91.覚醒
「……嘘だ……。」
スクエア・セレクトと私の腕から開放されたメアーが発した第一声に、私……リプラが皮肉交じりの返しを思いつく。
『月人のスリエルは紫雷で魂を操られたりしない限り嘘をつけない……貴方もよく知ってる事でしょ。』
「本当に分かっていたのか……ありえない……いつから……何故……どうやって……!」
殺意も皆の魂もどこかに消えていき、ミカさんや木槿は異空間に入っていき、私と彼だけしか居なくなったこの暗闇へ倒れ込んでいたメアーの声はとてもよく響いた。
『私とマリーゴールドさんが取り込みあった時、皆の記憶が私達の中で混ざりあって、皆が少しずつ持っていた疑念を1つの仮説へ繋げてくれた……貴方は戦いが早く終わった事に驚いてたよね。その時考えるべきだったんだよ……私達が結託した可能性について。』
「……。」
もっと説明しろ、とでも言いたげな顔で口をつぐむ彼の前で、私はただ深く溜め息をつく。
『UR/ELに貴方が求めている事、その話を聞いた瞬間確信が生まれた……貴方は嘘をついていた。』
「……あぁ〜……被造物だからって見下してたけど……そうか、スリエルの目は僕の嘘も見抜けたのかい?」
力の入らない体をふらつかせながら立ち上がったメアーへ、私はすかさず鎖を撃ち込む。
『【縛】。』
「うっ!?なんだよ!」
こちらを睨みつける彼を、微塵の激情すらこもっていない目で見下す。
『黙って聞いてなよ、話していい時は言うから。』
「チッ……なんだよ怖いな!」
私はメアーから命以外の全てを奪っている。
そうして手に入れた力で、記憶に残る景色の数々を覗きながら私は話し続ける。
『皆が感じていた疑念、いくつか話してあげる。まずニューオーダー……貴方が指揮した、理想の世界を作り直すために動いていた組織……その実質的なリーダーとして、姿を隠した貴方の命令を聞きながらマリーゴールドは動いてきた。でもその中で当然の疑問が生まれていたんだ……世界を作り直したいなら勝手に自分1人で実行してしまえばいい……世界の創造主で支配者の貴方なら多少世界の成り行きをいじるだけで、ソレは叶ったはず。』
「……あぁ、そうだね。新しい世界なんて望んじゃいなかった。」
俯くメアーの前、裂けた暗闇の奥に草原と白い城が見えていた。
彼と共に景色を見つめながら私は話し続ける。
『……ニューオーダーと対立していた私達の間でも、同じような疑問があった……世界の支配者が相手の戦いで何故まだ滅ぼされずに……こんなに抗えているんだろうって、戦えているけど戦わされているような……何か新世界よりも恐ろしい何かへ誘導されているような……そんな不気味さは貴方の存在を知る両陣営で渦巻いてた。そして、その不気味さが私達の戦いを止めた。』
「どっちが勝っても……望む世界はやってこなかった。」
暗闇の中に立ったままの私達の周囲に広がった裂け目が城の内部、謁見の間を映す。
私は玉座にたてかけられている注射器のような形の剣を見つめながら話し続けた。
『マリーゴールドを取り込んでこの城へやってきた時に確信した……この戦いはおかしい。』
「……。」
鎖に縛られたまま玉座に背を向けていたメアーの顔から、薄ら笑いが消える。
不快だと全身で言い表しているような態度の彼を見下しながら私はまた溜め息をついた。
『UR/ELへの望みが親友の代わり?……ならどうして、せめて選んだ人間にとって幸せな物語を紡いであげなかったのか……そもそも何故メアーやマリーゴールドのような自分で選んで強くした人じゃなくて、敵側の存在を選んでその上で気づいてもらいたかったのか……。』
私だって貴方を目の前にして、これ以上ないほどに気分が悪い……。
今すぐズタズタに裂いて殺してやりたいほどにメアーが憎い。
でもダメだ。
だって、それこそが……。
『貴方、自分でV0/Dに突き落とした親友の話をしてくれたよね……きっと貴方はずっと、後悔してた――』
「黙れ。」
鎖が揺れ、軋む音が暗闇に響く。
『代わりなんて存在すると思ってなかったし、在ったとしても見つけるつもりなんて最初からなかった……貴方はずっとあの日感情の昂る勢いのままに消してしまった親友の後を追おうとしていた。』
「馬鹿言ってんじゃねぇよ!!なんであのクズの後追いを僕がしなきゃいけないんだよ!!!!仮に僕が死にたいってんなら勝手に僕が僕自身を殺せばいい話じゃねぇかよ、この馬鹿が!!!!!!!!」
腕や肩に鎖を食いこませながら、メアーは必死に私へ噛みつこうとする。
そんな彼の前で私は口を開き続けた。
『あの玉座や剣と同じように貴方自身のその姿も、貴方と親友を繋ぐ思い出の1つだったとしたら?親友に尽くそうとした貴方にとって、その従者としての出で立ちは少なくともその立場を肯定してくれる物の1つだったはず……だから自分じゃ壊したくない、自分で自分を殺したくないから、自分を恨む他の誰かに殺してもらおうとした……だから作り上げた……UR/ELを……神にとっての救いの光を。』
緊張していた鎖が緩み、跪いたメアーのスカートの上へ広がる。
「……ははっ……被造物が分かったような口で……理解したような事を……はは……あははははははははっ!!!!あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!!!!!!」
『……。』
透明な水滴を散らしながら笑い続け、やがてはおもむろに横たわったメアーの視界に自身の足が映る。
少しづつだが、服も体も溶けて水のような液体になり始めていた。
「……なんだ……これは。」
『貴方の気持ちはよく分かる……たくさん一緒にいて、笑って、遊んで、楽しんで親友になった人の代わりなんて見つかるはずがない。他に友達が何人できたとしても、その人達はあの日の親友の代わりにはなれない……それでも一時の過ちから一生その親友を失ってしまった時の絶望や後悔は、きっと何千億年たったって消えやしない……きっと何よりも怖いし辛いだろうね。』
彼から数歩遠ざかった私へ咄嗟に伸ばされたメアーの手が、瞬時に溶けてなくなる。
「何をしようと……してるんだ……!?!?」
『……罰の話をしようか……これから私がスリエルとして貴方に与える罰の話を。』
肘の先から、足首から溶けていく自身の姿を目にして呼吸を乱す彼から、私はまた1歩遠ざかる。
『貴方は自分だけを救うために、どれだけの人達を何回死においやったか覚えてる?』
「……待て……。」
メアーは溶けていく四肢で少しだけ身を起こし、震えた目と声で私に話しかける。
『どれだけの人を利用して、どれだけの夢を……どれだけの希望を……それぞれがどんな色を持っていたのかを……貴方は覚えてないよね。』
「何処へ行く……?」
私は話し続けた。
自分の中で渦巻く全ての魂の記憶を思い出す私の目から、黒い闇が……いや、抱いている感情のせいか少し赤っぽいソレが流れ落ちていく。
『貴方は数えきれないほどの世界に生きる全てを踏み躙って、人の死だって幾度も踏み台にして……その1人の事も心の底から気にしなかった……。』
メアーに背中を向け、異空間へ続く裂け目を開いた私の背後で彼が叫ぶ。
「おい……待て!!理解してくれたんだろう!?同情するんだろ!?!?なら殺してくれよ!!!!終わらせてくれ!!!!この苦しみが理解できてるんだろう!!!!」
『……貴方は死者にも生者にも、生や死そのものにも正しく向き合えない。』
歩き続ける。
メアーが溶けて暗闇の中に滴る音と、私の足音が交互に響く。
『私も貴方も生き続ける……私は世界と全ての死を背負う……でも貴方は命以外の全てを失って、何もできなくなる。』
「い……行くな!!!!僕を置いていくんじゃない!!!!!!!!」
進み続ける。
皆と一緒に。
『その姿も、力も、親友との繋がりも無くなって、後悔だけを抱いたまま……永遠に死ぬ事も誰かに会う事もなく皆の記憶から消えるんだ……さようなら……ナイトめあ。』
「……やめてくれ……いかないで――」
裂け目を通り抜ける直前、私の後ろで彼は完全な水たまりに変わった。
動く事はおろか話す事もできず、何かを聞く事もなく、消える事もなく、誰かに踏まれる事もなく、ただ静かに……最も透明で罪深い水たまりとして私の記憶からも消えていった。
彼が居る暗闇にこれから先、誰も行く事はなかった。
――――――――
「リプラ!!」
「やった……のか?」
異空間、闇の湖の底に入ってきた私をミカさんが抱きしめた。
全力で抱きしめてくる彼女の後ろから、どこかたどたどしい木槿の声が聞こえてくる。
『勝ったよ!今は私がこの世界の支配者。』
「そう……!よくやったわリプラ!!皆も……この子に力を貸してくれてありがとう!!!!」
「……マジか。」
ミカさんが涙を滲ませ、私を更に強くハグしようとする横に歩み出てきた木槿は自分のリボルバーを見つめ続けていた。
『……私なら死にも気づけないくらい速く殺せるけど、やる?』
「いい、慣れてる……ていうか……きっと俺が力を使う最後の瞬間になるから、俺の手で発動させたい。」
側頭部へゆっくりとリボルバーをあてた彼を、ミカさんが私と一緒に抱擁する。
慎重に抱き寄せられる中でも、木槿は強い圧迫感と温もりを感じていた。
「貴方には誰よりも感謝しないといけないわね……アスクやリプラだけじゃない……私達皆をここまで守ってくれてありがとう。」
『私からも、ありがとう。』
数秒固まってから、彼は吹き出すように笑みを浮かべる。
死ぬ直前でこんな態度をとれる人間は、きっとこの世界で木槿1人だけだろう。
「どういたしまして。」
『「……。」』
リボルバーの銃口を木槿が強く自身の頭へ押しあてる事で鳴る、髪が擦れる音を聞きながら私とミカさんはゆっくりと目を閉じた。
無意識に抱擁を強めてしまったのだろうか、彼は咳き込みながら笑い続ける。
「……撃つ前に死んじまいそうだよ。」
『……。』
もうこの腕から力を抜きたくなかった。
魂なんて見えていないのに木槿はその理由が分かっているんだろうか、少しだけ溜め息をついてから彼も目を閉じた。
「いくぞ。」
『……2人とも、またね。』
「えぇ……時が戻っても、私は2人を精一杯愛してるわ。」
私達の周囲を1つの円と2つの文字が囲い込む。
「【〇】。」
異空間に響いた銃声が消えるとほぼ同時に巻き戻り始める。
音だけでなく、やはり全てが。
ゆっくりと夢から覚める時のような感覚で、私のよく知る形の世界が眼前に現れていく。




