第86話「4つの神話」
「まずはメアーについて話そうかな……メアーと言っても、アレに操られて旧世界を滅ぼした方のメアーだけど。」
「……大事な情報なんだろうからちゃんと聞くよ。」
地平線の彼方にいるこちらを睨み返しながら、クリキンディーは月鉱をこねる。
「メアーが生まれた時と場所は旧世界が生まれるよりも遥か昔、そしてここから何億光年なんて単位では測れないほどずっと遠くにある、地球と全く同じ星だった。」
「そんな昔かつ遠い場所の事を知っているのは、君もジャン・バルジャンもメアーから生まれた存在だから?」
彼女が撒き、空に輝く金色の星々のように空間上へ広がった月鉱をアスクは見つめていた。
「ジャンはちょっと違うけど、私はそうだね。メアーが自分から切り離して作った0番目の月人……というか、私が生まれてから私に似せて作った生き物が君達月人というか……。」
「そうなんだ。」
『アスクらしい』好奇心を発揮していたアスクと、クリキンディーの目の前にあった月鉱の星空の一部が動き、生まれた余白に月鉱が何かを描いていく。
「……メアーはその星で普通の地球人として普通の両親の間から生まれてくるはずだった……でも、いつの間にか本当のメアーに目をつけられてしまっていて……彼は赤子ではなく少年の姿で、母親の腹を手で裂いて生まれてきてしまった。」
生まれ出た少年を象った月鉱は次々に変形していき、やがてその少年を豪華な服を纏った男の姿へと変えていった。
「生まれてすぐ急成長して10日ほどでメアーは地球どころか様々な星の支配者になった。その世界では全く存在していなかった力を存分に発揮して、逆らう勢力が現れたら即座に皆殺し……でも、そこでとある連中から怒りを買ったの、その世界やその周辺の支配者や創造主達にね。」
「支配者って事は、メアーと同等の存在……。」
月鉱に作られた男が地球を象った丸い球体の上に立ち、星空に浮かぶ7体の人型のソレと睨みあう。
「……彼らにも格差がある。メアーの前に立ち塞がった支配者達は全力で戦ったけど、皆一瞬で殺されていって、彼らが創造した世界も創造主の消滅に合わせて跡形もなく消えていってしまった……でも、1人だけ『始まりの支配者』と呼ばれる者だけがメアーと激戦を繰り広げた。」
砕かれ、腹を貫かれ、首を飛ばされた6体の人型の破片を吹き飛ばしながら男と1体の人型はぶつかりあう。
やがてその2つの人を象った月鉱に色がつき始めた。
水色の髪と紫の目を持つメアーと、白い髪と赤い目を持つ始まりの支配者がその両手に力を注ぐ。
「始まりの支配者はその名の通り、全ての中で最初に生まれた生命体であり支配者だったんだ。名前も姿も特定の物を持たなくて、ただ1を指す言葉さえあれば彼を呼ぶ事ができた……そしてメアーは彼を『UR/EL』と呼んだ……始まりの支配者はUR/ELと呼ばれる者達の始まりにもなったんだよ。」
「……。」
メアーが吐き出した無数の混沌が星空を巻き込み、全てを喰らい尽くしていく。
そして始まりの支配者はその全てを躱しきり、その手の内で超新星爆発を起こす。
「この戦いで数多の世界が、支配者が巻き添えになって死んだ……当然だけどそこに暮らしていた命も……それほど恐ろしい規模で、限界の無い2人だけの戦いがとても永いこと続いた。」
2者が星空のほとんどを消した後、数兆の機銃を操っていたメアーの姿は突如として始まりの支配者の視界から消えた。
そしてついに、決着がつく。
「立ちはだかる者の悪夢になれるメアーと、全ての始まりを司る支配者の戦いは永遠にも近いほど続いたけど、とうとう始まりの支配者は胸を一瞬の内に何度も貫かれて致命傷を負ってしまった……でも、死を迎える直前にメアーを道連れにしようとしたんだ。」
始まりの支配者を模した月鉱が歯を食い縛る様子は、例えソレが小さくともはっきりとアスクの目に映っていた。
その無念を感じ取り、目を細める彼の眼前でソレがメアーを模した人型月鉱の腕を掴み、モノクロのナイフを突き立てた。
「メアーと始まりの支配者の姿が……いや、その周りごとグリッチノイズに飲み込まれていってる?」
「始まりの支配者は最期に終わりの始まりを作り出したんだ……そして、それに飲み込まれたメアーは全ての肉体を失った。」
月鉱の星空は全てモノクロのノイズに飲み込まれ、やがてそのノイズも一塊の月鉱に戻り、クリキンディーの手元へ収まる。
「……肉体を失って尚メアーは生き延びた……そういう解釈で合ってるよね。」
「うん……彼は自分の肉体がもう助からない事、このままでは確かに死んでしまう事を悟って、彼は様々な世界を一瞬のうちに飛び回ったんだ。」
腕を組んでいたアスクが何かに気づき地平線の彼方を見つめる横で、クリキンディーは月鉱を手前へ放った。
「そして見つけてしまったの、人類が存在していて何故か支配者も創造主も見つからない世界をね……この世界を『HOP-13-326』と呼びながら、メアーは避難してきた。」
「見つからない……居ないわけじゃなかったなら、この世界の支配者かつ創造主だった存在こそが本物のメアーだったんだね。」
「よう、アスクと何処かで見た事ある月人さんよ。」
「作戦会議でもしてるのか?」
B.1オーダーとB.2リプロダクション、2人を加えた4人が中央の地球を模しながら浮かび上がる月鉱を囲む。
「……よく"僕"だって分かったね、師匠。」
「月人の天使種が姿を変えるっていうのは知ってたからな、後はテメーの目を見りゃ分かるさ。師匠だからな。」
「あのさ……一応聞くけど2人とも地球や月が滅茶苦茶になる今の今まで何してたわけ?」
曇った顔で彼女らを見つめるアスクとクリキンディーの顔に目を向ける事ができないまま、彼女達は視線を落とす。
「……メアーの技に嵌って、今の今まで隔離されていた。」
「ここに来るまで津波や瓦礫に……惨状は見てきたぜ……クソッ!!こういう事態を防ぐために強くなってきたってのによ!!!!こんな理不尽に巻き込まれて、何もできないまま……俺らは!!!!」
「あのねクリキンディー、僕とア……リプラが皆と一緒にコスモス大陸に向かった時のこと、今思い返してみれば確かに変な所があった。先に向かってた2人が無事なら闇の兵士があそこまで溢れ返ったりアダムが介入してきたりする事なんて有り得なかったと思うんだ。」
立ち尽くすB.1オーダーと掌を爪で刺すB.2リプロダクションと自身をまっすぐと見つめてくるアスクを順番に見てから、クリキンディーは再び月鉱へ手を伸ばす。
「なるほど、地球最強の2人を誰にも気づかせないまま隠しちゃうとはね。」
「……2人にも聞いてもらおうよ、僕達がこれから戦うソイツらの話をさ。」
地球を模した月鉱へ何かがぶつかり、そこから球の全体へ波紋が広がった。
「メアーはこの地球へ逃げ込み、そこへ残っていた自分の全てを拡散させた……概念のような、肉体を持たない存在になる事で彼は消滅を免れたんだよ。」
「……2人もこうなるまでのお話聞きたい?」
「あー……大丈夫だ。メアーと相討ちになった奴が居て、ソイツの自爆から逃げてきてこうなってるんだろ?」
「向かっている最中にその辺りの話は耳に届いていた。」
話す4人に囲まれていた球体から波紋が消えた直後、ソレは急速に小さくなっていく。
「メアーの全てをばら撒かれた事で地球全体に大きな変化が起こった。魔物と呼ばれる歪な生物や異常な環境が現れたりしたんだけど……何よりも大きな変化が多くの地球人を襲ったんだ。」
小さくなり、粒と呼べるほどになった月鉱から今度は無数の線が伸びていく。
「ただ頭と四肢と胴体があるだけの体がドロドロに溶けたり、一部が別の生き物のソレみたいに変化したり、炎を吐いたり、驚異的な力を振るえるようになったり……。」
「……それって今の地球人みたいじゃねぇか……?」
「全人類が扱える起源不明の力や多種多様な姿の根元にメアーが居た、という事なのか。」
月鉱の線が伸びていった先で別の球が膨らんで現れたかと思えば割れ、または溶けたり刺々しくなって消えていった。
「今の粘人や獣人みたいに種族的な物じゃなかったけどね……そういえば、もう今は彩人と月人くらいしか生き残ってないのか……彼らのためにも、確実に未来を繋がなきゃだね。」
「「「……。」」」
増えては減り、更に減っていき、ついには1つしか残らなかった月鉱の球を見つめながらクリキンディーは溜め息をつく。
「ちょっと余計な事言っちゃったかも……話を戻すとね、そういった人間達の多くは変化に耐え切れずに死んじゃったんだ。耐えきれなかった人達の数は人類の6割にのぼる……でも、逆に生き残った人達の中で最も強くなって支配者にも近いほどの力を手に入れた人間も居た。」
無言で話を聞き続ける3人とクリキンディーの前で、残った球から再び多くの線と球が伸び始める。
「その人間は人が少なくなった地球で、かつてのメアーと同じように王となった。そして大量に子を残した……子供達もまた、とても強力な存在になった。」
1つの球から増えていった多くの球が線を伸ばし、互いに繋がりそこから新たな球を作り出していく。
その光景を見つめていたリプロダクションは苦い顔をしながら眉をひそめた。
「おい、まさか――」
「君が思っている通り、力を求め続けた彼らは自分達より弱い外部の人間と交わる事を拒み始めた。そしてやがては血族だけで構成された、地球上の全てを管理する政府を作り上げた。」
絡まりあった球と線がぶつかりあい、軋んでいる。
「作られるまでの経緯や続き方こそ歪だったけれど、彼らの政府は表向きには地球上に理想郷を作り上げていたんだ……でも、その裏でメアーは復活の時を待っていた。」
そして線は捻れ、球は溶けていく。
「彼らが増え続ける中でメアーの力はバラバラになって薄れていったりする事はなかった。むしろソレは産まれた子供達のいずれかにまとめられていって、その中で成長を続けて……やがてはかつてメアーが持っていたソレ以上の力を有する子供が生まれた。」
「……もしかして、僕達その子供と会った事ある?」
クリキンディー、アスク・スーリエル、B.1オーダー、B.2リプロダクションが見つめる月鉱は小さな人型へと変形し、その姿を彼女らが見覚えのあるソレに寄せていく。
「その通り、その子供はジャン・バルジャンと名付けられて……ある程度成長したタイミングで、その身をメアーに明け渡す計画が彼の家族達によって立てられていた。」
「メアー復活のために自分達の家族まで差し出すか……。」
「イカれた一族……いや、家族ごとメアーにぶっ壊された可哀想な奴らなのかもな。」
「……メアーも、本当のメアーに目をつけられてなければ生きていられたのかな……どこかの世界で、普通の人間として。」
ジャン・バルジャンを模倣した月鉱の指先から分裂した別の月鉱が変形し、彼に似た別の何者かを作り出す。
だがすぐにその何者かの姿は黒く染まり、歪んでいく。
「結論を言ってしまうとこの計画はジャン本人にバレて失敗した……でも代わりにメアーは彼の従姉に受肉し、そこから地球ごと彼を取り込もうとした。」
纏まった月鉱によってまた象られた地球を、黒い霧が包んでいく。
「『2人目のUR/EL』……メアーにそう呼ばれながらジャンは逃げ続けた、メアーが姿を変えた黒い霧に包まれ死んでいく地球の上でね。そして同時に自身の力を分けた武具を作り出し、最後は人々と共に南極にてメアーを迎え撃とうとした。」
「南極……最も多く遺物が見つかる場所……『エンドポイント』とも呼ばれている所か。」
オーダーはその身に収納してある遺物達のことを思い出し、暗い顔で俯いた。
「……戦いの結末は?」
「辛勝……って言えるのかな……レジスタンサーや数多の能剣、能刀などの遺物を駆使した人々はジャンの指揮のもとで黒い霧に変化したメアーの中心を、彼が作り出した最後の遺物『パンドラの箱』の上までおびき寄せた……でも、霧の致命的な毒性のせいで最終的にはジャンとメアー以外の誰も生き残る事ができなかった。」
黒い霧に包まれた地球が変形し、裏返りながら霧をその内に閉じ込めて箱になる。
「パンドラの箱は作動時に周囲の全てをその内へ封印し、鍵で開けられる以外は何をどうしても解放する事のない遺物だった……自らを囮にして封印しにかかってきたジャンの策に嵌って、メアーはパンドラの箱に閉じ込められる事になったんだ。」
「……クリキンディーはいつ生まれたの?」
アスクがクリキンディーを見つめるその視界の端で、箱の隙間から漏れ出した霧が人型にまとまっていく。
「自力じゃ出られないと悟ったメアーが、パンドラの箱を開けさせようと咄嗟に自分を分けて作り出した……のが私。」
「……お前今ガッツリとメアーを裏切ってんじゃねぇか。」
現れた人型の横に月鉱は月を模した球を作り出し、その中へ消えていく過去の自分自身を見つめながら、クリキンディーは腕を組む。
「メアーは封印される瞬間に心を動かされてしまったんだよ。全力を尽くし、己の為でなく世界全体の為に戦うジャン達の姿を見た事でね……しかも、彼が最後に分けた部分こそ、心を動かされた事で人々に同情し始めていたメアーそのものだったんだ。」
「ねぇ、旧世界はメアーとジャンの戦いの中で滅んだけど……そこから月人はともかく、地球人はどうやってまた現れたの?」
アスクの問いを再び耳にして、彼女は月鉱を小さくまとめた後にその手へ収めた。
「月人も地球人も根っこは一緒さ。旧世界で死んでいった人々の魂や記憶を回収しながら、それらをもとに私達はそれぞれの全力を尽くして新たに人類を作り出した。やがては旧世界に残っていた全ての魂が今の世界でも循環を続けられるような仕組みを作り上げたんだ。」
月鉱を握りしめた後、クリキンディーはソレを地面に転がす。
「私達が作り直した後の世界でクロマが生まれて、仲間と共に滅王を倒した話は君達も知ってると思う……彼が滅王を倒す瞬間、虹色に輝いていたその姿は文献にて『URIELの槍』と名付けられているから、きっとメアーが選んだ3人目は彼だったんだろうね。」
「……なぁ、UR/ELって何なんだよ?」
「始まりの支配者とジャン・バルジャン・とクロマ……3人共メアーやニューオーダーと争ってきた人達だから、UR/ELっていうのはメアーにとって都合の悪い、危険な存在の事を指す……とか?」
クリキンディーは少しの間だけ沈黙し、何かを考えてからアスクへ目を向けた。
「逆だと思う……きっと、メアーは3人に何かを期待してた……何を期待していたのか……彼らはメアーの期待通りに動いたのか……分からないけど……私が確信してる事が1つある。」
「……何?」
同じ模様を輝かせるその目で見つめ合いながら、2人の間で月鉱は転がり続ける。
「もうすぐ『4人目のUR/EL』が現れる。」




