第87話「闇へ踏み出せ」
「4人目……アスクがそうなるってのか?」
転がり続け、やがてはクリキンディーとアスクの中間で止まった月鉱がリプロダクションに睨まれ続ける。
「いや、決まってないけど……候補が2人居るんだ。」
「候補って僕とマリーゴールド?」
やがて浮き上がった月鉱が1人の女性の形となり、静止した。
「そうだよ。死の天使および光の天使、義の天使として多くの魂を吸収した君か……同じく大量の命を取り込み、パンドラの箱に封じられていたメアーの力すらも手に入れてしまった知恵の天使のマリーゴールドか……君達のようにUR/ELと呼べそうな者が今後現れるようにも思えない。」
「は?俺やオーダーよりも今のアスクやマリーゴールドの方が強ぇってのか?」
「……この地面、死月鉱だろう?月や地球よりも遥かに巨大なコレを君達の衝突が作り上げたのだと言うのなら納得はできる。」
目を見開き、オーダーとリプロダクションを一瞥してからアスクは俯く。
「互角じゃないの?」
「テメェそれで謙虚ぶってるつもりか……?」
「アスクが言ってる事は正しいよ……残念ながら、今のアスクがUR/ELに相応しいわけじゃない。」
「……まさか君は……この期に及んで私達ではマリーゴールドには勝てないと、そう言っているのか?」
震え、冷えていく空気の中でクリキンディーが首を振った。
「そう言っているよ……今地球上に居るマリーゴールド以外の全人類が力を合わせた所で、彼女には……勝てない、もちろんその先のメアーにもね。」
「じゃあどうすんだよ!?一億歩譲ってアスクが俺達より強ぇのは許すとしてよ……コイツがUR/ELとして連中に勝てるようにするにはどうすりゃいいんだよ!!!!」
今にも彼女へ殴りかかりそうな勢いでリプロダクションは足を踏み鳴らす。
腕を組み、清聴に徹するオーダーと微かに呼吸を乱し始めたアスクの前方にてクリキンディーは自身の目を手で覆い隠した。
「……それじゃあ話そうか?私達があの2人に勝つ方法をさ。」
――――――――
死月鉱が輝く大地、その上を月人達は進み続ける。
ニューオーダーの軍勢を撃破した彼らの先頭にて木槿とホープの間には微かに不穏な空気が流れ始めていた。
「そこらの山より高く積み上がった、津波によって世界中から流されてきた瓦礫と死体の山……乗り越えてきたけどさ……あんな惨状を見て普通の地球人が正気でいられるわけがないよね?」
「……今更、自分を普通で無力な地球人だなんて言うつもりはないさ。」
2者の心境を理解しながら、そこへ割り込まないようにしながら、レイズは彼らの数歩先を歩き続ける。
その隣を歩くロイヤーもまた、ホープと同じように木槿への疑念を募らせていた。
「(……この地球人が乱入していなければ……俺達はニューオーダーに負けていたんじゃないか?)」
「何よりも君……なんで謳華流が使えた?しかもあの完成度は僕の弟子とかからじゃなく、間違いなく編み出した僕本人から教わっていなければ、そして……最低でも数百年は鍛錬を続けてなきゃあそこまで極められるはずがない。」
「死月まで来れた時点で隠す必要は無くなったからな……アスクやクリキンディーと合流した時には話すよ、俺の力について――」
死月を包んでいた気流が歪み、同時にレイズは剣を構える。
「何か飛んでくる!!皆、私の後ろへ!!!!」
咄嗟にレイズの横へ飛び出したホープの目に1つの見知った魂が映った。
「……アイツは!!!!」
ホープがその手で死月に触れ、飛んできた彼女を受け止めるため蔦を展開した直後。
ソレに受け止められたクリキンディーはゆっくりと正面を睨み返した。
「当然の……反応か……。」
「何やってんだよ君は!?!?僕達が必死こいて戦ってる裏で――」
「ふざけてんじゃねぇぞ!!!!」
地平線の彼方から飛来した赤色の荒々しい殺意が、クリキンディーへ再び殴りかかる。
ソレを追いかけて現れた紫色と青色の光の内からはアスクとオーダーが降り立った。
「もう1回そのクソみてぇな事ほざいてみろ!!テメェの顔ペシャンコになるまで死月に擦りつけてやるよ!!!!」
「やめろ万色!!!!」
響く声を耳にした木槿が咄嗟に言い放ったその名が、リプロダクションに過去を思い出させる。
共に政府へ抗い、最後は自分をおいて散っていった仲間達に託された願いは確かに彼女の拳を止め、代わりに思考を巡らせる時間を与えた。
「お前ら……生きてたのか。」
「……助かったよ木槿……作戦会議が殺し合いに変わるところだった。」
胸を撫で下ろし蔦から滑り落ちるクリキンディーの前で、同時に着地したアスクやオーダー、リプロダクションの表情は酷く歪んでいる。
「チッ……作戦会議だと……?丁度いいじゃねぇか!この場に居る全員に向かって、俺達に話したように……もう一度そのテメェが作戦だっていうソレを話してみろよ!!あぁ!?!?」
「……言われずとも話すさ、奴らに勝つには『確実に全員の力が必要』なんだから。」
リプロダクションの拳が再び振り上げられ、即座に背後のオーダーによって止められる。
殺気に満ちたリプロダクションの目が震えるオーダーのソレと睨みあう光景を目にし、月人達も異常事態を察して息をのむ。
クリキンディーは天を仰ぎながら、はっきりと言葉を発するしかなかった。
「ここに居るレイズ・ミカエルと明星 木槿を除いた全員が、アスク・スーリエルに取り込まれない限り私達の勝利は有り得ない。」
エクスカリバー、藤結、銀色に輝く炎の剣が同時に彼女の首元へあてられる。
「……はっ、オーダーもアスクも見たかよ……やっぱ俺の……俺みたいにああいう反応するのが普通だよな!?!?」
「俺達を作り出した貴様に……先程まで俺達が何の為に戦っていたのか……分からないとは言わせんぞ?」
「アンタがぶっ飛ばされるの止めちゃってさ……後悔しちゃうな。」
「冗談じゃないわよ……!」
リプロダクションの震えた笑い声が響くと共に、風は僕の歓笑を空間全体に届ける。
死の天使に取り込まれるという事、月人達からすればかつてのインヘリットのように塵となってアスクにその力を託すという事……それが意味するのは。
「生きるため……この変わり果てた世界の中で守りたい物を守るために俺達やレイズ様はニューオーダーと戦ってきたのだぞ!?なのに貴様は……その全員に死ねとほざくのか!?!?」
「ロイヤー、全くもって君の言う通りだ……最悪だよクリキンディー……シ長が聞いたら即座にパンドラの箱をもう1つ作るんじゃないのか?」
刃をたてる3人を見つめていた月人達は互いを見つめ、そして膝から崩れ落ちる。
「タンポポ達……頑張ったのに……?チェッカ様やリメイム様も……全力を尽くしてきたのに……?」
「私達を作ったクリキンディーがそう言うって事は……本当にそれしかねぇの?」
「あんまりじゃないか……。」
クリキンディーは刀や剣に首の皮を少し斬られ、銀の炎にうなじを削られながら立ち尽くす。
「……。」
彼女自身も理解していた、これは当然の結果であると。
受け入れられるはずがない。
だから、もう何も言えなかった。
「……全員止まれ!!!!」
叫び慣れていない木槿が、喉を痛めながらも全員の注意を自身へ向ける。
「クリキンディーお前……今レイズと木槿を除いた全員って言ったよな……レイズは不死であるが故に、アスクへ取り込ませた時に何が起こるか分からないから除外したんだろうが……お前は気づいてるんだな?俺の力に……つまりはとち狂ったわけじゃない……全員にただ乗り越えるための屍になれと言ったわけじゃないんだろ?」
「……なんだ?貴様に何ができるんだ?」
続けて口を開こうとした彼の喉へ、ロイヤーの手が素早く掴みかかった。
「地球人で、黒髪黒目のお前にどんな力があると言うんだ!!!!」
「やめなさいロイヤー!!!!」
レイズの声に動揺し緩んだロイヤーの腕を振り払いながら、木槿は再び言葉を紡ぐ。
「……『俺が死亡した瞬間、世界の時間は2044年7月13日の昼まで戻る』……そして、これに世界の支配者であるメアーは含まれていない。」
黒髪黒目のアズノーンでありながら数多の戦場で活躍し生き残ってきた事、ホープが彼に教えた覚えのない謳華流を確かに扱えていた事など、彼を取り囲んでいた全ての不可解な要素に説明がついてしまう、恐ろしい事実に全員が言葉を詰まらせた。
「つまりそれは……俺達が死に、アスクに吸収された後でもメアーさえ倒してしまえば後は……。」
「……木槿が死んでその日に巻き戻るだけで……死月どころか10年前の戦争に巻き込まれて死んだ人々も、僕らの事も助けられるって事か?」
「2044年の7月13日……たしか待雪さんの命日でもあったわよね?上手くいけば、もしかすると彼も救えるという事……?」
レイズとホープが目を見開き、木槿を見つめる横でロイヤーはしばらくの間俯き続けていた。
「「……それでも――」」
そして彼と同時にホープが口を開く。
「……俺はコイツに……『リプラ』に全員の命を背負わせたくない……親友を失ったコイツに、今度は見知った人間達の全員を取り込ませる事など許容できない!!」
感情を昂らせながら言葉を続けたロイヤーの叫びは、リプロダクションの耳へ届いた瞬間に彼女の情緒を激しく乱した。
口を閉じ、腕を組むホープの視線の先でリプロダクションはアスクとロイヤーを交互に見つめる。
「……リプラ?何言ってんだお前、コイツは……アスクだろ?リプラってのはコイツの双子の名前じゃねぇのかよ――」
「アスクだという事も否定するつもりはないが……見てくれがアスク・スーリエルであろうと、俺には分かる……お前は……お前の中身はリプラ・リュミエールだろ。」
「……。」
アスク……いや、彼女はコスモス大陸にて滅王を打ち倒して以降、彼を演じ続けていた。
リプラ・リュミエールはロイヤーの言葉を否定する事なく、手を強く握りしめながら立ち尽くす。
「君も分かってたのか……僕と違ってスリエルじゃないのに、よく分かったね。」
「服や見た目はアスクでも、動き方は俺やレイズ様が長年見てきたリプラのソレだったからな……。」
「……中身がアスクだったとしても、リプラだったとしても……私達がこの子に全てを背負わせようとしてる事に変わりはないわよ。」
1人の人間に、つい先日まで小さな子供だった彼女に、親友であり双子だった者を取り込んだ哀れな月人に、突如として世界の命運を背負わせるという事。
ソレは背負わせる者からしても、背負う者からしても確実に酷く決断しがたいものだった。
誰1人として口を開けずにいた時、リプラは自身の記憶とアスクの記憶を同時に思い出し、そこに映る様々な景色に目を細める。
「……やるしかない。皆で挑んで負けた時……木槿が時を戻したとしても次は二度と同じような状況にできないかもしれない……もう、綺麗で楽しい景色なんて永遠に見られなくなるかもしれない……なら僕も……いや、私もマリーゴールドと同じ存在になってアイツらを倒してみせる!」
声を震わせながらリプラはその手を前へ突き出す。
そして、そのまま眼前に浮かぶ月鉱の人形を砕き潰した。
「……お前……全員の力を取り込んだとして、マリーゴールドやメアーに勝てるという確信はあるのか?」
詰め寄るロイヤーを彼女はまっすぐとした、アスクと同じ模様をもつその目で見つめ返す。
「ある!オーダーさん、アスクはね……あなたやリプロダクションみたいに、死月鉱とアウレオラを操れる力を同時に使いこなして戦ってたんだ!」
「同時に操るだけでなく複数の力を同時に行使し、更にそれぞれの特徴を合わせる事ができれば……もしかすると……。」
オーダーの体へ寄りかかったリプロダクションは、彼女から複製した力をその手の中で巡らせる。
「アスク……いやリプラ……もういい!俺がアスクって言ったら俺から見たお前はアスクだし、実際テメェの中に本人も居るんだろうしよ……だがお前が誰であるにせよ、力を合わせて使うってのは簡単な事じゃねぇんだぞ。下手すりゃ自滅する可能性だって――」
「そこは安心してくれていいよ。取り込んだ人達の記憶がリプラの中で彼女と結びついて、力の使い方をちゃんと覚えさせてくれるはずだから。」
そしてリプロダクションの手をはたきながらクリキンディーはリプラの前へと歩み出る。
リプラの懐に触れたクリキンディーの手が、ゆっくりと溶けて消え始めていた。
「まずは私が自分から君に取り込まれて体の一部を闇に戻せるようにする。闇に戻した部位で皆に触れれば、皆が死んだり塵になったりする必要もなく、取り込めるようになるよ。」
「は……?おい待てよ!!しれっと実行するんじゃねぇ!!!!」
怒号をあげ、自身を引き戻しにかかったリプロダクションの手をクリキンディーが強く握り返す。
「こうやって、皆で手を繋ぎながらやるっていうなら……意外と怖くないかもね。」
「は、はぁ!?あのなぁテメェ……全員がやるって決めてからやれよ!!皆が皆お前みたいに全部の状況を把握できてるわけでも、簡単に命を捨てられるような奴ってわけでもねぇだろうがよ!!!!」
握り返されてなおクリキンディーを引っ張り続ける彼女の前で、とうとうクリキンディーの肩までがリプラの内へ消え始めていた。
「皆も、君も分かってるでしょ……これは唯一の希望だってさ。」
「でもよ……!」
微かに震えるリプロダクションへ、今度はオーダーが寄りかかる。
「分かるさ……流石に、私も怖い。」
「……お前……!!……怖いなんて誰が言った!!!!」
2人を、そしてその後ろに集い始める者達を見つめながら、クリキンディーは静かにリプラへ語りかける。
「体を闇に戻す事は、私だけの力じゃなくて月人全体がやろうと思えばできる技術……私独自の力は異空間を作り出す事ができる物なんだ。皆を取り込んだら作り出したそこへレイズと木槿を待機させて。」
「……分かった。」
自身の中へ消えていくクリキンディーと、リプラは目を合わせ続けていた。
「最後に君1人へ全てを託す事、申し訳ないとはちゃんと思っているよ……でも、これが終わったらきっと君も、皆もまた会いたい人と自由に会えるようになるはずなんだ……リプラ、君にも……全力で君ができる事をやってほしい…………。」
「……やるよ。」
消える中でも動き続けていた彼女の手が遂に消える時、同時にリプロダクションも取り込まれていく。
「……なぁリプラ、俺はアスクを弟子にしたのによ、アイツに師匠らしい事なーんもしてやれなかったんだ……代わりにテメーに全部託す事しかできねぇなんて、クソだと思わねぇか?」
「えっと、アスクの記憶だとけっこう無理矢理……いや、次の世界で……アスクと一緒に私の事もビシバシ鍛えてほしいな。」
彼女は思わず吹きだしてから、リプラの顔へ軽く頭突きを繰り出し消えていった。
「はっ……言わずとも任せやがれ!…………。」
クリキンディーとリプロダクション、既に2人を取り込んだ彼女が自身の服を握りしめるその目前でオーダーやホープなど、見知った顔も見知らぬ顔も、全員が彼女に力を託すために立っていた。
「ホープ……必ずまた会いましょう。」
「……はぁ……時が戻ったら、僕またミカに殺されかけるのかな。」
溜め息をつきながら歩き出すホープを、レイズは少しの間だけ抱き寄せる。
「それは仕方ない事かもしれないから……バーグやガイアと一緒に、全力で誤解を解きにきてちょうだいね。」
「……約束するよ……またね、ミカ!…………。」
「木槿……よく1人で私達をここまで導いてくれたな。」
「次会う時はB.1と死神としてじゃなく、互いに一般人として世間話でもできたらいいな。」
背を向けたままの木槿と言葉を少し交わしてから、オーダーはリプラの手を握る。
「私の力とパンドラの箱の内に居たメアーの力……恐らく同等だ……私や皆の力を合わせれば、君なら確実にマリーゴールドを倒せる…………。」
「……ありがとうございます。」
続いて、月人達を率いながらロイヤーがリプラの頭をおもむろに撫でた。
「取り込まれ、体も意識さえも無くなろうと俺は、いや……アスクも、インヘリットも……チェッカさんもリメイムさんも、皆お前と共に居る!……お前は1人にはならない……させないからな…………。」
「ご存知ないかもしれませんけど!タンポポ達も、貴女と共に……戦わせてもらいますっ!!…………。」
「皆あんた様を……天使様を信じてるからな~!!…………。」
「ご、ご武運を~……天使様っ!!…………。」
「どうか挫けぬよう……お祈りしておりますぞ!…………。」
1人、また1人と消え、静かになった死月の上。
リプラの前に立っていた地球人と守護の天使が、彼女の作り出した真っ暗なキューブの中へと入り込んでいく。
「……もし何かあった時は迷わず呼んでちょうだいね。ホープや皆と一緒に、力になれるなら私も一緒に戦わせてほしいもの。」
頷くリプラに今の精神状態で精一杯の微笑みを向けてから、レイズは空間の中へその姿を消した。
「リプラ。」
木槿が投げた小瓶を受け取り、彼女は中身の塵を勢いよく飲み込む。
「これってリメイムさんの……。」
「必要になるんじゃないかと思ってな、持ってきた……ここから先の俺にできる事と言えばそれくらいしか無いかもしれない。」
2人の遠くで死月鉱が悲鳴を上げながらバベルの塔を完成させていく。
ソレがある方へ振り向いた後、彼らはゆっくりと互いの方を向き直す。
「ありがとう、リメイムさんを連れてきてくれた事だけじゃなくて……今まで、ずっと……私達を助けるために頑張ってきてくれて。」
「……。」
数秒間の沈黙の後、リプラが地面の死月鉱へ手をあてた。
彼女を見つめたまま、木槿は空間の中へと倒れていく。
「貴方の意志は必ず私が、私達が最後まで貫き通すよ。」
「頼んだ。」
異空間と死月を繋げていたキューブは消滅し、木槿は地面しかない暗闇の中で懐に隠していたリボルバーを握りしめる。
「……死ぬなよ……。」




