第79話「月人殲滅戦」
月人達の視線の先で砂塵の中から現れた軍勢は、レイズの巨闇斬りに巻き込まれその半数を失いながらも前進を続けている。
「わぁ……!うひひひひひひひひぃっ……!!ねぇカラスカ!私が夢に見続けた光景が今、目の前に広がってるよぉ!!!!」
「皆美しい……老いることも朽ちることも無い最強の人種……これが……月人!」
広げて盾のようにしていた月鉱と死月鉱を、それぞれ義手やメスの形に戻しながら、ロベリアとカラスカはその口角を上げた。
「壊すっ!綺麗に!!バラバラにぃ!!!!」
「壊す!美しく!!バラバラに!!!!」
2人の頭上で、アダムの周囲で幾何学模様から振り撒かれた粒子が纏まる。
文字の形をとったそれが整列し、読み上げられるためにアダムの前でゆっくりと泳いだ。
「我は空腹である!我は不満である!我は不快である!!満たされねばならぬ!!そこに手段の制限はなく、だからこそ我は全てを支配する!!支配し、この渇きを癒す!!確かに、永遠に満たす!!」
彼の前に降りてきた、最後の文字列。
それを見つめ、アダムは叫ぶように読み終えた。
「……我は白き支配者となる!!!!」
その瞬間に幾何学模様は砕け散り、破片が粒子と共に大弓を形作り始める。
プロテクターがアダムを包みこみ、顔面に被さった水晶越しに彼の目は輝いた。
「「レジスタンサー1、ホワイトライダー。」」
機械音声と共に遺物の名を呼んだ彼の手へ大弓は握りしめられる。
そしてその先は、迷いなく守護の天使と月の英雄へ向く。
「明らかにタメが必要……そして撃たれたら明らかに被害がヤバい!」
「なら撃たれる前に叩くだけよ!!」
駆け出した2人と宙を舞うアダムの間で蔦は伸びていき、彼へ迫った。
蔦を巧みに躱し、レイズ達に向け続けていた大弓の先へ紫雷を纏わせながらアダムは息を深く吸い込む。
「叩いてみろよ!!!!」
ソレに合わせて翼のように放たれる紫雷の密度は増え、欠片を散らして蔦の所々を焦がし始めていた。
その下でロベリアが義足を軋ませ、跳ね上がる。
防壁の上へ降り立った彼女とバリスタ隊の月人は睨み合い、直後に鬼ごっこが始まる。
「月人ちゃん達ぃぃぃぃ!!お姉ちゃんと遊ぼぉぉぉぉ!!!!」
「地球人みたいな化け物きた!?!?」
「逃げろ逃げろ逃げろ!!!!」
「絶対やばい奴!!!!」
ロベリアに背中を見せ、走る月人達の背中へ義手が突き刺さろうとした瞬間。
「【忠義の白滅砲】!!」
「熱っ……くなぁい!!!!」
圧縮された灼熱の炎に弾き飛ばされ落ちていくロベリアを、防壁の端に降り立ったロイヤーが冷めた瞳で見下した。
「二度とは上がってこさせんぞ!!ゲスが!!!!」
「ムカつくぅ……!」
着地する素振りもみせず地面に激突したロベリアは彼を睨み、義手の指を軋ませる。
「……好きなのかなぁ?私ばっかり見ちゃってさぁ!?」
「あ?」
空を切り裂くレーザーがロイヤーへ迫り、その腕に弾き飛ばされる。
「誰が貴様のような醜女のゲスを好むか!!俺はスリエルじゃないがな、迫る危機の察知くらいは朝飯前なんだよ!!!!」
「へぇ……無駄に長生きしてないわけだぁぁ……でもさでもさぁ、まさか私やライボットとか、他の皆からその小さい月人ちゃん達をずぅっと守り抜ける……だなんて思ってたりしないよねぇ?」
先程レーザーを放ったライボットは銃口から立ちのぼる蒸気越しに、ロイヤーではなく防壁へ狙いを定めた。
ロベリアに続いて、数十人のニューヒューマンズも壁へよじ登り始める。
「(クソ……まさか月を守るはずに居るはずの兵士を、ここにきて俺が守らなければならなくなるとは……未だに信じられない、 この戦場で1番非力なのが……コイツらだなんて。)」
「ひひひひっ……やるしかないよねぇ!!大変だね――」
防壁へレーザーが照射される。
月人達ではなく、防壁に取りついていたニューヒューマンズに向けて放たれたソレは確かに彼らを焼き尽くした。
「「……は?」」
再びレーザーを放とうとしていたライボット、斬月に巻き込まれずに残っていた2機のうちの片方に命中した、風の弾。
濃い死の気配に、戦いの轟音に紛れて白いライボットは乱入を果たす。
その機体の肩にあるエンブレムを目にしたロベリアは体を震わせ、義足で地面を踏み荒らした。
「アレに描かれてるのってぇ……ナイフつきの2本のリボルバー……エンブレムを囲う死神のローブ……!?あはっ!!!!うひひひひゃははははっ!!!!来た!!来ちゃったよぉ!?!?」
「援軍……なのか?」
かつて蒼光海上基地ルルイエに降り立ったアンノウン・Wの内部で、明星木槿はレジスタンサー4を纏う。
「……来たぞ、ロベリア。」
「月人ちゃん達と遊ぶのもいいけどぉ……やっぱりまずは君と決着をつけたいなっ!!」
駆け出したロベリアが、進行するニューオーダー達の流れに逆らって月の都市から離れていく。
「(今回は何がくっついてくるか、それ次第じゃやり直しもあるが……。)」
ニューオーダーの軍勢を見渡し、後方にいる砂漠の中を蠢く何かを見つけた木槿の目には、一瞬だけだが光が戻ったように見えた。
「……なんだ、お前か。」
「(あの機体……ルルイエに現れた時の記録と姿は変わってないけどぉ、レーザーは確かにニューヒューマンズを焼き尽くしてたなぁ……つまり月鉱の粒子を混ぜたものを撃ってるわけだからぁ?……どこからそんなの入手したんだろう?)」
義手から枝のように生えてきた月鉱の槍を掴み、ロベリアは素早く投擲する。
1本、2本、続けて放たれたソレを激しい機動によって回避したアンノウン・Wの動きを目にし、ロベリアはまたいくつか思考を巡らせる。
「(あと、あんな動きは生身じゃ潰れて死ぬでしょぉ?……つまり木槿は何か着てるねぇ、ただの耐Gスーツとかじゃなくて、多分あの気配はレジスタンサー……ペイルライダーかなぁ。)」
風の弾は乱射され、軍勢の中央へ命中して銀色の爆発を引き起こす。
槍と風の弾の応酬が繰り広げられるその付近で、灰色の砂漠から砂塵を吹き飛ばしながら、ソレは出現する。
「落としても終わりじゃないなら、さっさとこの子を呼んじゃうべきだよねぇ……!おいでぇ!!ロウシェン!!!!」
龍のようなライボットの体躯はアンノウン・Wの13倍ほど長く、そこに大量の砲台がとりつけられている上、龍の口を模したような先端には一際巨大な砲塔が生えていた。
「帯集……っていうかぁ、そこの頭を乗っ取った滅竜教が設計図をパクって魔改造した超大型ライボットちゃんだよぉ。もっとたくさん居たし、もっと強いライボットも居たんだけどぉ……ま、そこは全部アスク君のせいでこの子以外は壊れちゃったって事でぇ!」
「ずいぶんとノロそうじゃないか。」
スピーカーから響いた木槿の声。
それを耳にして、ロベリアはロウシェンと共に妖しい気配を纏う。
「それはそうかもねぇ……!」
空へ舞い上がるロウシェンが鯨の咆哮にも似た駆動音を響かせ、ロベリアはその上へ飛び乗る。
「だってこの子は空中要塞がコンセプトだもぉん!!!!」
「知ってるよ。」
スピーカーから響く木槿の声は、今までとは違って清々しさを含んでいて、ソレがロベリアの耳をくすぐった。
「あっそぉ!!もう隠すつもりとかないんだぁ……なら!私も何も隠さないよ!!!!」
ロウシェンの上、そしてロベリアの背後で糸のように細く尖った文字が走る。
「【アンコール】!!!!」
「(使うのか……ロウシェンを操っているのは十中八九ロベリアのアンデッドだろうが、アンデッドだけでライボットを動かすには最低でも20人分の死体がライボットに触れていないといけない……死体越しでは魂とライボットの繋がりが弱くなるからだ。その点、大人数で操縦する事を想定していたロウシェンとロベリアの相性はいいが。)」
直後にロウシェンのコックピットから溢れ出した大量のアンデッド達が、一斉に限界まで開いた眼で木槿のアンノウン・Wを睨みつけた。
「(いったいどれほど……アレの中に詰まっているんだ?)」
「ラッキーだよねぇ……この月面へ来る前にね!津波が瓦礫と一緒にたくさん死体を流してきたんだよぉ。損傷が酷いものもあるけどぉ、こうやって……君を撃墜すための弾として使うには十分でしょぉ?」
それらがしゃがみこむと同時に筋肉が限界まで収縮し、壊れたバイオリンのような音と共に服や皮が破けていく。
「未練と足をバネにもう一度!死んだ後でも一矢報いましょぉ!……たぁだぁし!私に操られてね!!」
「(このロウシェンの軌道、連携を隠してるな。真上に生き残りの人型が居る。)」
銃声のように響く、人の足の弾ける音が連続する。
人間型の砲弾として飛来するアンデッドを躱した木槿が更にアンノウン・Wの機体を回転させた瞬間。
残る1体の黒いライボット、Bunknownがレーザーでの狙撃に失敗し、地面を焼き焦がす。
「うひっ……!教えてよ木槿ぇ!!この戦いは何度目なのぉ!?」
「そっちのバンノウンは知らないが……この場でロウシェンに乗ったお前と戦うのは、初めてかな。」
木槿の中で常に錯綜する多くの記憶。
あまりにも長く、そしてとてつもない量の人生の記憶の数々から学んできた多種多様な攻撃の回避方法、見知った敵や機体の癖などが彼という死神が握る鎌を限りなく鋭くさせていた。
「へぇ……何が起こるか分からないねぇ!ワクワクするなぁ!!」
「あぁそうだな……何が起こってもお前とは感想を言いあえないんだから、残念でならないよ。」
真上から狙いを定め続けているバンノウン、機体を捩じらせアンノウン・Wの周囲で舞い飛ぶロウシェン。
両機を同時に視界へ収める事は木槿には不可能となり、だがしかし、彼はその姿以外の動きや狙いの全てを見抜く。
「出力最大でいくよぉ!!君も全力で撃ち込んでよねぇ!!!!」
バンノウンとロウシェンが同時に全ての砲塔や銃口を蒼く輝かせ、ロウシェンの上でアンデッド達が足を震わせ、ロベリアは両手に投げるための槍を握りしめる。
一斉射撃とアンノウン・Wの爆発的な加速は同時に始まり、大雨どころか流星群のようにも見えるレーザーの中で、人型の肉塊も共に降り注ぐ。
「(弾を見る、避ける……全部慣れた、動きについていける体さえあればこの程度なんて事ない!)」
滅光と死体の流星群が降り注ぎ、ニューオーダーの軍勢の一部も巻き込むその中でその全てを躱し、時に弾き飛ばしながらアンノウン・Wは急上昇する。
「詰めてきてるなぁ……バンノウン君!一旦逃げに徹しなぁ!!」
通信ではなく、月人の強靭な声帯から出される声は確かにバンノウンのスピーカーに拾われた。
だがソレは動かず、ライフルを蒼く輝かせ続ける。
「……!?聞こえてるよねぇ?撃ち落とせるとでも思ってるのぉ!?」
四方八方から飛ぶレーザーと死体、それに交えて放たれている狙撃。
その中でアンノウン・Wが生き延びているという事実があるにも関わらず、ニューヒューマン特有の万能感に支配されたパイロットはソレが自身を撃ち落としてくるとは思っていない。
「(気持ちは分かるよぉ?……でも馬鹿だね、あの距離じゃもう逃げ切れないよぉ。死んだなぁ……。)」
「(仕留めきれる……相手がロベリア1人になるだけでもだいぶ楽になる。)」
アンノウン・Wはクローを構え、そこに仕込まれている風の弾の発射口をまっすぐとバンノウンへ向ける。
だがそう、この戦いは木槿にとって初見である。
月の都市とニューオーダーの全面戦争、そこら中で力が生と死をかき混ぜている。
彼の真横でも。
そびえ立つ蔦の塔の中から、紫色の閃光が爆ぜた。
「【禁断の支配者】!!!!」
「なっ!?――」
蔦の欠片が舞う中で、木槿は吹き飛んでいくホープを目にすると同時に、その身体へ激痛と強い衝撃を覚える事となる。
「幾何学模様……装着時にだけ現れて、その時しか主を保護できないはずじゃ……!!」
「コイツは俺のホワイトライダーなんだよ……お前の古臭ぇ型にハメてちゃダメだろ!?ヒヒャハハハハハ!!!!」
吹き飛ばされた先、防壁に叩きつけられたホープはヒビのような傷を体中に負いながらも月鉱の剣を握りなおす。
「クソっ……ん?アレって白いアンノウン!?……木槿くん巻きこまれちゃったのか!?」
彼女の視界の先で白い機体は動きを止め、落ちていく。




