第10話 神速の銀狼、まずは「男」として認識されるべし
「……百歩譲って、お前のその一直線すぎる気持ちはわかった」
ヘイズはズキズキと痛むこめかみを揉みながら、この状況における最大の懸念事項を口にした。
「でもな、お前がいくら結婚したくても、肝心のイリスちゃんはお前のことどう思ってんだよ?」
「え?」
「『え?』じゃない。相手の気持ち! イリスちゃんはお前のこと、どういうつもりで世話してくれてるんだって聞いてんの!」
ヘイズに真っ当な疑問をぶつけられ、レイは腕を組んでうーんと唸った。
「うーん……。なんだかんだ『手がかかる』って文句言いながらも、毎日俺にご飯作ってくれるし、ちゃんと世話してくれてるからさ。少なくとも、嫌われてはないと思うんだけど……?」
「……」
(そりゃあ、嫌われてはないだろうけどさぁ……)
「嫌われてない=結婚できる」というレイのハッピーすぎる思考回路に、ヘイズはひどく生温かい視線を送った。
ヘイズが見る限り、イリスのレイに対する態度は完全に保護者のそれだ。
客観的に評価するなら、良く言えば『手のかかる幼馴染』。悪く言えば『世話の焼けるデカいワンコ』だろう。そこに、レイを『男』として意識しているような甘い気配など微塵も感じられない。
「あのな、レイ。嫌われてないからって即結婚できるわけじゃないんだって」
「えーっ!? なんで!?」
「だから! 今のままじゃ、イリスちゃんにとってお前はただの『身内』か『ペット』なんだよ! そんな状態でプロポーズしたって、昨日みたいに玉砕するに決まってんだろ!」
ヘイズに図星を突かれ、レイはショックを受けたように見えない犬の耳をペタンと伏せた。
「ペット……。じゃあ、俺はどうすればいいのさ……」
しょんぼりとする親友を見て、ヘイズは深くため息をつきながらアドバイスを送った。
「いいか? 結婚したいなら、まずはイリスちゃんに、お前をちゃんと『一人の男』として見てもらうことから始めろ。ワンコ扱いされて甘えてる場合じゃないんだよ」
「男として、見てもらう……」
「そうだ。頼りがいがあるところを見せるとか、男らしい振る舞いをしてドキッとさせるとか、そういう努力をしろってこと!」
ヘイズの言葉を反芻していたレイは、やがて何かを閃いたようにパァッと顔を輝かせた。見えない尻尾が再びブンブンと振られ始める。
「そっか! 俺がカッコいい『男』だってわかってもらえれば、イリスも俺と結婚したくなるってことだね!? ヘイズ、すっごい! 天才!」
「いや、これ世間の常識だから……」
ウンウンと一人で納得し、希望に満ちた目でキラキラと笑う絶世の美形。その眩しすぎる笑顔を真正面から浴びながら、ヘイズは心の中で盛大に毒づいた。
(……なんで俺が、黙ってても女が束になって寄ってくる超絶モテモテのイケメンに、一から恋愛の基礎をアドバイスせにゃならんのだ……!)
天が二物も三物も与えたはずの天才剣士の、あまりにもポンコツすぎる恋愛偏差値。
理不尽すぎる世の中の不平等さに血の涙を流しそうになりながらも、この危なっかしい親友を見捨てることはできない、苦労人体質のヘイズであった。




