第80話「また」
「……やっちまった。」
古い民家の中、コントローラーを握りしめた少年が年齢に不釣り合いな濁った目つきで目の前のテレビを睨む。
ゲームオーバー、世界は滅んでしまった。
そう書かれているテキストの下でキャラクターは横たわっており、もうコントローラーからの操作を受けつけない。
「初見の戦い……それも戦場のど真ん中だったっていうのに油断しちまった……クソっ……クソ!!!!あそこまで進んだのに……また……またやり直し――」
何十年と数多の死がまた無駄になった事への怒りに身を任せ、木槿はソレを投げようと大きく振りかぶった。
「どうした!?」
当時の木槿と最も親しい者だったその男の声は、もはや知っている誰の声よりも聞きたくない声になっている。
何故なら彼の声を最後に聞けるのは木槿がこの家へ、この時間へ戻ってきた時だけだからだ。
この時から数時間後、飲食店へ向かった待雪はニューオーダーの差し金によって爆殺される。
「……待雪おじさん。」
「お前がそこまで荒れるなんてな……結構やりこんでたよな?このゲームのラスボス、そんなに強いのか?」
腕を組み、困ったように笑う待雪の顔を直視できずに木槿は視線を落とす。
「……ラスボスなんかじゃない、まだまだ敵はたくさん居た。なのに……俺は油断したんだ。」
「ははっ、まだまだ先は長いんだな……ま、そう気を落とすんじゃない……まだ終わっちゃいないんだからさ。」
初めて聞く待雪の言葉を耳にして、少しだけ顔をあげた木槿と彼は目をあわせ、今度はしっかりと笑ってみせる。
「……?やられても、また始めればいい……そう言うんだろ?」
「ははっ……何を言ってるんだ。」
ゲーム機が震えている。
「ほら……まだやられちゃいないんだから、ちゃんと前を向け。」
「……は?」
テレビに見覚えのある風景が映っている。
バンノウンとロウシェンが、落ちていく木槿のアンノウン・Wを見つめている。
「なんで……これは……幻覚なのか?」
「まっすぐ進むんだ、光の見える方へ……どんな事が起きても諦めるな。あと少しなんだから。」
もう居ないはずの待雪の手が、彼の肩へ乗った。
コントローラーは、いつのまにか操縦桿の形に戻っていた。
木槿は既に開いて民家の風景を見ているはずのその目を、本当に開き始める。
――――――――
「「(堕ちたな。)」」
ロベリアとバンノウンのパイロットは同じ感情を抱く。
確信。
誰かが死ぬという確信だが、その確信の向く先、それだけは一致しなかった。
「……分かったよ。あと少しだけ……そっちで待っていてくれ!!」
まっすぐと落ちていくアンノウン・Wの爪先から放たれた弾はまっすぐと空間を突き進み、遠くに居たバンノウンの胸部を貫き、弾け飛ぶ。
「うわ……ひひっ!!やっぱり死んでなかったぁ!!!!気絶すらしてないなんて!!奇跡だね木槿ぇ!!!!」
「必然さ。思い出したんだからな……俺はもうこんな所で死んでいられないって。」
身を翻し、月面を埋め尽くす軍勢の真上でアンノウン・Wは再び飛行する。
「俺が諦めていたら……俺を守ってくれた、俺に殺された……見捨てられた奴らの死が無駄になっちまう……お前もそうさ。」
「……はぁ?もう勝った気でいるのぉ!?」
アンデッドのストックが切れ、ロベリアとロウシェンはその代わりに新たな武器を扱い始める。
投擲後に変形を始め変則的な軌道を描く月鉱の巨大ブーメランと、ロウシェンの頭部にとりつけられた巨大砲塔。
それぞれが互いの神経やジェネレーターにかける負荷は大きく、数発を連続で放てば内部に損傷を起こし行動不能になる可能性すらあった。
ソレを使うという事、戦いをここで終わらせるというロベリアの固い決意を木槿は理解し、彼もアンノウン・Wのとある機能に勝負の結末を委ねる。
「【寂しがり屋の閑古鳥】ぅ!!」
「(2回曲がるやつか……来る!!)」
アンノウン・Wの殺人的な加速がニューオーダーの軍勢の一部を吹き飛ばし、また彼らが放つ投げ槍や矢を回避した上で、ブーメランの1度目の攻撃を躱す。
だが、地面に激突して円形のクレーターを生成した瞬間、ブーメランの刃の片側が変形を完了させ、凄まじい勢いの回転と共に飛び上がった。
ロウシェンに接近しようとするアンノウン・Wの前へ飛来したソレは再び躱された瞬間に変形を始め、巨大な風切り音と共に平たく、巨大な刃となって宙を舞う。
風と勢いによって変則的に舞うソレを見つめ、そして掠る事すらも許さない木槿の背後へもう1つのブーメランが迫る。
「(称呼有りと無称呼で、2個投げていた……!)」
「コレは直撃コースでしょぉ!!!!」
金属音が月面へ響く。
アンノウン・Wの爪に弾かれながらも、ブーメランは確かに爪の一部を抉り取った。
「ようやくダメージ入ったぁ!!!!」
「チィッ……まだだ!飛びづらくなったってコイツはまだ舞える!!」
よろけた後にロウシェンの真上まで上昇したアンノウン・Wを"歓迎"する無数の蒼い光。
「出力最大ぃ!!【滅底鏖】!!!!」
ロウシェンは舞い上がり、まっすぐ突っ込んでくるアンノウン・Wと向かい合う。
そして放たれた滅光の高出力レーザー。
互いに距離を縮めていく中で輝いたソレはアンノウン・Wの片足を巻き込み、粉々に消し飛ばしていく。
更に姿勢制御がままならなくなったアンノウン・Wの真横で、更に上昇したロウシェンのすれ違い様に放つ滅光の一斉射撃。
機体の各所に風穴を空けられてなお、ソレはロウシェンとその上のロベリアを睨み、バーニアを煌めかせる。
「……ひひっ……死神さぁん!!こちらへおいでぇ!!!!」
月の都市の防壁よりも何倍も高く舞い上がり、ロウシェンは円を描きながら戦場の至る所へレーザーを撒き散らしていた。
最期の力を振り絞り、悪に堕ちた竜神のもとへ白き救世主が迫る。
待ち構えていたロウシェンが砲塔を冷やす事もなく放った滅底鏖で口もとを溶かす。
今度はまっすぐとソレに巻き込まれたがそれでもなお、蒼い光の中でアンノウン・Wが爪を突き出し続ける。
「馬鹿なのぉ!?!?……いや、堕ちろぉ!!そのままぁ!!!!」
「……お前とも、何度も共に戦えてよかった!!」
溶けていくコックピット内の温度が急激に上がっていく。
欠けている片側の爪だけで、いや両方の爪で防いだとしてもこの高出力で致命的な光の中ではどんなライボットでも撃墜されるしかない。
とうとう中枢まで溶けたアンノウン・Wは誘爆により粉々に砕け散った。
滅底鏖の光と轟音にかき消されかけているその爆発を見つめながら、ロベリアの頭の中では数秒の静寂が訪れる。
「(……やったかぁ?)」
無論、答えは否である。
爆発の後ろから飛び出し、滅底鏖を回避したソレはアンノウン・Wから分離されたバーニアつきの爪だった。
バーニアは事前に入力されていた操作に従い爪を急旋回させ、ロウシェンに向かって高速で飛来し始める。
「おほぉっ!?!?」
ロベリアは発見した。
迫り来る爪の上で刀を構える死神の姿を。
「寂しがり屋の閑古鳥……参考にしたぞ!!」
「(あの刀って白蛇街の藤結ぃ!?持ってる遺物は2つあった!!ペイルライダーと遺物の反応が重なって見えてなかったんだぁ!!木槿め、それも分かってたんだぁ!!!!)」
圧倒的な力で何度振り払おうとも迫り来る死神の鎌。
ソレに対する恐怖にあてられ、ロベリアの心臓は極限まで速く鼓動する。
「うひひひひひひひひっ……!!でも……さすがにもうこれは避けられないんじゃなぁい!?!?」
彼女の笑顔が歪み、同時にロウシェンの円を描く動きも大きく曲がり始め、真下の迫り来る爪に向かって滅光の流星群を降らせる。
光速で落ちてくるソレが木槿の眼前へ迫った瞬間、藤結は翠に輝いて誰かの声を彼に届けた。
「気づいた時はそりゃもう驚いたぜ?お前もあの人の弟子だった時があったなんてなぁ。」
「ま、あんたも一緒に見届けてくれよ一武……【謳華流 千本桜】!!」
ペイルライダーから灰色の霧が吹き出し、同時に振り下ろされた刀身が滅光を弾き飛ばす。
振り下ろされた先から振り上げられ、そして振り回され、絶えず凄まじい密度と速度で繰り返される斬撃が流星群を斬り捨てていく。
「えぇ?あの気配……誰のぉ??」
困惑しながらもロベリアは槍を構え、体を捩じらせるロウシェンの背中に隠れ木槿を待ち構える。
「(ロウシェンに爪が命中ったらさすがに撃墜ちちゃうなぁ……最適解はまず爪を回避して、すれ違う時に木槿をグサっといくぞぅ!!)」
流星群はやはり切り抜けられ、そしてロウシェンは身を翻し、宙を舞い、爪とすれ違う瞬間を迎える。
「おりゃぁっ!!!!」
「分かっていたさ!!」
突き出された槍を弾くと同時に、爪にしがみついていた手を離した木槿がロウシェンの上へ降り立ち、ロベリアと睨みあう。
2人の上で、爪は高く飛んでいく。
「ようこそぉ!!龍の上へぇ!!」
「……決着をつけるぞ、ロベリア。」
ロベリアの義手が軋み、その指を鋭く尖らせ、伸ばしていく。
「木槿さぁ、その刀さえあれば私を殺せるとでも思ってるのぉ?君は月人じゃない、月鉱や死月鉱は操れない……君と私じゃ間合いが!!生物としてのレベルがまるで違うんだよぉ!!!!」
「そうだな、俺には操れない……お前らと同じ物はな。」
ロベリアの真上、巨大な死の気配が落ちてくる。
「……うぅっ!?!?」
アンノウン・Wの爪は高く飛んだ先で再びバーニアを吹かせ、真下を向いていた。
すれ違って尚、ソレはロウシェンの上にいるロベリアへ襲いかかるように動いたのだ。
咄嗟に巨大化させた義手で爪を受け止め、歯を食い縛る彼女の眼前で木槿は走り出す。
「(……カウンター!カウンターすればいいんだぁ!!木槿は100%あの藤結で私を斬り殺しにくるからあぁ!!!!)」
義手ではない方の火傷の跡が残る腕を前へと出し、ロベリアは藤結を迎えようとする。
「(アレの表面にある死月鉱!!腕を斬られたってアレを操っちゃえば確実に私の勝ちぃ!!!!)」
「【謳華流 白梅】……!」
木槿はロベリアの目だけを見つめ、スリエルでないにも関わらず、その濁りきった魂に同情している。
上辺だけではない彼女の境遇全てを知っており、そしてその破滅の道から自身なら彼女を救う事もできたからこそ、彼にだけできる心の底からの同情は、ロベリアの表情を何よりも歪ませた。
直後、藤結の真っ直ぐと突き出された刀身はロベリアの腕を貫く。
「(……操れないぃ……?なんでぇ!?翠の死月鉱だから!?変な気配が遺物に宿ってるから!?……これは、やばいぃ!?!?)」
彼女の腕が木槿の歩みを止める事はなく、刃は彼女の心臓にまで達し、ペイルライダーのハーデースによる急加速が爪の下から2人を吹き飛ばす。
ロベリアによって防がれていた爪がロウシェンと激突して、限界を迎えつつあった内部のジェネレーターへトドメとなる衝撃を与えた。
断末魔のような音を響かせると共にジェネレーターが止まっていき、同時にロウシェンは落下を始める。
「……君の言う通りだったねぇ……私も君に殺されたぁ。」
砲台の根本にぶつかり、へたりこんだロベリアの懐と腕からグリッチノイズが広がり始める。
刀を抜き取った後、木槿は彼女の前でただ静かに立っていた。
「そうだな……俺が見捨てたんだ、今回のお前も……前回のお前も、前々回のお前も……もう何回もお前を見捨ててきた。」
「……ふひっ……嘘だぁ。」
木槿の後ろで起こる蒼い爆発に照らされた彼の姿はロベリアの認識通り、まっすぐとした立ち姿でその中に死月鉱でも砕けぬほどの決意を持っている。
「まだ全然見捨ててないでしょぉ、私の事……君のその言葉聞いたらさ、ずっと頭の中パチパチするもぉん。」
「……お前が子供の死体しか愛せなくなったのは劣悪な家庭環境や10年前の戦争の影響……やろうと思えば、俺はお前をそういう所から逃がす事だってできたんだ……でもやらなかった、助ければ必ずどこかで『詰み』が来てしまうから。」
淡々と話す木槿の近くで再びロウシェンの内部から爆発が起こり、その光が彼の顔を照らす。
「戦争だってやろうと思えば始まる事すら止められたが……その先でも、俺にはどうしようもなくて、必ずやってくる終わりが来てしまったんだ……だから……俺は何人も見捨ててきた、ある時は確かに友達で、仲間だったはずの、お前を含む人達を何人も……こういう風に俺自身が殺す事だって……。」
「こう言ってほしいんでしょぉ?……大丈夫だよ……って。」
ペイルライダー越しに見えた木槿の表情を目にして、ロベリアは笑いを堪えきれなかった。
自身が何度も目にしてきて、何度も踏みにじってきた子供達のソレと同じ感情を、今まで子供らしさなど微塵も感じなかった彼の顔から読み取れてしまったのが、どうしようもなく可笑しくて。
「木槿が諦めない限りぃ……君が助けなかった人達も、踏み台にした人達も、誰も君を恨みはしないよぉ、信じてるよぉ……だからさぁ、もう2度とそんな似合わない顔しないで……。」
激痛に顔を歪めながらロベリアは月鉱に全身を貫かせる。
もう力が入らない体を、月鉱を操る事によって無理矢理動かすつもりなのだ。
「……ふひっ!!!!」
木槿はもう戦闘の継続を望んでいなかった、というよりは自身が再び友を斬りつけなければならない場面が訪れる事をイメージできていなかった。
彼の首を掴み、持ち上げたロベリアは首元までノイズに浸食されながらも歪に笑う。
「何を……!」
月鉱は勢いよく変形し、ロベリアの体を動かした。
木槿は藤結をしっかりと握ったまま、防壁の方へと投げられ、抵抗もできないまま落ちていく。
「まっすぐ進んでねぇ……死人の方になんて2度と振り返っちゃダメだよぉ……次の私では……君とぉ、ちゃんとした……マトモな笑顔で一緒に……笑っていたいからさぁ…………。」
「……!!!!」
防壁の上へ落ちた木槿の視界の先、蒼い光は輝きを増す。
ソレに包み込まれ、ロウシェンと共にロベリア・クレマチスの姿が消えていく。
「……また……な。」
ペイルライダーが肉体の限界を察知し、胸部へまとまっていくと同時に彼の足が激しく震え始める。
膝をつき、倒れた彼の脳裏で景色と声がフラッシュバックする。
「この臭い……この爆発は人為的な物だ!逃げろ木槿!!……すまん、後は……頼む!」
「希望は君だけか……助けになれなければ見届ける事もできないのが残念でならないが、少なくとも今のあたしは君を、君の進む道を信じ続けているよ。」
「次の僕の事……次はL.E.R.Iの皆と一緒に迎えに来てね……約束だよ?」
「アズノーンって弱い人なのね?貴方は全く弱い人には見えないわ。」
「……信じますよ。そんな顔をできる人だとは、思っていなかったし……気づけもしなかったです。」
「それで良いんだ……進みな、そのまま……まっすぐとね。」
「まっすぐ進んでねぇ……死人の方になんて2度と振り返っちゃダメだよぉ……次の私では……君とぉ、ちゃんとした……マトモな笑顔で一緒に……笑っていたいからさぁ……。」
「……ぐぅ……っ!!!!」
木槿の食い縛った歯が少しだけ欠けて、地面へ落ちる。
足の震えを叩いて止めて、立ち上がった彼はどこか重い物を背負っているかのように、そしてソレを必ず届けねばならないかのように、防壁の上をしっかりとした足取りで歩いていった。




