第83話「巨大な闇を打ち払って」
「【月光纏う忠義の白滅砲】。」
防壁の上下でニューヒューマンズと月人達が争う場より少し離れた月面にて、ロイヤーの放つ白銀をまとった炎の光線が月獣のほとんどを焼き尽くしていった。
「なんだ……?粉にした月鉱を混ぜるだけで連中がこんなにあっさりと?」
ソレを放った自身の手を見つめた後、今度の彼は後方に見えた壁に駆けていくニューヒューマンズに向かってその手を輝かせる。
「あ?なんだあの天使!まだ俺達に炎かけようとしてやがるぜ!!」
「月鉱もってこいっての月鉱!!炎で私達ゃ殺せないんだからさ!!!!」
「……【月光纏う焔蛇の七重奏】。」
消し飛ぶ彼らを睨みつけた直後、ロイヤーの前方にて1体の闇の巨人がその一歩で彼が大きく跳ね飛ぶほどに大きく地面を揺らす。
靴と背中に銀色の炎を纏い舞い上がった彼は歯を食い縛り、その両手に剣を形成した。
「こればかりは手本を見せてくれたあの地球人に感謝せねばな……おかげでこれ以上レイズ様のお手を煩わせずにすむ。」
――――――――
「ぬぅん!!!!」
「「「「「(跳んだ!?)」」」」」
防壁の周囲にてカラスカはソレよりも倍は高く跳躍し、その上へ落ちていく。
その光景を目にした木槿は振り向いた後に、すぐさま周囲の月人達を前方へ投げ飛ばしつつ走り出すのであった。
「走れお前ら!!できる限り離れろ!!!!」
「ひぇぇ……!」
離れていく彼らの後方でカラスカの足は防壁の上へ降り立ち、その体重で防壁全体に亀裂を走らせる。
防壁から足を踏み外さぬよう慎重に立ち上がる彼の姿を見て、木槿はその目を見開く。
「(……ずっと両手を合わせたままだ。)」
「やはりこの壁には月鉱が使われていない……少し歩くだけで破壊できてしまいそうですね?」
カラスカが一歩踏み出すと同時に亀裂は広がり、防壁全体を震わせる。
彼に感じた違和感、そこから生まれる可能性を試すため、木槿は月人達と共に防壁から都市内部の建造物へと飛び移る。
「おや?」
「ロベリアの仇をとるんだろ?ついてこいよ露出狂。」
月の都市の中央のピリナス以外の建造物はほぼ全て同じ形状であり、かつ防壁と同じくらいの高さである。
月人を連れながら建造物を点々とする木槿の背中を見つめ、カラスカはその足を空中へ踏み出した。
「せめてヌードと呼びなさい!!!!」
防壁から落ちた彼の着地と同時に周囲の建造物はいくつか崩落し、その砂埃に包み込まれる中でもカラスカの手は固く合わさっていた。
「(あれだけデカイなら俺達を追わずとも、近くの壁や建物を砕いて投げれば楽に俺達を仕留められるはずだ……でもやらない……投擲に必要なその手の中にはまだ解放したくない脅威が居るからだろう。)」
地響きと共にカラスカは歩き出し、建造物に体を擦りつけながら追跡を始める。
圧倒的な体格差で迫り来る彼を観察しながら、その思考を巡らせ続けていた。
「(ここで別の疑問が出る。アイツはリメイムを斬った後に自分自身の体を好きに変形させたり部位を増やしたりできる力を持っている……と話していた。実際に四肢を伸ばしたり腕を増やしたりして斬りかかってきた……だが今のカラスカは巨大化しただけで、ホープをその手で捕まえたまま腕を増やして攻撃してくる事も足を伸ばして追いかけてくる事もない。)」
「やばいですよ!どれだけ速く走ってもあっちの方がすっごい歩幅まででかいから追いつかれちゃいます!!」
「どうするんですか銀ピカの人!!」
「……人なの?」
「人ですよ!タンポポはこの中に人が居るのを見ました!変わった服を着ている人です!」
人、その単語に木槿は思わず指を鳴らす。
「人、人型……神の形!そうかアイツはライボットと同じ!!」
「「「「らいぼと?」」」」
2つずつの手足、1つずつの頭部や胴体。
ライボットは人の形に寄せて作る事により、原因不明の性能向上を起こす事があった。
何故ならそれは多くのライボットを動かしている風力鉱というものの正体が、かつて風を起こす力を持っていた竜人の成れの果てであり、つまりその力が元々人の形に合わせて作られた物だったからだ。
人の形を保ってこそ、力は普段以上の性能を発揮できる。
「(バンノウンもそうだった。あれほど大きなライボットを作るなら人型に限りなく近づけるか、ロウシェンのように大量かつデカいジェネレーターを積むしかない……ソレと同じだ!カラスカは巨大化と変形を併用できない!力が限界を迎えてしまうからだ!!)」
「ねぇどうすればいいの!?もう追いつかれちゃうよ!!」
沈黙と共に木槿は左右を親指で差す。
藁にも縋る思いで月人達は分かれ、真後ろまで迫っていたカラスカの左右へ回り込む。
「む……!」
「どうした?まずは俺を狙えよ……親友の仇だろ?」
正面で立ち止まった木槿と月人達を警戒し、カラスカもまた歩みを止める。
「(月人の中に1人何故か角笛を大事そうに抱えている者がいる。そしてソレから放たれる死の気配……私を殺せる月鉱が常に放つソレかと思っていたが、時間経過と共に気配が強まっている気がする。)」
後頭部に目を生やした彼は角笛を睨んだ後、その胸中でほくそ笑んだ。
「(そういう事か……だからこの月人共はこんなにまっすぐと私を殺気の籠った眼で睨み返せるわけか!あの角笛に何か仕掛けがあるんだな!あの老人か、少年か……とりあえずは天使の置き土産というわけだ。恐らく一定時間が経てば発動するというもののはず……武器になるのか?いや考えにくい……恐らくは爆弾か。)」
互いを警戒し胸の内を探りあう、静かで落ち着く事のない時間。
「(タイミングを見て投げたりしてくるだろう……危ない箇所に投げつけられない限りは避ける必要すらあるまい。問題は……この明星木槿が持っている2つの遺物、纏っている物の効果は身体強化だけか?あの刀は何だ?)」
カラスカが目を細めると同時に、ホープは小さく舌打ちをする。
「(コイツは僕を爪や歯でいつでも殺せると言ったけど、剣や死月鉱はまだ僕の手にある。殺されかけたら逃げればいいし、脱出だっていつでもできるけど……追われてるのはいつ力尽きるか分からないし身体能力も高いわけじゃない木槿と月人達だ。脱出すればカラスカの腕を解放する事になる、それは危険すぎる。)」
「(天使に頼んで角笛をハルバードの形にでも偽装してもらうべきだったかな……あからさまに角笛を持ってこさせたせいで、多分カラスカに置き土産がバレてそうだ。)」
やがて、カラスカと木槿が睨みあう時間だけが増えていく。
巨体から響く呼吸音と自身の呼吸を重ね合わせ、木槿は藤結を構えた。
「明星木槿……やはり、まずは貴方から殺す事にしましょう。」
「……だろうな。」
カラスカの振り上げた足が木槿の真下へ迫る。
建造物は瞬く間に崩れ始め、彼の構えを崩すはずだった。
間もなく屋上に到達し、木槿を蹴り飛ばすはずだった足が何かに引っかかる。
「ん……?」
「僕はね、死の天使だったけど死月鉱を操るのはあんまり得意じゃなかったんだ。」
カラスカの手中から、溜め息混じりのホープの声が聞こえてくる。
「でも堕天使になったら別の才能に気づけた。」
「……何をした!?」
崩れていく建造物の屋上から飛び降りた木槿の足元で、蔦は急速に広がっていく。
「そしてさっき君に捕まって分かった。やっぱり僕達の生半可な死の天使の目じゃ元々死の気配に満ちている死月で、殺気のこもっていない攻撃は察知しづらいんだろう?」
カラスカの足に絡みついたソレが空高く成長していき、手を合わせたままの彼を吊り上げていく。
「ぐぅ……!?わ、忘れたんですか?貴女は今私の手の中にいる!!いつでもあなたをすり潰せる!!!!」
「その通り……離すなよ?」
蔦は絡み続けていた。
伸びていったソレはやがてカラスカの両腕を固定し、その合掌の解除を許さない。
接地していた片足も浮き上がり、宙吊りになった彼は蔦の絡んだ両手と睨みあう。
「なにをするつもり――」
「【蔦登る少年の牡牛】!!!!」
蔦でできた2本の角を持つ雄牛。
突然現れたソレと正面からぶつかったカラスカの巨大な頭部が苦悶の表情を浮かべる。
「ぶへっ!?!?」
「効かなくたって痛いものは痛いよな?僕の超絶上手な斬撃よりも痛みがよく響くだろうし……死の天使はね、犯罪者をただ殺すだけじゃダメなんだ。ソイツにしっかりと罪の重さを認識させてから殺すまでが使命だからさ。」
蔦の雄牛はほどけて消えていき、急速に伸び広がっていく。
「ま、待ち――」
「【蔦登る少年の牛群】!!!!」
直後、それらは無数の蔦登る少年の牡牛に変わりカラスカへ突進した。
ホープが居る手だけを避けながら、蔦の雄牛達は彼を絶えず攻撃し続ける。
「ぎ……貴様ぁ……!!!!殺し……てや――」
巨体全体に響く衝撃と角のように尖った蔦を押しつけられる激痛に歯を食い縛り、それに巻き込んだ舌を噛み切りながらカラスカはその手に力をこめた。
だが、そこにあるはずの手は手首より先から斬り落とされていたのだ。
「……何ぃ!?!?」
「死の天使は死の気配や罪や魂が見える……でも力としては見えるだけで、ソレが見えていることに気づいて自分で対処できなきゃ意味が無い。痛すぎて気づけなかったんだろ?」
未だカラスカの前で彼を睨みつけている蔦の雄牛達の上、ホープは月鉱の剣を振り回す。
「君、今……僕の事を殺すって言ったのかな?あんまり痛くて泣きそうで、下の様子にも気づけてなかったわけだ。」
「は?……下……?」
「……落ちてきた時にタンポポがコレをガチンとすれば、あのデカイ月人は木っ端微塵になるって事?」
「そういう事だ。俺はソレ使うとめっちゃ疲れるからな……頼んだぞ。」
吊り上げられているカラスカの真下、月人達が持っていたハルバードが刃を上にして地面に突き立てられている。
そして彼の目には、また別の致命的な軌跡が見えていた。
「(な、なんだ……!?あの糸のようにまとまった強烈な死の気配は!?!?明星木槿が持っていた刀から伸びている!!アレの刃が通った場所に斬撃を残すような物だったのか!?!?)」
「天使種の殺し方について最期に教えてあげようか?死の気配が見えていたって関係ない……飛べない巨人があそこにまっすぐ落ちるしかないように、詰ませてしまえばいいんだ。」
ホープの制御から外れた蔦は急速に枯れていき、カラスカの手足に絡みついていたソレは粉々に砕けていった。
「(エル・ヒガンテの中から出れば間違いなくホープ・シュリエルドに殺される……出なければ確実にあの中に落ちる……不滅の神秘も間に合わない……!?ば、馬鹿な!?本当に詰みなのか!?!?そんな馬鹿な!!!!)」
「大人しく……今度こそ地獄に落ちろ。」
今度こそ、カラスカはいくら思考を巡らせようとも、その先に何も見つけられない。
詰みを確信した彼の断末魔が月の都市へ響く。
「あぁ……うわぁぁぁぁっ!!!!」
エル・ヒガンテの背中へ地面のハルバードが突き刺さり、その光景を目にしたタンポポは一瞬の躊躇いもなく藤結の柄と鍔を衝突させる。
刹那、木槿が事前に千本桜を繰り出し緻密に張り巡らせていた斬撃の線は輝き、暴れながら巨体を切り刻み散り散りにさせていった。
「……。」
やがて頭の半分と四肢を失い、胴体の至る所までを切り刻まれたカラスカのエル・ヒガンテは沈黙し、グリッチノイズに包まれ始める。
その光景を建造物の上から見つめていたタンポポの目からは止められるはずのない涙が溢れていった。
「や、やった!私達のハルバードとこの刀で皆の仇を……う、うぅっ……。」
「よくやったな。」
彼女の落涙を皮切りに泣き喚く月人達を見つめていた木槿の背後、崩れ落ちる蔦の上から降下してきたホープが着地する。
木槿の手に握られていた角笛から、最後の蛇腹模様が消えつつある。
「一応とっておいた、何かあっても確実に決めたいからな。」
「同感……待ってたんだよねこの瞬間。」
角笛はホープに手渡され、直後エル・ヒガンテの消えつつある胴体に向かって投げられ、その下腹部へ突き刺さった。
「……あっ。」
「アイツがエル・ヒガンテを切り離した今なら……本体がどこかよく見える。」
奇跡的な生存に身を震わせながら巨体から分離し、密かに逃走を図りつつあったカラスカ。
だが肉の壁を貫通しカラスカの目の前へ突き刺さった角笛は輝きだし、彼はその輝きの中に自身が知る支配者に最も相応しい存在の姿を幻視する。
「うわぁっ!!マリーゴールド様ぁぁぁぁ!!!!」
小規模かつ高密度の爆発にこめられたチェッカの意志に消し飛ばされるカラスカの魂を見届け、ホープは溜め息と共に防壁の方へ振り向いた。
「さてと……これで残る強敵はアイツだけか?」
「そうだね。どうなる事かと思ってたけど、あの調子ならきっと。」




