神速の銀狼は、「なるほど……!」と純粋な目で頷き、またしても間違った知識をしっかりと脳内に刻み込んでしまうのだった。




