92.輝きと色と物語に満ちた世界
2044年7月13日 昼下がりの龍妖彩。
ゲームクリア、世界は自由を手に入れた。
そのテキストの下で主人公らしきソレと共に多くのキャラクターが腕を振り上げて喜んでいた。
見慣れた形の人達に混ざる人っぽい体型の竜や生きているように飛び回る剣を見つめながら、黒髪黒目の少年はゆっくりと握りしめていたコントローラーを床に置く。
「このゲームの登場人物……こんなに多かったっけ?」
「……お!クリアしたのか!」
資料の整理を終え、背伸びをしながら現れた待雪が木槿とテレビを交互に見て嬉しそうにポケットから財布を取り出す。
「お祝いに飯でも食いに行くか?」
「……うん。」
少しだけ躊躇ってから、木槿はゆっくりとテレビの前から離れていった。
「美味そうなラーメン屋を見つけてな、そこの『リザード』に『魔王』万歳!って言うと好きなトッピング3種類もタダにしてくれるらしいんだよ!思想は強いかもしれないが……魔王は良い円卓主だからな。」
「太っ腹だね……?(……何が起こっている……リザード?魔王……??)」
――――――――
コスモス大陸の上、ブライツのライボットが隊員と共に次々と着地する。
「一斉捜査だ!!!!」
彼らが指名手配犯や滅竜教の竜人を確保していく中で、1人の月人が上着を被り身を隠していた。
魔紳士Aは息を荒らげながらも潜伏に徹し、やがては聖堂に駆け込んだ。
「……どうなっているマリーゴールド!!何故ブライツの連中が此処へ来てるんだ!!!!諸々の隠蔽はお前の仕事だよな――」
「分からない。」
彼へ背を向け、後ろ手を組むマリーゴールドの前で私は静かに立つ。
姿を隠す事もない私を彼女は目を見開いてまっすぐと見つめていた。
「は?」
「分からないが……1つ言える……あたし達の従うべき存在が……変わったようだ。」
『……まずはついてきて。』
私が開いた裂け目へマリーゴールドは迷うことなく入っていき、魔紳士Aも躊躇いの末にゆっくりとその中へ歩んでいった。
「何がどうなってんだよ……。」
彼が姿を消した直後、彼によく似た姿の少年が扉を蹴破り聖堂に飛び込んできた。
「クソ親父!!どこに行った!!!!」
私の姿も裂け目も見えていない少年は、魔紳士Aのソレと同じ模様を目に輝かせながら聖堂の中を荒し回る。
『(……魔紳士Aの……アダムの息子……!?)』
「何百年も追い続けた……母の無念を晴らしに来たんだぞ!!姿を見せろ!!!!」
意味が分からない。
魔紳士Aに子供が居たなんて、噂ですら聞いた事がない。
蹴破られた扉の先、見えた光景に私は更に目を丸くした。
『(人みたいな竜がブライツ隊員の中に混じっている……竜人じゃない……あんな人種知らない!)』
「……クソぉぉぉぉ!!!!」
叫ぶ少年の前で私は腕を組みながら思考を巡らせる。
魔紳士Aの息子も、あの人型竜も私達が知る世界では存在していなかった。
私が支配者としての力をアイツから奪ったからこの人達は現れたんだろうけど……じゃあその前は一体どこに?どうして昔からずっと居たみたいに人種として馴染んでいたりするの?
「……おい、お前Aの息子なのか?アイツの実験が上手くいった話なんざ聞いた事なかったが……うーむ、似ているな。」
「!?……透明化……いや、自分の色を変えて景色に溶け込んでたのか。」
そう、聖堂には3人目が隠れてた。
自分の色を元に戻しながら、1人の……うわっ……目をせわしなく動かしている人型竜が少年に近寄った。
「似てる似てる……息子って話はマジだな?……だが、ご執心気味だった実験が上手くいってたってのに、アイツが自慢せず黙ってるなんて有り得ねぇ……。」
「……お前もアイツの仲間なんだな。」
少年が手に紫雷を纏い始めた瞬間、カメレオンのような人型竜は飛び退きながら三本指の手を必死に前へ差し出す。
「待て待て待て待て待て待て待て待て……待て!!俺はグリィド!今しがたアイツらに見捨てられた、失われた人種唯一の生き残りさ!!!!」
「……唯一?お前ただのカモフ・リザードマンだろ?見捨てられたっていうのはどういう事だ、次の逃亡場所を知らないってことか?」
グリィド?マリーゴールドの記憶に居たぞ!
透明で姿が見えなかった、コスモス大陸で祭があった日以降行方不明になってた人!?
……木槿や月の様子も見に行きたいけど、この2人の会話……もしかしたら聞いていれば何か分かるかも?
「後者に関してはその通り、今まで俺が見た事ないような移動方法でパッと一瞬で消えやがったんだ……それよりも……俺は前者についての話がしたいんだ。俺の記憶の中では確かに俺は……突然歴史から姿を消した呼称も不明な人種の最後の個体だったんだ……だがお前の言うように、今の俺のどこが唯一なんだろう?ただのリザードマン1人だろ?」
「何言ってんだお前……。」
体に?を描きながらグリィドは少年の前で目を寄り目にする。
「……お前、Aの息子って呼ばれるのも嫌がりそうだから教えてくれ。名前は?」
「トネール・ロイデラリベーレ……彩人の母方の姓だ。」
『(前の世界には存在しなかった人種リザードマンと……月人と地球人のハーフか……ん?)』
グリィドとトネール、前の世界では全く見かけなかった異質な2人の姿を私はじっと観察していた。
だがブライツの一斉捜査が進み、次々と迫ってきている事にも気づいた私は手の内で咄嗟に様々な力を巡らせる。
……認識を妨害する力!ブライツの人達から見たこの聖堂を、私と同じように普通には見れないようにする!
ソレは上手くいって、ブライツの隊員達は聖堂以外の場所へ捜査を進めていく。
……待てよ?
この力、もしかしたら!
「よしトネール……こんな経験は無いか?昨日までの自分の記憶と、今見えるこの世界の姿に差がある気がする……そして、寝ていないのに長い事寝ていたような……でも突然目覚めたような……そんな感覚を覚えていないか?」
「……?言われてみれば無いわけじゃないな。確かに不思議かもしれないが、ただの脳に起きたバグとかじゃないのか?」
2人が腕を組み、睨みあう。
その真上に浮きながら、私は今しがた使った力の対象をどこまで広げられるか試していた。
……やろうと思えば地球上の全生命体が互いや自分自身を認識できなくする事だって可能だ……この力をアレも使っていたんだ!
つまり彼らは……魔紳士Aの息子やリザードマンは……私が支配者になる今までずっと消されていた?
恐らくはUR/ELを生み出すためのシナリオ上で障害に成り得たから?
「1人にだけ起きた現象ならそう説明して片付ける事も出来るだろうが、今ここには俺とお前……同じ現象に巻き込まれた人間が2人も居るんだ……なぁトネール、俺と手を組んでこの確実に存在する違和感の正体を――」
「ソレはお断りだ……確かに気になるがソレはソレとして……お前の魂は罪深すぎるんでな。」
紫雷を纏い、硬くなった拳を前にしてグリィドは溜め息をつく。
「……そうかよ、お前も魂とか罪とか見えてんのな。残念だ……逃げ切れるかも怪しいし殺すぜ。」
「来い!!俺はロイデラリベーレの息子だ!!!!」
彼を中心に広がった異常な気配が世界を包む。
……規模が大きすぎる!グリィドは一体どんな力を持っているんだ!?
「【真なる孤独】!!!!」
「なっ――」
不可避の殺気に身構えたトネールが、いや……グリィドと私以外の全てが黒く染まって動かなくなる。
これは……世界の時を止める力のようだ。
「20秒間、そして1週間のクールタイムを挟んで俺は自分以外の時を止められる……って言っても聞こえてねぇだろうが。」
聖堂の壁に飾られていた剣を手に取り、グリィドはトネールに向かって走り出す。
「そんじゃ……死にな――」
『お前がな。』
剣が捻じ曲がった空間に引き寄せられる事で勢いよく回転し、彼の首を斬り飛ばす。
「……は…………?」
『(やっぱりそうなのかな……UR/ELの邪魔になるから存在を隠された人達が居たんだ……このグリィドの力に関してはUR/EL関係なく危険すぎるし。)』
グリィドの死と同時に世界は再び動き出し、目の前に転がる首と体にトネールは首を傾げる。
「死んでる!?……どういう力だったんだ!?死をトリガーに発生する物だったのか!?!?」
……考察を続けていたトネールの記憶を読み取りながら、私は思わず自分の服を掴んだ。
私達に関わらなかった、隠されていた者の物語……。
……気になるし、心配だし、いずれ助けたいけど……今はこの世界の全貌と月や皆の様子を把握したい。
『(ブライツの監視を確実に抜けられるよう認識の妨害はかけておく……今はただどうか、彼もいつかは前を向いて進めるように願っておこう。)』
「……また探し直しか……必ず見つけ出して、捕まえてやる……お前に狂わされた人々全員の恨みを叩きこんでやるぞ……魔紳士A!!!!」
執念と決意を紫雷と共に纏った彼へ背を向けて、私は裂け目を開く。
――――――――
「美味かったな!……マジでトッピング3種類つけてもらっちゃったけど、ここまでサービスされたらなんか申し訳なくなってくるな。」
「……。」
腹をさすりながら商店街を歩く待雪に手を引かれていた木槿が、ふと家電量販店に置かれているテレビが映すニュースに目を奪われた。
インヌ獣人が嗅覚でお手柄、児童虐待の疑いで男性を逮捕。
速報!コスモス大陸でブライツが一斉捜査、指名手配犯続々逮捕。
魔紳士Aは実在した?各地から次々に上がる同一人物の記録。
賛否両論……技術進歩でネンコ獣人とヒョウモヤモ・リザードの間に子供が生まれる。
「(獣人の呼び方が細かくなっている、あとリザードも細かく種類分けされてるみたいだな……2060年ごろまで難航していた魔紳士Aやコスモス大陸の調査は大きく進み始めている……全てはメアーの妨害が無くなった事による物なのか……待て、今虐待で逮捕されていた男ってロベリアの父親じゃ――)」
「木槿?」
待雪の心配を含んだ声に少しだけ飛び上がり、木槿は彼の手を強く握りながら口を開く。
「何。」
「考え事してたのか?ごめんな……思い出したくないかもしれないが……僕の兄、お前の両親の事があって、木槿が僕の家で暮らす事になって、転校して……友達作る機会とか、そういえばあんま作ってやれてなかったよな。」
空を見上げる待雪の視線の先、まだ明るい空の奥に月が浮かんでいる。
木槿は無数のタイムリープが始まる前に死別した顔も分からぬ両親の事を少しだけ思い出そうとしてから、溜め息と共に諦めた。
「別にいいよ、俺はゲームがあれば。」
「ゲームにもマルチプレイっていうのがあってな?色んな楽しみ方があるんだよ。実は叔父さんな……最近、月に住んでる友達ができたんだ。」
待雪の言葉が私と木槿の意識をその話題に集中させる。
「レイズ・ミカエルという方なんだが、定期的に連絡を取っていてな……この前の会話で君の事を話したら、木槿と同じ年頃の紹介したい双子が月に居るって言ってきたんだ!」
「(月人の双子……アスク!リプラ!)」
木槿と目を合わせ、興味を持ってくれた事に安心しながら待雪は笑みをこぼす。
「アスク・スーリエルと『エバ・リュミエール』というそうだ……好奇心旺盛で良い子なんだとレイズさんも話していたから、もし地球に遊びに来る予定がたったら、お前にも会わせてやりたいな。」
「……え?」
待雪の手を更に強く握る木槿の姿を少し見つめてから、私は空高く飛んでいった。
……そうなる気はしていた。




