第84話「王冠は王を作らず」
「【妬雷が追う王冠】!!!!」
宙に舞うホワイトライダーの内部に巡る紫雷は貯まり続け、やがてソレの両腕に握られたクロスボウの中へと流れていく。
そして空を埋め尽くしかけるほどに放たれた夥しい量の紫色の雷撃の全てが1つ残らずレイズ・ミカエルを追いかけた。
「(何故……何故……!!!!)」
「はぁっ!!!!」
空を弾き、アダムを追いかけ続けるレイズの手に握られたエクスカリバーは持ち主の想いに反応し、その刃を強く輝かせた。
襲い来る紫雷の全てを彼女は何の技も使わずに斬り捨て続けている。
「(何故俺の技が!!ホワイトライダーを使って放つ俺の紫雷が奴に届かない!?!?)」
「(埒が明かないわ……!この紫雷の全てを私が受け止められているのはいいけれど……あぁ……また……誰か死んでいってしまう……。)」
レイズの斬撃を避け、再び紫雷のチャージを始めるアダムの視界の端で、ロウシェンが爆発に包まれ消えていく。
「(コイツを負かすのに、コイツから俺の月を取り返すためにどれほどの時間この力を鍛え続けてきたか……数百日や数千年なんてものじゃねぇ!!数十億年……俺はあの日からずっと!!!!)」
「(木槿、まさかあの爆発に巻き込まれて……!よかった、防壁の上にいるわね……。)」
レイズが一瞬だけ下へ目を向けた瞬間、アダムの背後から現れた幾何学模様が回転しながら彼女へ斬りかかる。
「余所見してんじゃねぇ!!!!」
「貴方だけ見てるわけにはいかないのよ!!」
エクスカリバーと幾何学模様が衝突した。
そして、全てを叩き斬ったソレがアダムの片腕をホワイトライダーごと切断する。
「は……?レジスタンサーの模様を!?……馬鹿力女が!!!!」
「ようやく一撃通ったわね。」
彼の腕を斬り飛ばした先で空を弾き、エクスカリバーがレイズとアダムの距離を急速に近づける。
「このまま死んでちょうだい。」
「舐めるな!!!!」
瞬時に腕を再生させ、紫雷の爪を振り回すアダムの視界の端で、闇の巨人が銀色の炎に包まれていく。
「(……何故俺の軍勢が負けていく!?)」
「(アレを1人で倒すなんて……ロイヤーも全力を尽くしてくれている、これ以上ありがたい事ってないわ……それに比べて私は……まだこんな所で皆を守れずにいるなんて!)」
それだけではない、爪でエクスカリバーを受け流す彼の視界の奥で、防壁の上から月人達が次々にニューヒューマンズを突き落としていた。
「(腰抜けのレイズが率いてきた月人共が……何故ここまで抵抗できている!!ニューヒューマンズを殺していく!?!?)」
「リメイムも……チェッカも……いいえ、彼らだけじゃない……この戦場で散っていった皆の為に、私が私達の未来を守れる人間でいるために!!!!」
戦闘時のアダムの体には常に紫雷がつきまとっている。
それはエクスカリバーなどを介さずに彼へ触れた瞬間、紫雷によってその体内を引き裂かれる恐れがある事を意味していた。
だがレイズはエクスカリバーで空気を弾き、そこを支点として彼の鳩尾へ蹴りを炸裂させる。
「ぐぇ……!?!?」
彼女の足は微かにひび割れながらも、それより遥かに速くアダムのホワイトライダーを完全に砕いた。
「何故……!?腰抜けのお前が……こんな……!!!!」
「腰抜けでなんていられないわよ!!私は……月のリーダーなんだから!!!!」
先程までカラスカを吊り上げていた蔦が枯れ、粉々に崩れて消えていった直後の上空にアダムは吹き飛ばされていく。
「(馬鹿な!!もう……俺だけ!?!?)」
「さてと……これで残る強敵はアイツだけか?」
「そうだね。どうなる事かと思ってたけど、あの調子ならきっと。」
月の都市の中央、ピリナスに張られていた結界とアダムは衝突した。
弾ける黄金の光と紫雷が衝突し、彼はその光に背を焼かれながら歯を何度も鳴らす。
「……使えねぇ……カスの月人モドキ共が……!!俺よりも後に生まれた……クズ共がぁぁぁぁ!!!!」
機能停止し、ただの重い鎧と化したホワイトライダーをその手で握り潰し、投げ飛ばしたアダムの前でホープと木槿はそれぞれの剣を構える。
そしてその2人の前へ、その頭に王冠は無くとも確かにこの月の王であるとでも言うかのように、レイズ・ミカエルはゆっくりと降り立つ。
「終わらせましょう。」
「……お前を終わらせてやる!!!!」
ホワイトライダーの残骸、王冠のようになっていた頭部を脱ぎ捨てながら降り立ったアダムの四肢の内部からは紫雷の爪が生えていく。
それぞれ5本ずつの爪、それで地面を抉り取りながら着地する彼のシルエットはもはや王とは呼び難く、どちらかと言えば……
『月人を喰らう、野蛮な獣のようだ。』
「……うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇ!!!!俺の月だ!!俺の世界だ!!!!メアーに力を与えられた俺は、創造主に認められてんだよ!!!!俺は……俺は……!!!!」
「(……!?今の声、誰だ!?どこから聞こえてきたんだ……?)」
「(やっぱりアイツも俺と同じ……遊ばれてるんだな。)」
僕の声を警戒するホープ、アダムの立場を察する木槿、爪を振り回し紫雷を乱暴に纏っていくアダム。
その3人に囲まれているレイズが、ただまっすぐとエクスカリバーを構えながらも、数十億年前と同じ心境になる。
「……お前の……その目が……その顔が1番嫌いなんだよ!!!!」
「アダム……貴方は……。」
アダムの中で、記憶がフラッシュバックしていく。
「(レイズのあの目も……何処かから響くあの声も……そうだ……俺は……両方とも、あの時に……全てを失った時に!!!!)」
――――――――
数十億年前、旧世界の滅亡後に月と地球が再び生まれてから間もない頃。
月の地下空間にある闇の湖の底からクリキンディーが生み出した初めての月人が目を覚ます。
「君の名はアダム……月という星に生まれた、最初の月人……これは言語といって、君と他の人を繋ぐための物なんだよ。」
「……アダム……俺は……アダム。」
アダムが湖から這い上がった頃、湖がある地下空間は今現在と比べて狭く、地上とを行き来するための階段すらなく、ただ地上に空いた小さい穴から光が差し込んでいるだけの暗い空間だった。
「上に光が見えるだろう?まずは君達に力を合わせてもらって地上へ出ていってほしいんだ。だからあの光の方へまっすぐと進んでね。」
「……俺……達?」
彼の背後で湖が波打つ。
アダムの次に生まれた2番目の月人が彼の振り返った先で長い銀色の髪を煌めかせながら立っていた。
「君は?」
「私……イヴっていいます!貴方は?」
イヴとアダム、2人が見つめ合う周囲で月人達は次々に浮かび上がっていく。
「俺は……アダムっていう、最初に生まれた月人。」
「最初?なら私は2番目ですね!……あの、さっきまで聞こえてた声に上の光を目指して進めって言われたんですけど、アダムも言われましたか?」
「オイラ達も言われたっす!」
「我も!」
「皆で地上に出てくれって言っとったね。」
話しかけられてもいない月人達が口々に声を上げる中、アダムは腕を組み思考を巡らせた。
「言われたけど、いくら跳んでも届かないよな……あと穴が小さすぎて通れそうにないし……。」
「どうしましょう……?」
彼の視界に地下空間の端、灰色の壁が映りこむ。
「そうだ!」
壁は振り下ろされたアダムの拳によって砕かれ、いくつかの塊になって湖の上へ転がった。
「これを積み上げていこう。」
「なるほど……!あの穴に届くまで積み上げれば、穴も広げて地上に出られますね!」
「よく思いついたな……最初に生まれた人ってすごいんだな!」
「アダムに従うっすよ!!」
月の地下空間、そこで生まれた数人の月人達は協力して壁を砕き、その欠片を運び、積み上げていく。
その中心には常にアダムがおり、湖から浮き出て増えていく月人達は皆、彼をリーダーと呼ぶようになっていった。
やがて積み上がったソレが穴に近づき、彼らが間もなく地上に出られそうになった時。
「アダム!」
「どうした?イヴ……そいつはいったい何だ?」
イヴの隣、その手を前で組みながら立つ月人の服には天使の輪と羽の模様があった。
「新しく生まれた人のようですけど……なんだか私達とは雰囲気が違いますよね。」
「そうだな……名前は?」
「……レイズ・ミカエル……。」
アダムは首を傾げながらも、月人のリーダーとして堂々とレイズへ人差し指を向ける。
「名前まで変な感じがするな?長い……けど、生まれてきたからには俺達の仲間だ。一緒にこの岩石を積み上げて、地上に出るぞ。」
「わ、分かったわ!」
既にアダム達が砕いていた岩を軽々と持ち上げ、積みに向かっていくレイズを見つめる彼の背後から、イヴは嬉しそうにアダムの肩へ手を乗せた。
「もうすぐ地上に行けますね……!」
「……そうだな……ところで、地上はどんな所だと思う?」
すっかり広くなった地下空間を見渡した後に彼女は静かに微笑む。
「私達、頑張ってきましたもの……きっと想像もつかないほど素晴らしい所だと思いますよ。」
「……ひひっ、なんだそりゃ……きっとそうだろうけどな。」
互いを見つめて笑みを浮かべてから、2人は再び壁を砕き始める。
そうしてまた少し時間が過ぎた後、とうとう積み上がった岩石の山は光が差し込む穴へ、その上に立つ月人達の手が届くほどに高くなっていた。
だが月人達の誰も我先に地上へ出ようとはせず、ここまで増え続ける月人達を導いてきたアダムへその穴を砕かせようとしていたのだ。
「……イヴ!」
「えっ?……はい!」
岩石の山の上、アダムに手を引かれながらイヴは彼の隣へ立つ。
「一緒にこの穴を砕いて、同時に地上へ出てくれないか?」
「それは……もちろん!喜んで!!」
2人が同時に拳を握りしめる様子を見つめる月人達。
その中には他と比べて特徴的な服を纏うレイズもおり、穴を砕く2人の姿は今でも彼女の目に深く焼きついていた。
「「はぁっ!!!!」」
砕かれて広がった穴から地下空間に差し込む光はアダムとイヴの笑顔を照らし、ソレが月人達を歓迎しているかのように錯覚させる。
「行くぞ!皆ついてこい!!」
「「「「ラジャ!!!!」」」」
そして遂に月人達が目にした地上の景色、見上げた先で無限に広がっている星空やどこまでも続く灰色の大地、そして近いようで遠くにある青くて巨大な星。
皆が感動し、見とれていた。
「これが地上……!あの大きな星は……地球っていうのか!」
「私達の居る世界はこんなにも広かったんですね!」
「まるで真上にすっごいでっかいキラキラ光る湖があるみたいっす……!」
「この広い大地のどこかに、さっきまでの我らみたいに閉じ込められてる人がいたりするのかな?」
そんな彼らが踏みしめていた、灰色の大地が震え始める。
僕はこの楽しい地獄へ生まれ出てしまった子供達を、彼らと共に歓迎する事にしたのだ。
『【月獣の暴走】。』
「なんだ?あの黒い生き物は?」
「形は違うけどきっと僕達の仲間っすよ!おーい!君の名前は何――」
地平線の向こうから迫り来る月狼へ無警戒のまま近寄った月人が、爪に切り裂かれて月人最初の死者となる。
「えっ。」
直前まで仲間だったその塵が風に流されていく光景を、月人達が唖然とした様子で見つめている間にも地面の揺れは強まり、地平線の奥からは多くの獣達が迫り来る。
「……皆!!下に戻れ!!!!」
アダムの叫びを聞き、月人は地下空間の中へ逃げこむ。
何人かが積み上げてきた岩の山から転がり落ちながら、湖の端へ集まって天井を睨む。
「これが……俺達が行けと言われて目指した地上なのか……?」
獣達は空間の上へ集結し、その内の1体が穴へその身をねじこませた瞬間に地下空間の天井はあっけなく崩壊した。
月人達が長い事見上げ、目指してきた地上の光が彼らの絶望を照らす。
湖の上へ着地した月狼が瞬時に彼らへ飛びかかり、そのうちの1人を食い潰す。
その次に降りてきた月兎はその歯で捕らえた獲物の腕を切断し、ソレで刻みながら飲み込んでいった。
元よりまだ多くなかった月人達が1人1人、次々に死んでいく。
戦ったとしても勝ち目が無い事を知り、立ち尽くしていたアダムの周囲を獣達が取り囲んでいく。
「……アダム。」
「?」
彼の手をイヴは握り続けていた。
「……イヴ、君はとても長い時間……俺と一緒に岩石を砕いてくれたな。他の皆もそうだが、全員でここまで頑張ってきたのに……こんな結末になってしまって……俺は……。」
「ふふっ。」
彼女の微笑みをアダムが凝視する瞬間に、とうとう喰われていない月人は2人だけになる。
「こんな結末になってしまっても、私は貴方みたいな素晴らしい人と一緒に生きられた事が、共に終わる事ができて嬉しいと思います……変でしょうか?」
「……変じゃないさ、俺もそう思えてきたから。」
手を握りあう2人の眼前、月狼は爪を振り上げた。
アダムとイヴはその爪の煌めきに怯える事をやめ、ただ目を閉じる。
これで終わりなら、信頼した仲間達と、何よりも今隣にいる者と共に死ねるのなら、それはそれでいい物だと思っていたのだ。
だが地上からのソレとは違う光が地下空間を照らし、月の獣達が突然の出来事に怯む。
アダムが目を閉じている間に、彼に襲いかかろうとしていた月狼が内部から光り輝き始めたのだ。
その月狼は直前、1人の月人を飲み込んでいた。
そう、その服に天使の輪と羽を持つ特異な月人を。
守護の天使、レイズ・ミカエルは何も話すことなく月狼の体を引き裂き、今までの月人達のソレとは全く違う姿で立ち上がる。
アダムが痛みも死も感じない違和感からゆっくりと目を開けたその先で、レイズが月獣の暴走を殲滅していく。
「……なんだあの月人は……なんて力なんだ!!!!」
諦めに満ちた彼の顔と瞳に希望という名の輝きが戻り始める。
「もう全部倒せそうじゃないか!?あの服は……まさかレイズなのか?……そうだ……なぁイヴ!俺達助かったんだよ!!」
嬉々として握りしめた彼の手から、砂よりも細かい何かが零れ落ちていった。
「……イヴ?」




