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第14話 神速の銀狼、バックハグをただの充電時間に変える

「……お弁当目当てだと思われて、逃げられちゃった」


午後の訓練前。休憩室に戻ってきたレイは、この世の終わりかのような顔で長机に突っ伏していた。背後には、完全に床を擦るほどに垂れ下がった見えない犬の耳と尻尾がある。


その報告を聞いた騎士たちは、何とも言えない複雑な表情でレイを見下ろしていた。


(((あの顔面国宝の至近距離での壁ドンとイケボ囁きが、全く効かないだと……!?)))


男の自分たちですら腰を抜かしかけたというのに、イリス・ベルという少女の防御力はどうなっているのか。もはや「幼馴染」という鉄壁のバリアの前では、国宝級の美貌もただの石ころと同義なのか。


騎士たちが戦慄していると、作戦を考案した先輩騎士がコホンとわざとらしく咳払いをした。


「よ、よし! つ、次だ! 一度の失敗で諦めるな、レイ!」

「次……? でも俺、またお弁当泥棒扱いされたら泣いちゃうかもしれない……」


しょんぼりと顔を上げるレイの両肩を、先輩騎士はガシッと力強く掴んだ。


「壁ドンがダメなら、行動で直接示すしかない! 今度は強引に抱きしめてこい! 前からだと顔が見えて照れるだろうから、後ろからガバッとだ! 男の広い背中と腕力で包み込まれて、ドキッとしない女はいない!」

「うしろから、強引に……」


レイはパチクリと瞬きをした後、「わかった! 俺、頑張る!」と力強く頷き、再び見えない尻尾をピンと立てて立ち上がった。


――数十分後。小休憩の時間。

レイは音もなく備品室に潜入し、棚の整理をしていたイリスの背後を取ることに成功していた。


(よし……強引に、男らしく……!)


レイは大きく深呼吸をすると、教えられた通り、イリスの背後から両腕を伸ばし、その小柄な体をガバッと力強く抱きすくめた。


「っ……!」

すっぽりと腕の中に収まるイリス。

(やった! 大成功! これでイリスも俺の男らしさに……!)


「あー、はいはい。何? また匂い嗅ぎにきたの?」

「……え?」


レイの期待を裏切り、イリスの声は恐ろしいほど平然としていた。悲鳴を上げることも、照れて身をよじることもない。ただの日常茶飯事といった様子で、腕の中でため息をついている。


「さっきお昼ご飯食べ終わったばっかりなのに、もう甘えたくなったの? 本当に手のかかるワンコね」

「ちがっ、俺は男らしさを……!」

「はいはい。午後もすぐ仕事に戻らなきゃいけないから、三分だけよ」


そう言って、イリスはレイの腕の中にすっぽりと収まったまま、少しだけ首を傾けてレイが顔を埋めやすいようにスペースを作ってくれた。


その瞬間。

「男らしさをアピールする」というレイの目的は、頭の彼方へと完全に吹き飛んでしまった。


「……うんっ!」


目の前に差し出された特等席。大好きなイリスの、日向みたいに甘くて落ち着く匂い。

逆らえるはずがなかった。

レイは「男らしい強引なハグ」の体勢のまま、嬉々としてイリスの首筋に顔をうずめ、スウゥゥゥ……と肺の底までその匂いを吸い込んだ。


(あー……幸せ……。やっぱりイリスの匂いが一番落ち着く……)


結局、レイはきっちり三分間、ただひたすらに幼馴染の匂いを堪能しまくり、完璧にエネルギーを充電したのだった。


――そして。


「みんな! 大成功だよ!」

訓練所に駆け戻ってきたレイは、ピカピカの笑顔で先輩騎士たちに報告した。背後には幻の尻尾が千切れんばかりに振られている。


「おおっ! やったかレイ!?」

「後ろから強引に抱きしめたんだな!? で、イリスちゃんはどうだった!? 顔真っ赤にしてたか!?」


食い気味に群がってくる騎士たちに向かって、レイは「えへへ」と照れくさそうに笑いながら答えた。


「ううん! 全然赤くなってなかったけど、俺が抱きしめたら『三分だけ匂い嗅いでいいよ』って言ってくれたんだ! すっごくいい匂いだったー!」


「「「…………」」」


満面の笑みで「ご機嫌な大型犬」としての成果を報告するレイ。

彼を取り囲む騎士たちは、もはやツッコミを入れる気力すら失い、遠い目で夕暮れの空を仰ぐことしかできなかった。


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