第74話「全ては纏まって」
「「【突き抜けろ死月鉱】!!!!」」
自身へ向けられた、双子から放たれる強い死の気配。
混濁した意識の中でも、慣れぬ体の内でも、彼女はソレを、ただ1つの手で払い除けた。
「……えっ。」
肉塊が雑巾のように捻れ、黒い液体を撒き散らす。
想定外の光景を見つめていたアスクの魂は、その威圧感を覚えていた。
「有り得ん……!!いくら残骸を集めようと、似た者を中心にしようと……それは……有り得んはず――」
ガイアの動揺を見逃さなかった闇の兵士の1体が、彼の胸を貫く。
個体差が無いはずの彼らの中で、その1体だけが不自然に動いた。
「……ははははっ……!だから死ぬんだよ!!バァァァァカ!!!!」
グリッチノイズに包まれ、塵となるガイアへ追い討ちをかけるように彼を切り裂いた後、魔紳士Aは身を震わせ歪んだ笑みを浮かべている。
「(クロマがアスク・スーリエルとして帰ってきたように……いや、それよりも更に正確に……帰ってきやがった……!!俺が手懐けた地球人の中でも最強の例外が!!!!)」
空中へ散り、浮かんでいた闇が肉塊を包む。
再び死月鉱を構え、互いの手を握った双子の前で黒い雷が空を裂いていく。
「復活した……滅王――」
「……やるしかない、やろう!アスク!!私達で……。」
軽い。
リプラ・リュミエールはその違和感に息を止められ、かつてないほどの寒気に襲われた。
「……アスク?」
いつから彼女は、アスクの腕だけを握りしめていたのか。
腕がノイズに包まれ、ソレから変わった塵がリプラの手から零れ落ちる。
「勇者もずいぶん小さくなったのだな。それに……私を殺した時とは比べ物にならんほどに……か弱い。」
背後から聞こえた、耳にするだけで血の気が引いていく声。
振り返ったリプラの視線の先で、破れ、垂れていながらなお巨大な翼が畳まれていった。
彼女が自身から生み出した剣を振り回し、ソレで貫いていたアスクの体を吹き飛ばすと、彼の体が塵となり地面へ散らばっていく。
「ぁ……あぁ……そんな嘘……ダメ……ダメだよアスク……!アスク――」
声を絞り出し、走り出し、塵をかき集めようとしたリプラの体が上下に別れた。
「……私が強くなっただけか?アンデルセンと同じ人種になった私が……ふふっ。」
「(素の身体能力だけで月の天使と並んでいた滅王に、月の天使と同じ力を与えた結果が……アレか……!!)」
汚れた剣を投げ捨て、Aと目を合わせた滅王は信じ難い物を目にして硬直する。
「(……なんで俺は……震えている?何故アイツに恐怖を覚える……?何か……忘れている?)」
「……アンデルセン、この体は素晴らしいな。クロマに打ち倒される前と比べて倍の力を出せるようになっているし……この目は様々な情報を瞬時に教えてくる。」
音も無く姿を消した彼女は、Aの背後へ立って彼を凝視し続けた。
「1つ聞く……何故この目は、お前の魂を酷く穢れた悪人の物だと言うのだ?」
「……あ……!!!!」
死の天使、その目は嘘や罪を見透かして忌み嫌う。
「ソレ……は……ははっ……なんで……だろうね?」
言葉を詰まらせ後ずさるAへ、滅王が巨大な体躯でゆっくりと詰め寄る。
「何故だ……何故……この目は……お前が私を愛していないと……。」
「(……なんで……なんで!なんで!!なんで!!!!なんで俺は忘れてたんだ!!地球に来てから何年も……言葉……表情……態度……何もかもを嘘で塗り固めてきて作り上げてきた俺の愛は、この目1つあるだけで全部バレちまうって事を!!!!)」
滅王の震える眼が、大陸を覆う闇の兵士達が彼へ意識を向ける。
「壊れているわけではないのだな、この目は……だが信じられるか……?お前は……アンデルセン……私は……ずっと……クロマに討たれてなお200年間……お前を。」
「待て……待ってくれ!落ち着くんだ……僕達は愛し合ってる!!そうだろ!?!?」
滅王が目をきつく閉じ、不快感に周囲の地面まで歪ませた。
その目の前で絶対にしてはいけない過ちをおかしてしまったのだと、バランスを崩し倒れたAは悟る。
「……お前の声は!!そんな気色の悪い物ではなかった!!!!」
「あっ!!(ダメだ……もうコイツを再び飼い慣らすのは不可能!戦うしか……殺すしかない!!)」
大陸上に溢れ、彼1人に向けられた視線はきっと星よりも重い。
「(……殺せるのか?俺に、この化け物が……情がわいたとか、そんな物は1ミクロンだってありゃしない……物理的な意味で、この化け物を俺は殺せない!!勝てない……っ!!!!)」
「もういい……お前の思考も手にとるように分かるのだ……せめて、この幸せな思い出が腐る前に……死ね。」
剣が振り上げられ、同時に闇の兵士達がハルバードの刃先をAへ向ける。
「だ、誰か……。」
「……アポロン。」
Aの背後から豪華なガウンを着た女の手が伸びてきて、彼を抱き寄せようとした。
「えっ。」
その腕がかつてAが騙し、孕んだ子もろとも変霊にした王女の物だと気づいた彼は顔を引き攣らせる。
「……なんで――」
「「「「「「アポロンアルバート赤鬼灯エイベルアドルフアランエイデンアルフアルジャーノンアンダーソンアメイアーロ。」」」」」」
老若男女問わず多くの人々の声が、淡々と彼が名乗ってきた全ての名を読み上げる。
前方の滅王に見下された状態で、背後からの声と共に体を掴まれるAは極度の恐怖に拘束された。
「「「「「「……アダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダムアダム」」」」」」
巫女の手が、王女の手が、農夫の手が、町娘の手が、王妃の手が、朽ちかけた義手が、粘液が、獣の前足が、様々な色や形の手などそこに無いはずなのに、確かにAの体へその先を強く食い込ませた。
「(これは……死……あるいは罪……そして罰……迫ってきている……ソレを俺へ正しく与えられる者が……いや……『ソレそのもの』が……俺の背後に……居る?)」
滅王の視線の先、魔紳士Aの背後で『彼女』は立っている。
「……なんで……お前、死んだはずじゃ――」
「アンデルセン!!!!」
Aの体が宙へ投げられ、勢いのまま宇宙へ消える。
滅王が彼を投げたと同時に、剣は巨大な鎌と衝突した。
発生した闇と死月鉱を纏った衝撃波がコスモス大陸全土へ伝わる。
兵士は吹き飛び、大陸へ新たな亀裂がはしった。
「(……私がAを問い詰めている間、死にかけの双子の片割れが這いまわって地面を食っていた……気が狂った故の行動かと思っていたが、まさか……食っていたのは地面の土ではなく……!)」
「……もう……離れない……僕達は……双子……一生……一緒に。」
滅王の剣へ入った亀裂が瞬時に修復され、鎌を弾き返し続ける事で鍔迫り合いは続く。
「お前は何者だ……片割れを吸収し、何に成ったのだ!!!!」
「私……僕は……アスク・スーリエル。僕達は……死の天使。」
まっすぐと前を見つめる"アスク・スーリエル"の目の奥で、多くの概念が、命が、罪が、後悔が、この世界の全てに近い多くの事が巡り続ける。
「(魂にもはやクロマの痕跡すら無いが……本当にあの生まれ変わりか?嘘はついていないようだ……が、混じっているならば……その主人格が誰になろうと嘘にはならんか。)」
飛び退いた滅王が剣を掲げ、闇の兵士をその中へ取り込み始める。
集まり、溶けて消えていく兵士達が空を純粋な黒い闇で染めた。
「……暗いな、夜かな……月に来たのかな。」
「(まだ意識がハッキリとしていないのなら、今のうちに殺す!200年前のような油断は2度とせん……私の前へ立つならば、何者であろうと即刻滅ぼす!!!!)」
闇が纏まり、アスクの眼前で剣は多くの光を吸い込み始める。
静かに構えをとったアスクの眼前へ、流れ星よりも速く滅王の剣が迫った。
「今度こそ……片割れと共に死ぬがいい!!!!」
「嫌だ。」
剣を強く握ったまま、腕が舞い散る。
滅王から腕を奪った一撃は爆裂し、彼女の内部へ致命的な損傷を与えたのだ。
「(そうか……私は……『完成』させてしまったのか……。)」
「僕達は……もう離れない、もう死なない……誰にも傷つけられない。」
ノイズを発生させ、力なく倒れる滅王をアスクは見下ろした。
そこに何の感情を込める事もなく、ただ見下ろす事が使命であるかのように。
「……アスク・スーリエル……1つ……最期に……他者からの意見が欲しい。」
「言っていいよ、心を読み取ってもいいけど……きっと話したいんだよね。」
戦いの余波によって暗雲は失せ、空に映る月を滅王は見つめる。
「お前が現れるまで、私はAを殺そうとしていた……アイツは……私を……多くの人間を偽りの愛で狂わせてきた……騙してきた……誰の事もアイツは本当に愛してなどいなかった……なのに何故……私は……お前からアイツを助け、逃がしたんだろうか?私1人だけでは勝てないと……いくら奇跡が起ころうと殺されてしまうと分かっていたのに。」
ぼやけてきた視界の中でも月を見つめるため、眉をひそめた滅王の顔をアスクが覗きこんだ。
「……僕達月人って結婚したりして増えるわけじゃないからさ、恋愛経験とかそういうの無いんだよね……だから自信満々には言えないけど……きっと君はアイツをまだ愛してたんじゃないかな、たとえ聞いた言葉全部が嘘だったとしても、信じられなくなっても、楽しかったり幸せだったのは嘘じゃなかったはずだから。」
彼女の眼前から月を隠して、アスクは憐れむようにその頭を撫でる。
「なるほどな……驚いた、私は……こんなに愚かだったのか。」
「愚かかどうかなんて、今の話からじゃ全然わからないと思う。」
ノイズが滅王の首以外を覆い、崩壊していった。
「君も一緒に行こうよ。」
「……どこへ?」
声を絞り出した滅王の頭を黒く溶かし、手の中へ取り込み、アスクは静かに立ち上がる。
「……これ以上、辛くない世界へ。」
空は蒼く光り、大地がアスクを中心に死月鉱に包まれていく。




