第9話 神速の銀狼、外堀ではなく本丸から直上しようとする
ヘイズは食い気味に激しいツッコミを入れ、長机をバンッと叩いた。
ただのピュアなワンコだと思っていた親友の、隠し持っていた『オス』としての新たな生態。それに内心慄きながらも、ヘイズは必死に常識を叩き込もうと声を張り上げた。
「そもそも、なんでいきなり結婚なんだよ!? 普通、そういうのは順番ってものがあるだろ! まずは恋人からだろが!」
「えー? なんで?」
レイは長い銀色のまつ毛を瞬かせ、本気で不思議そうに小首を傾げる。
「だって、どうせ一生一緒にいるんだよ? 遠回りするより、最初から結婚した方がよくない? 恋人だといつか別れちゃうかもしれないじゃん。俺、イリスと離れるの絶対に嫌だもん」
「だからって極端すぎるだろ! 順序! 情緒! お前にはそういうのが決定的に欠けてるんだよ!」
ヘイズの魂の叫びにも、レイは「ふーん?」とあまりピンときていない様子だ。
どこまでも明るく素直で、一直線。剣の太刀筋と同じで、レイの思考にはフェイントや駆け引きという概念が一切存在しないらしい。
ヘイズは頭を抱え、深く長いため息を吐き出した。そして、諭すように少しトーンを落として語りかける。
「……なあ、レイ。余計なお世話だとは思うけど言わせてくれ。お前はまだ十七歳で、腹立つくらい顔も良くて、そりゃあもう俺たちが血の涙を流して羨むほどモテまくってるだろ」
「うん。でも俺、イリス以外の女の子とかどうでもいいし」
「そこだよ! それなのに、他の女のことも全く知らずにいきなり結婚とか……ちょっと極論すぎないか!?」
ヘイズはジト目でレイの顔をジッと覗き込んだ。
「実のところ……お前、ただの独占欲なんじゃないのか? 本当は恋とか愛とかじゃなくて、有能な『ご飯係』を逃すのが惜しいだけなんじゃ……」
「……」
ヘイズの口から出たその言葉に。
レイはゆっくりと瞬きを一つすると、少しだけ不満げに唇を尖らせた。
「あのね、ヘイズ。俺、イリスのご飯は世界一好きだけど、ご飯係だから結婚したいわけじゃないよ?」
「お、おう。じゃあなんで……」
「ご飯作ってくれなくたって、イリスはイリスだもん。一緒にいて安心するのはイリスだけだし、他の誰かに触られるのも、見られるのも嫌だ。俺の隣にはイリスがいなきゃダメなの!」
一切の迷いもなく、ド直球で放たれる特大の愛情表現。
当の本人は「恋」という言葉こそ使っていないものの、その感情の重さは完全に振り切れている。
「だから俺、絶対イリスと結婚する! どうしたらいいか、一緒に考えてよ!」
「……っ、お前なぁ……」
無邪気な笑顔でトンデモない執着を押し付けてくる親友に、ヘイズは完全に白旗を揚げた。
無自覚なまま本能だけで一直線に求婚しようとする神速の銀狼。
彼の暴走を止める手立ては、どうやらヘイズの常識的なアドバイスでは全く太刀打ちできそうになかった。




