93.星々の輝く前へ向く、
月、ピリナスの館内部。
「おうおう!突然の招集ってなんなんだろーな!アスク!!」
「僕も分かんないよ!?」
ギザ歯の天使、エバ・リュミエールが隣に座るアスクの上へ肘を乗せる。
「やめてよ……。」
「突然の招集っつったら大体よ、天使が消えたか死んだか……堕天使になったかだよな?まだロイヤーが来てねぇようだが、まさかアイツ転んで木に頭ぶつけたりして死んだのか!?なら傑作だガハハハハ――」
最も扉へ近い位置に座っていたインヘリットの背後、開いた扉から現れたロイヤーが持ってきたフルーツの1つをゆっくりと自分の手とインヘリットの後頭部の間で押し潰す。
「誰よりも早く来て、今しがた取ってきたミテラフルーツだ……全員に……1個ずつな!!!!」
「おう……果汁が沸騰してねぇか?頭からボコボコ音が聞こえんだが……?」
「おう、今日も2人共仲良いんじゃねーの?」
「エバはどこをどう見てそう思ったの……?」
月鉱の机がある部屋の中、4人は自分の眼前や"後頭部"にフルーツを受け取って着席する。
口論や雑談を続けている彼らに、やがて扉の開く音が静寂を与えた。
「レイズ様、この度は何が――」
「おい……チェッカとリメイムは?」
「……2人に何かあったの!?」
「死んだのかー?」
ミカさんは落ち着かない様子で4人の前に立ち、そして扉の向こうに居る3人を手招く。
「って!リメイムさんもチェッカさんも居るじゃん!魂見えるし……待って……あと1人……誰?」
「……えー?まさか、増えた?」
「「増えた!?……あぁ!?!?」」
エバの言葉にロイヤーとインヘリットが同時に身を乗り出し、そして睨み合う。
リメイムとチェッカに続いて入室した、もう1人のラフィエルが背中を曲げながらゆっくりと頭を下げる。
「……先代のラフィエルよ、名前はポルトカリ・ランフィエル……堕天したマリーゴールドに殺されたと思っていたんだけど、突然現れたの。」
「違うんよレイズ様……マリィちゃんは悪い事なんてしてないんよ、何かを見つけて……連れ去られたんよ……連れ去られる彼女を目撃した直後、アタクシの上に巨大な手が現れて……アタクシを隠したんよ……。」
目が小さい老婆の姿をした天使、ポルトカリの話を耳にしたミカさんが強く腕を組む。
「……巨大な手……マリィは何を見つけたのかしら?……それに、マリィは堕天使になってない――」
「「レイズ様〜〜〜〜!!!!」」
ピリナスの結界の傍、館に向かって2人の月人が叫ぶ。
館の窓から顔を出したミカさんに向かって、彼らは目や口を全開にしながら報告を続けた。
「防壁の前に4人の堕天使と1人のよく分からない奴が来ました〜!!!!」
「戦うつもりはないらしいけど怖いです……!!!!」
「3人の堕天使……?生死が分からない天使なんてマリィ以外に3人も……いえ……まさか……!」
「……今この瞬間、きっと何か大きな事が起こっているんね。」
窓から飛び出し、ミカさんは目を輝かせる。
彼女を追いかける他の天使達に続いて外に出たアスクとエバを目にした時、私は思わず目を閉じた。
エバ・リュミエール……この世界の支配者となった事で世界の流れから完全に外れた存在となった私の代わりに、アスクの双子として……親友として生まれ落ちた月人。
……どうしてこんな気持ちになるのだろうか。
エバよりも誰よりも、私の親友だったはずのアスクの顔を見たくない。
「……シュシュ!?!?」
遠くから聞こえるミカさんの叫び声に背を向けて、私は月の都市を後にした。
――――――――
時が流れる。
彼から目を背けたまま。
――――――――
2060年7月13日 夕焼けに照らされた龍妖彩にて。
人気のないビルの屋上へ降り立った私を、白衣を身に纏った木槿が待っていた。
彼の手に握られたチラシはその大部分が黒い汚れで塗りつぶされており、まだ読み取れる部分の情報を整理していく事で彼はこの日の今この瞬間に、私が現れるビルの屋上へ辿り着いたのだ。
「俺はずっと、毎年……何回もこの日が来るたびに待雪叔父さんの事を思い出していた。法事にも参加し続けていた。」
『……。』
待雪は生きている。
あの日ニューオーダーが計画した料理店での自爆テロはマリーゴールドの命令によって中止された。
だから彼は、今もL.E.R.Iの所長として木槿を筆頭とした研究員達と共に月人の研究を続けている。
……なのに木槿の顔には、悪夢の中に囚われていた頃と変わらない深い陰が落ちていた。
「お前のおかげで今の俺はこの日を、他と変わりないただの1日の1つとして過ごせている……叔父さんは元気に生きているし、知った時は驚いたけどコリウスの妻子も戦争が起きなかったから皆無事で……孫まで生まれたそうじゃないか?一葉は滅震で親を失わずに済んで、煌星学園からL.E.R.Iに入ってきた……妹とも仲が良くて、いつかは一葉を追いかけてL.E.R.Iに来るつもりらしい。アウト・フォールは今でも俺の良い同僚兼ライバルとして、叔父さんから俺と同等の期待をされてる。」
木槿の声が微かに震えている。
……何が不満なんだろう。
「ロベリアは酷い環境の家庭から抜け出して、一般的な家庭の養子になっていて……2年前の春に偶然にも俺と出会った。びっくりするほど普通で、明るい性格になってて……でも確かに彼女で……自分をアズノーンだと勘違いしてた、つまりは力を使う……死体を操るような場面には一切遭遇しなかったって事だ。」
『L.E.R.Iの皆だけじゃない、八美ちゃんやイバラキさんみたいな円卓主の人達も元気なまま世の中の平和を維持しようと動き続けてる。オーダーさんやリプロダクションさんは戦争や犯罪に巻き込まれなくても結局ブライツに入ったけど……この平和を維持するために最強の2人として仲良くやってる。』
室外機の上に座った私に背を向けながら、木槿は夕日を睨む。
「そうなんだな……霜月白蛇宮に封印されていた変霊達も、いつの間にか誰かが全て消滅させていたらしい。」
『多分トネール・ロイデラリベーレがやったんだろうね。悪夢に隠されていた魔紳士Aの息子が……彼は自分の父親を強く恨んでいて、そして同じ紫雷を操る力を持ってる……優しい子なんだ。』
チラシを小さく折り畳みポケットに入れた木槿は、続けてリボルバーを掴もうとして拳を握りしめた。
だがもう、その白衣の中に戦うための道具なんて入っていないし、入れる必要もなかった。
「お前も驚いたよな?俺達があの日へ戻った時、世界の本当の姿が見えた……もっと自由で、優しくて、希望や多様性に溢れていた世界が現れた……俺達はメアーを倒して、想定よりもずっと多くの人々を救う事ができたんだよ。」
彼の拳がポケットから出てきてまっすぐと私を指差す。
悔しさに満ちた木槿の感情が彼の声を震わせ、私を睨む視界をぼやけさせた。
「……なんで、お前だけ救われていないんだ?なんでアスクの親友がお前じゃないんだ……何故レイズもジャンもクリキンディーも、アスクでさえもお前を覚えていないんだ?」
『私は支配者になったからタイムリープどころか世界の流れ全体から外れちゃったんだよ。時間が巻き戻る過程で、私が流れから外れた後に生まれた空白にはエバのような別の誰かが巻き込まれて、リプラっていう人は世界のどこにも最初から居なかった事に――』
木槿が駆け出し、私の肩を掴んで揺さぶろうとした。
「説明なんて求めちゃいない!お前も、アスクだってそうだ……互いにもう一度会うために……2人で色んな景色を見るために頑張ってきたんじゃあないのか?アスクは月から知らない星まで来て、ニューオーダーや色んな敵と戦って……お前もホープ達と一緒に戦い続けて、死月に辿り着いてからは皆の力を借りて……メアーを倒した!!皆の願いを背負ってこれ以上ないほどに大きな事を成し遂げただろ!!!!」
私が揺れる事はない。
木槿が私を室外機ごと動かす事に疲れて、息を切らし膝に手をつく。
「……なのになんで、そんなお前がこんな目に合わなくちゃいけないんだ……アスクが親友を忘れなきゃいけなくなるんだ……?」
『いいんだよ……これで。アスクには私じゃない親友が居るし、貴方やリプロダクションさんや八美ちゃんみたいな友達もたくさんいるから。』
室外機から降り夕日に背を向けながら歩いていく私の服を、木槿が背後から掴んで止めようとする。
「待てよ……それじゃお前が1人になっちまうだろ――」
『傷つけないようにね、マリィ。』
直後、裂け目から現れたマリーゴールドが私と木槿をゆっくりと引き離した。
『……私は1人じゃない……仲間と一緒に、もっと大きな脅威から世界を守るの。』
「マリーゴールド!?……リプラお前、そうか……消えたメアーの次にニューオーダーを指揮してるのか……。」
彼女に手首を握られ、立ち尽くす木槿の前で私は裂け目の中に入っていく。
「1つだけ教えろ!!もっと大きな脅威って言ったよな……それは何だ?」
マリーゴールドに睨まれながら私を見つめる彼の前で、私はゆっくりと宇宙を指差した。
『……この宇宙に何人居るかも分からないし、もしかしたら全員が邪悪な存在かもしれない……他の支配者達だよ。』
「なるほどな……メアーみたいな奴にいつ干渉されるか、どんな奴が侵略してくるかも分からない状況じゃ、そりゃニューオーダーみたいな組織が必要になってくるよな。」
宇宙に薄っすらと星が見え始めている。
以前の世界とは違う嘘ではない本物の星空が現れていくその下で、私は腕を下ろして裂け目に飛び込む。
その瞬間、マリーゴールドの手から解放された木槿が呟く。
その一言は確かに私へ届いて、そして長い事耳に残っていた。
「…… 。」




