第13話 神速の銀狼、壁ドンの威力を誤算する
「いいかレイ! 女ってのはな、男の強引さにキュンとくる生き物なんだ! というわけで、まずは『壁ドン』の練習だ!」
休憩室の熱気は最高潮に達していた。先輩騎士の謎の号令により、たまたま通りかかった小柄な新人騎士(男)が、無理やり壁際に立たされる。
「お前、イリスちゃんの代わりな。レイ、やってみろ!」
「う、うん。わかった」
レイは真剣な顔で頷くと、壁を背にして怯える新人騎士の目の前にスッと立った。
そして、迷いのない動作で――ドンッ!と新人の顔の横に手をつく。
「ひっ……!?」
肩をビクッと跳ねさせた新人の耳元へ、レイはゆっくりと顔を近づけた。完璧な造作の顔面が、至近距離に迫る。
「……なぁ。俺と、付き合ってくれないか?」
それは、先輩から渡された台本通りのセリフだった。しかし、声変りを終えたばかりのレイの低く甘い声(通称:イケボ)と、国宝級の美貌がゼロ距離から放つ圧倒的なプレッシャーは、凄まじいものがあった。
「あ、あわわ……っ、顔が、顔が良すぎ……っ」
新人騎士は顔を限界まで真っ赤にして白目を剥き、そのままヘナヘナと腰を抜かして床に崩れ落ちてしまった。
「お、おいしっかりしろ新入り!」
「なんてこった……。男相手でこれなら、女が受けたら即死レベルだぞ……」
その恐るべき破壊力に先輩騎士たちは慄きながらも、「よし、上出来だ!」「これでイリスちゃんもイチコロだぜ!」とレイの肩を叩いて太鼓判を押した。
「そっか! これならイリスも俺にドキッとしてくれるんだね!」
見えない尻尾をブンブンと振って喜ぶレイ。彼は早速、昼休みに作戦を決行することにした。
――そして、昼休み。
「ふふふーん♪」
イリスは自分用のお弁当箱を抱え、中庭へ向かう廊下を上機嫌で歩いていた。今日のおかずは、彼女の大好物である鶏肉の香草焼きだ。
そこへ、前方から銀色の旋風が音もなく近づいてきた。
「イリス」
「わっ、レイ? どうした……」
ドンッ!!!
イリスが言い終わるより早く、レイは彼女を壁際に追い詰め、その顔の真横の壁を力強く叩いた。
「ひゃっ!?」
突然のことに目を丸くするイリス。レイは内心(よし、決まった!)とガッツポーズをしながら、先輩たちに教えられた通り、スッと顔を近づけた。
そして、練習通りに低く、甘く、吐息混じりのイケボで、イリスの耳元に囁いたのだ。
「……俺と、一緒にご飯食べないか?」
(どうだ……! これなら男らしいし、カッコいいはず……!)
レイは期待に胸を膨らませて、イリスの反応を待った。腰を抜かすか、顔を赤らめるか。
しかし、至近距離で見つめ合ったイリスの顔に浮かんだのは、トキメキとは程遠い、戦慄の表情だった。
彼女は自分の胸元に抱えたお弁当箱を、まるで宝物でも守るかのようにギュッと強く抱きしめる。
「……もしかして」
「?」
「もしかしてレイ、自分のお弁当じゃ足りなかったの!?」
「えっ」
「まさか、私のお弁当まで狙ってるんでしょ!? ダメよ、今日の鶏肉の香草焼きは絶対に譲らないんだから! お腹空いてるなら大人しく食堂に行きなさいよ、この食いしん坊ワンコ!!」
言うが早いか、イリスはレイの腕の下をスルリとくぐり抜け、「取られてたまるかー!」と全速力で廊下の向こうへと逃げ去ってしまった。
「…………あれ?」
ぽつんと廊下に取り残されたレイ。
壁に手をついた『壁ドン』の姿勢のまま、虚空を見つめて瞬きを繰り返す。
男らしさをアピールしたはずが、「自分のお弁当を狙う腹ペコ犬の強奪行為」に完全変換されてしまったことに、神速の銀狼はしばらく気づくことができなかった。




