第82話「繋げる者達」
「お前……よくもチェッカ様を!!リメイム様を離せ!!!!」
「おい、下手に突っ込むな!!」
防壁の上、木槿の静止を無視して飛びかかってきた月人に向かって、カラスカは嘲笑うように口角を挙げながらリメイムを投げつける。
「「うぐ……っ!!」」
ひとかたまりとなって防壁の外へ落ちる2人の腕を咄嗟に掴んだ木槿は、結果として敵へ背中を晒す事になってしまった。
彼の背後で、腕と共に増えた月鉱の剣が煌めく。
「おやおや……お2人とも必死ですね?たかが死にかけの月人1人の為に。」
「黙ってろ……!」
1度掴んだ腕を木槿は離さず、引き上げようとするその背中へ無数の剣先が迫る。
「口の利き方がなってませんよ!!アズノーン!!!!」
「【謳華流 千本桜】!!!!」
同じ月鉱の剣でも、その数や形状の歪さに圧倒的な差のあるそれぞれが互いを弾く。
大量の腕の向こうから薄ら笑いを浮かべているカラスカと殺気をぶつけあうホープへ、木槿は背中をぶつけた。
引き上げた2人の内、リメイムの背中で蠢くグリッチノイズを目にした木槿の顔が焦りに歪む。
「っ……ラフィエルの力じゃ……自分の致命傷は治せないんだよな?」
「そうじゃ……すまぬ。」
「リメイムさんが謝る事じゃない、僕がもっと早く来れていたらよかった……。」
黒い液体を吐き出し、白い髭をその色に染めるリメイムをおもむろに横たわらせ、木槿は隣の月人と共にホープの後ろからカラスカへその溢れ出す感情の矛先を向けた。
「バックアップ……自分を増やせるならコイツが居る限りニューオーダーは滅ばない。」
「その通り……コイツはここで、僕達で確実に殺すよ!」
「斬り殺すおつもりですか?ンフッフッフッフッ……!!!!」
カラスカは常に笑顔を浮かべ、愉悦に浸っている。
藤結とホープの剣、その2本から繰り出される高速高密度の剣裁きを、殖やした腕と剣で受け止めてなお、彼は満面の笑みを崩さない。
「やってごらんなさい!!!!」
「【謳華流 翡翠欄】!!」
「【謳華流 千本桜……二千咲乱】!!」
双刃刀と化した月鉱が謳華流を編み出したホープ本人と共に加速し続ける斬撃でカラスカの腕を斬り飛ばし続け、そうしてできた隙間へ高く飛び上がった木槿が藤結を突き刺す。
カラスカの首は宙を舞い、それでもなお笑みを浮かべる。
「斬れてない!首から下を自切した!?」
「(皮膚を増やし、体との間に滑り込ませればこの通り!ノイズを出すこと無く自切できちゃうんです!!……あ、肺が無いから話せないんでした!これは失礼……言えてないか。)」
「逃がすか!!!!」
口を動かしながら都市の内部へ落ちていくカラスカの眼前で蔦は繁茂し、彼を包みこむはずだった。
「(フフフフ……斬り離した私の体は間もなく塵となって消えるが……それまでは月鉱や死月鉱と同じく与えられた命令を実行する!!)」
残った腕と剣をがむしゃらに振り回し、彼の体は蔦の根元を切り落とした後に防壁を守り続ける月人達へ飛びかかる。
「ひょえっ?首の無いバケモノが!?」
「チッ……こっちからじゃ間に合わない!俺の方へ走ってこい!!」
その声を聞いた月人は、生存本能から木槿という名の希望へ駆け寄り始めた。
刺しにかかってくる剣へ握っていたハルバードをなげつけ、丸腰になった彼女は遂に木槿の足元へ転がりこむ。
「よく来てくれた!」
「こ、ここからどうするのですか!?」
月人を追っていたわけではなく、ただ縦横無尽に暴れ回っていたカラスカの体はハルバードとぶつかった事により大きくよろけ、防壁の端から足を踏み外した。
落ちる瞬間にモロー反射のように手を広げ、上へ伸ばしたソレは角笛だけを防壁の上に残す。
「どうする必要もないさ、お前が今倒したんだからな。」
「……アレを?……タンポポが?」
自身を指差し首を傾げる月人と木槿が目を合わせている後ろで、ホープは膨らむ肉塊に弾き飛ばされ歯を食い縛る。
「タンポポっていうのか……アイツを倒す手伝いをしてほしい、一緒に戦ってくれるか?」
「……もちろんです!!リメイム様とチェッカ様の仇をタンポポは討ちます!!!!」
肉塊は形を変え、巨大な四肢を形成しながら笑い声を響かせていた。
「ンフフフフフフフフッ……私のもう1つの奥の手……見せてあげましょう!!!!」
現れていく、防壁に肘をかける事ができてしまうほどの巨大な月人。
彼がその名を称呼する声は木槿やホープの耳に聞こえなかったにも関わらず、カラスカの巨大な頭部が出現すると同時に彼の背後に現れた文字列が、直後に引きちぎれるようにして消滅する。
「これはエル・ヒガンテ……最も恐ろしく、勇ましい芸術!!!!」
「(声は聞こえなかったのに無称呼じゃない!?まさか……体内に発声器官を作ったのか!!技の名前を呼ぶとその動きや形状を呼び出す事が容易になる代わりに色々と読まれやすくなる……そのデメリットを踏み倒せるのか?コイツは!!)」
「随分デカい的だな!」
防壁の上にあるバリスタ、その横で木槿はタンポポの肩に手を置く。
「ブチ抜いちまえ!」
「ラジャ!!!!」
「……おやおや――」
放たれた巨大な矢、ソレはカラスカの眼球へ突き刺さり。
取り込まれていく。
「爪楊枝……ですか?……ンフッ!!」
「まだ千本桜は終わってないぞ!!!!」
どこからともなく伸びた蔦が弾き飛ばされていたホープの上でまとまり、彼女がカラスカへ襲いかかるための足場となっていた。
蔦が弾け、ホープは凄まじい勢いでカラスカの頭部へ斬りかかり、彼は切り刻まれるどころか傍から見ればすりおろされつつある。
「……ンフフフフフ!!フフフフフフフフ!!!!」
「(コイツ……頭部がほとんど無くなっているのにグリッチノイズが微塵も現れない!?むしろ……これは――)」
「罠だホープ!!逃げろ!!!!」
ホープの剣撃はカラスカの首までを切り刻み、黒いヘドロを周囲に撒き散らしていた。
巨大な敵の至近距離、殺気は常にホープの視界を埋め尽くしかけている。
その中で、殺す気の無い拘束。
巨大な腕から繰り出される、音速を容易に超えた拍手。
ソレはソニックブームを発生させ、周囲のバリスタや月人と共に木槿を吹き飛ばす。
「(しまった……俺達も落ちる……!)」
「うわああああっ!?」
ソニックブームが元々強靭な肉体の月人やペイルライダーに身を包んだ木槿へ確かなダメージを与える事はなく、だが防壁の下には未だ彼らの死を望むニューオーダーの者達が大量に居た。
「……1つだけ、言わせてほしい事があるわい……。」
木槿の視界の端、月鉱で作られた小さなドーム状の遮蔽物の陰から月鉱の糸が伸びてきて彼や多くの月人にまとわりつく。
「リメイムさん!?」
「儂はまだ死んでおらん!……明星木槿、最期くらいは君のように儂も限界を気にせず……できる事をやるぞい!!!!」
ロープは縮み、遮蔽物は広がり、ソニックブームが止むまで彼らを保護し続けている。
木槿は安堵から溜め息をついた直後、リメイムに目を向けた。
「助かりました……。」
「す、すみませんリメイム様!タンポポは貴方が生きていらっしゃるというのに仇を取るなどとなんて無礼な事を――」
慌てふためくタンポポの目の前で精一杯の力で瞼を上げながら彼女を見つめるリメイムを、グリッチノイズは首元まで包んでいた。
「気にするでない、それよりも君達にコレを……チェッカの想いを託す。」
「角笛……!?」
リメイムが握りしめ、タンポポの眼前に突き出した角笛を見て、彼女の目は丸くなる。
「……なんか……表面の模様がずっと動いてる?」
「チェッカの置き土産じゃろう……奴がコレを戦利品として変形させず確保する事を見越して、最期に何かコレに命令しておったようだ。先端の蛇腹模様が時間と共にのびていっておる……この蛇腹が無くなった時、そのタイミングで奴に投げつけい。」
「バリスタを無効化できた時からカラスカは通常種の月人を全く警戒していないように見える。そこを突けばアイツに一杯喰わせる事ができるかもな。」
角笛を握りしめ、タンポポは周囲の月人達の顔を見る。
「……タンポポと皆で背負います!そして確実に、アイツの命にこのチェッカ様と……リメイム様の想いを届けます!!」
「ほほほほ……すまんな……頼んだぞ…………。」
月人達が頷いた後、遮蔽物の陰の全員がリメイムに目を向ける。
ゆっくりと目を閉じ、微笑む彼をとうとうグリッチノイズは完全に包み込んだ。
塵に変わり消えていく彼から目を離し、全員は散りゆく命や言葉の重さをその背に感じながら歩き出す。
だが木槿だけは何かを思い出したように少しだけ立ち止まり、ペイルライダーの装甲を開きながら小瓶を取り出していた。
「きっと……あなたの力もアイツに必要だろ?」
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「下手な事はしないでくださいね。この手の平を合わせたまま歯や爪を生やすだけで、今の私は貴女を簡単に殺す事ができるんですから。」
カラスカは切り刻まれた頭部を再生し、目の前に見える自身の両手の間へ語りかけていた。
「(月人の天使種でも関係ない、四肢や胴体の一部はともかく私はカラスカの頭部を無くなるまで切り刻んだんだぞ?なのにコイツ……グリッチノイズに蝕まれなかった。)」
「……おや?あの老人とうとう死にましたか……最期に余計な事してくれましたね、まったく。」
強大な生体反応の消滅を感知し、彼は目を向けた先にあった遮蔽物とそこから現れた者達を見下す。
「明星木槿、ロベリアを殺したのは貴方ですね……死体鑑賞にカニバリズム!彼女は私と似た趣味を持っていた数少ない同士であり親友だったのに……よくも殺してくれましたね!!」
「お前こそよくもリメイム様達を!!!!」
「デカイからなんだ!!ぶっ殺してやる!!!!」
「変な言葉ばっかり並べやがって!!!!」
木槿の周囲でハルバードを構えるタンポポを含んだ4人の月人達。
彼と共にカラスカの討伐を決意した者達の周囲に、カラスカの巨体が響かせる歯ぎしりの音がよく響く。
「あなた達には話しかけてないでしょうが!!!!」
「……お前ら名前は?」
「パセリ!」
「クローバー!」
「カルミア!」
「タンポポ!」
その不快な音に少しだけ怯みながらも、ハルバードを構え続ける3人と角笛を握りしめるタンポポに目をやった後、木槿は藤結を逆手に持ちかえた。
「随分と縁起の良い名前だな……集団の指揮には慣れている。アイツをぶっ倒すためにも……まずはホープを解放するぞ。」
「「「「ラジャ!!!!」」」」
それぞれの声を耳にしながらホープは思考という名の見えない刃を研ぎ澄まし、伸ばし続けている。
そしてそれはやがて、確かにカラスカの首を捉えたのだ。
「(コイツは体内に発声器官を作ったりもできるんだよな……そして頭部を切り刻んでも致命傷にならない……これが意味すること、この巨体はカラスカの本体じゃないんじゃないか!?外側のみ人の形をとっているだけの奴の一部……この体のどこかに、コイツの本体は居る!!!!)」




