第88話「儀式」
蒼い星空ではないどこかへ向かって、バベルの塔が伸びていく。
そちら側からでは見通せるはずのなくなったソレの先端を、滅亡の支配者マリーゴールドは見上げていた。
「生者は4人のみとなった……バベルの塔が完成している……。」
死月に立ち込めていた死の気配は完全に消え去り、風は止んでいた。
この状況下で訪れるはずのない静寂に彼女は最大の警戒態勢をとった。
「さぁ……どうくる、リプラ・リュミエール。」
地平線の先から死月全体へ音よりも早く広がった亀裂が、紫色に輝いて殺気を振り撒く。
滅びの光を纏い、死月から離れ舞うマリーゴールドの眼前でその文字列は輝いた。
「【マーナガルム】。」
死月は爆ぜ、死月鉱や文明の破片を星空へ散らす。
自身に向かって飛来した地球の直径ほどに巨大な死月の欠片を彼女は片手で受け止めた。
そして、その背後で無数の天使の輪が宇宙に1つの列を作り上げる。
「【アウレオラ・ミルフィィユー】!!!!」
「……パピリオンで観測したソレとはもはや別物だな……。」
欠片を小石ほどのサイズまで縮めながら列を見つめるマリーゴールドの前で、一瞬だけだがソレは輝いた。
「……今のはまさか。」
列は捻じ曲がり、彼女を包囲する。
その内を輝きながら移動するソレの速度は光速以上であると判断し、マリーゴールドはその手中にて裂け目を構えた。
光速を複製した天使の輪の列から飛び出す死月鉱の刃は宇宙の景色を二分するほど長い一筋の線となって彼女へ斬りかかる。
「光速を重ねる手段はあたしにない……追いつく事は不可能だが。」
裂け目をその全身にまで広げ、裂け目へ飛び込むのではなくソレを纏ったマリーゴールドの姿がリプラの視界から消え去った。
「そもそもあたしには、もう移動する必要すら無いのだよ。」
天使の輪の中にて加速を続けていたリプラの眼前で蒼い光が剣の形となる。
「【滅光の剣】。」
「【フォーバマイン】……!!」
煌めく不可壊の大鎌と青白く輝く光の剣が衝突し、その衝撃が宇宙へ亀裂を走らせた。
睨み合う2者の間で紫色の炎と青白い光球が増殖し、互いを打ち消しあう。
「君はこの戦い……一対一か多対多か、どちらだと思う?」
「多対一、私達とお前1人の戦いだ!!!!」
炎と光が消えるよりも遥かに速く、多く発生したそれらがマリーゴールドとリプラを引き離していった。
「あたしが1人に見えるか?ではこの力は……遺物は何だ?」
「それはB.3から奪った物だろ!!!!」
光の剣を構えるマリーゴールドの反対の手に、不気味に青白く輝くステッキが握られている。
「そう、この遺物も彼女の力も今やあたしの物になった……支配者が被支配者に協力の合意を取る必要などない。あたしが殺し、取り込んだ者達も含めてこの戦いは多対多だ。」
「何が支配者だ……!!貴女はメアーの操り人形になってるじゃないか!!!!」
死月鉱を含んだ炎と、月鉱をその内に巡らせる光球が無限にぶつかりあう中心でリプラは鎖と炎を纏っていた。
その背後に浮かぶ無数の遺物は新たな主にも従順であり、まっすぐと目の前の脅威へ矛先を向ける。
「操り人形……?メアーはこの世界の支配者であり創造主だろう。言ってしまえばあたしも君も、今までこの世で生まれ死んでいった全てすらも、その操り人形の定義に当てはまると思わないか。」
「寝言は寝て言え!!メアーが作り出した全てを操れているというなら、どうして世界はここまで壊れきっているんだ!!!!」
蛇のようになった紫炎と遺物の3本の槍が同時にマリーゴールドへ飛びかかり、瞬時に幾億へその姿を分身させていく。
命中った者の体を制御不能にして痙攣させる雷神の婚約者、投擲される事で無数に増殖する現影槍、目標へ常にその先端を向ける理解者の槍の力はB.1オーダーのソレを介して全てにそれぞれの力を共有させる。
死月鉱を纏い、または含みながら飛ぶ槍や焔蛇を光のレーザーが迎え撃った。
「何か勘違いしているようだが、メアーは今の世界に平和や安定など微塵も求めていない……それともなんだ?世界を作り出した事もない君が、平和主義者こそ支配者のあるべき姿だとでも言うつもりか?」
「そう言わせてもらおう!!お前達が平和を望まないのなら!!!!」
無称呼で放たれ、槍などを消し飛ばしながら飛来したイノベイティブ・レイを弾き飛ばし、リプラは次なる攻撃のために手を大きく開く。
「平和か……君達の言うソレは生存と我欲を第一とした偽りの平和だろうに。」
「真の平和は滅亡と支配の果てにこそ成り立つとでも言うのか!?……その先は虚無だろ!!!!」
笑い声のような歪んだ音が響く宇宙の中、異空間を通り抜けたリプラの拳がマリーゴールドの頬を掠める。
「ほう、クリキンディーの力を応用したか……説明を続けてあげよう。光ある所に闇が生まれるように、幸福の裏には必ず不幸も発生する……生命が食物連鎖というシステムの上に成り立つ限りな……虚無こそが真の平和だというなら、君も宇宙の全ては誕生する以前のソレと同じ状態へ還っていくべきだとは思わないか?そして2度と始まらなければいい。」
「世界の人類だけでなくその他の命までも……人のお前が最期まで導くつもりか!」
掴まれかけた腕を引き戻し、リプラは続いて空を手刀で斬り飛ばした。
「否定させてもらう。君もあたしも、月人どころか生物としての枠組みからはとっくに外れているよ……動物でも植物でも無機物でもなく、だがその全てでもある……何を思い何をしようが自由である……支配者なのだよ、あたし達は。」
「支配者という強大な存在なら希望を通すために世界を……今までの全てを踏み躙っていいっていうのか!?私達と同じこの世界に生きてきたお前が何故そんな暴虐を許せてしまうんだ!!!!」
宇宙に散らばっていた死月の欠片は再び輝き、リプラを中心に渦巻いていく。
やがて光と死月鉱の眩しさがマリーゴールドの眼前にて銀河を作り出した。
「……君こそあたし達を打ち倒すために、敵も仲間も大勢殺したろう?なのに今更、よくもまぁそんな事を言えるな。」
「希望を通すために、屍を越えてお前達へ立ち向かっている事は認めるよ……でも!私は今までの全てを繋げるために此処まで来た!!この世界で……いいや、色んな世界で輝く全てが作り出してきた景色を……この目で見届けたいんだ!!!!」
紫に輝く銀河を目前にして、嘘を砕いた上で真の星であるかのように擬態していた蒼い光の数々が1つに纏まっていく。
リプラの周囲で煌めく炎や死月鉱を含んだ銀河と、マリーゴールドの背後に現れた青白い恒星が同時に完成した。
「そうか……ならば旧世界やあたし達が生きてきたこの世界の痕跡と共に、お前も今度こそ消えて終われ……リプラ!!!!」
「断る!終わらない!!私はお前達に勝つ!!!!」
【輪廻転星】と【再構星】。
いずれもリプラとマリーゴールドが今この瞬間に編み出した新たな殺意の形であり、それらは無称呼にて、そして膨大な規模で放たれた。
巡る死月鉱や紫炎がマリーゴールドを削り殺しにかかる瞬間に彼女は恒星の中へ姿を隠す。
青白い光に包まれる中で、マリーゴールドのシルエットが歪んでいった。
それは彼女がガーベラ・バスクエダから奪った幻覚の力。
スリエルの危険信号を偽造したそれはリプラの視界の中で、マリーゴールドの位置や殺意を巧みに隠していく。
幻覚の中で舞う彼女の魂とは反対の方向へ向かい、彼女は裂け目の最適な出現位置を見極めていた。
だがしかし、リプラの放った死月鉱が正確にマリーゴールドの首を狙う。
計4体の天使を吸収したリプラの視界で一般的なスリエルの円形とは違う4芒星のマークが彼女の存在を捉えていたのだ。
「何故分かる……?」
裂け目を手の内へ収納し、そのまま同時に身を翻したマリーゴールドの見つめる先で数多の死月鉱はアウレオラと共に恒星の中で自由に舞う。
「……そういう事か?通常の義の天使のアウレオラとアスク・スーリエルのソレの形が違ったように、お前の視界も我々が知る死の天使のソレとは違う状態なのだな。」
光速を覚えたアウレオラが死月鉱の欠片を射出し、彼女にソレが回避された先でも別のアウレオラが受け取り、そして再び放つ。
数多の死月鉱、無数のアウレオラの中央でマリーゴールドは回避を続けていた。
「これでは使えん……裂け目へ入るには1秒ほどかかるという事、君も理解しているようだな……。」
「そうだよ!!もう逃がさない……その中でくたばれ。」
いくら避けようと滅光の剣で弾き飛ばそうと、死月鉱は必ずアウレオラに受け止められる。
発動しない限り光速に追いつく事はできない裂け目の運用は諦め、剣を自身の手に突き刺したマリーゴールドの周囲が歪む。
「君のもとへ行けぬというならば、君があたしのもとへ来い。」
剣を形成していた光は彼女の手の内でこれ以上なく歪んでいき、やがては彼女の手と世界に1つの底の見えない黒い穴を作り出した。
生み出されたエネルギーが死月鉱も、アウレオラも恒星も巻き込みながら穴を広げていく。
「最大火力……君は光を極限まで速く、多く、限りなく纏めた事は無いだろうな。」
【潰穴】と我々が呼ぶソレを、マリーゴールドは死月鉱以外での破壊が叶わない自身の体で操り始めた。
対象を空間の移動に巻き込む事で斬れていたという結果を生み出す林藤一葉の選択の力はリプラの内にはなく、放たれた死月鉱もマリーゴールドの手にある穴へ吸い込まれていっては彼女に制御権を奪われていく。
「どれほど力を組み合わせようと、いくら応用をきかせたとしても……極まったこの力には光速を重ねた君でさえ抗えぬというのは……あたしからすれば随分と退屈な結果だぞ。」
「マリーゴールド……!!!!」
一切の停止や減速もできぬままに引き寄せられていくリプラは、歯を食い縛り鎌を握りしめる。
「この手に触れた瞬間……そう、やはり貴様も分かっているんだろう。」
「分かってる!!……ここで終わらせる!!!!」
2者の手が重なり、潰穴はその間で闇を吸い込む。
睨みあう彼女達の腕は黒く溶け、互いの力を奪い合う。
「「ここからが本当の勝負だ!」」
混ざりあった両者の意識をこの上ない不快感が蝕み、苦悶の表情を浮かべたまま作り出した鎌と剣をぶつけあうその間で記憶と力は錯綜しているのだろう。
空間が歪む。
間もなく裏返って壊れる。
その衝撃が僕の頭を箱から押し出して、勢いよく転ばせた。
あっけにとられた僕は自分以外誰も居ない謁見の間の天井を数秒見つめてから、ゆっくりと起き上がる。
『うぅん……今のはちょっと近くで見すぎたな……!急いで見ないと、僕のUR/ELが誕生する瞬間を――』
数歩先に転がる箱へ、宝石で飾りつけられたソレへ手を伸ばそうとした時。
こちらへの殺気が満ちた。
思わず手を引っ込めて、震えながら王座にたてかけていた剣を呼び寄せる。
『……見逃したのか……?へっ……ははっ……そんなすぐに終わる!?』
注射器のようなシルエットのソレを握りしめながら、その刃に反射する天井を見つめていた。
『出てくる!こちらへ来る!!遂に!!!!』
箱から腕が伸びてきて現れた。
その右中指に死月鉱の指輪が煌めいている。
空間の破綻のせいか、または実際にそうやって移動しているのか、彼女の腕が捻じ曲がりながら箱を裂いていく。
「お前がメアーか。」
マリーゴールドを取り込み、左手の穴に潰穴を作り出したリプラと見つめあった。
『……やぁ!ようやく会えたね♡……UR/EL!!』




