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第73話「バラバラになった」

  大海原の上を飛行する1機のライボット。

 その内部に張り巡らされた粘性(B.13)の体は強く発熱しながら、全速力の操縦を続けていた。


「あと4分で本部です!何が起きているのかは分かりませんが降下の準備を……エルピーダ(ホープ)さん?」


 陰のかかったホープの顔を見て、B.13はライボットを制御しているリミッターを解除しようとする。


「……間に合わない……!!」


 海中から撃たれた蒼いレーザー。

 ソレが主翼を掠め、煙をあげながら堕ちゆくライボットのマイクが耳障りな機械音声を拾う。


「ギャハハハハハハハハ……!!オイオイB.7……随分使イヅラソウナ体ニナッチマッタナ!!!!」


「この音声、滅光のレーザー……まさか……B.13!!海中から来るぞ!!!!」


「くそっ……どうにかして不時着を――」



 ……役者はもう魂は十分に出揃ったのだ。



 膨張は終わり、弾けなければならない。

 その先へ進んでもらうために。


 死ね。


「ありえない……!B.13機体を捨てろ!!誘爆す――」


 死の気配を察知し、叫んだホープを。

 機体全体へ粘液を張り巡らせ、操縦桿にはよりしっかりとまとわりついていたB.13を。

 本来起こる確率の限りなく低かった誘爆が、このタイミングで、()()()()()()で起きる事を悟ったB.7を爆炎が包む。


 沸騰した粘液は即座に蒸発し、その中に包まれていたコアも溶けて消えていく。

 回路は、屑に還っていく。


「……アッケネェナァッ!?マ、俺モ同ジヨウナ状況ジャ死ヌカモダケド……ナンカ違和感ガ……。」


「ニューオーダーぁぁぁぁっ!!!!」


 爆煙の中から飛び出した蔦は海中へと飛び込んでいき、その底へ一瞬の内に根をはる。


「オ前ハ執拗(しつこ)インダヨ!シミュレーションデ何度戦ッタコトカ!!……【蒼眼(ソウガン)(ロー)Null(ヌル)Pawn(ポーン)】!!!!」


 1対の妖しい光とホープが睨みあった直後、おびただしい数のレーザーが放たれた。


「な……っ!?(あの小さい身体からこの量を放射できるはずがない……姿こそ見えないが、こいつ私の知るエバエヴォルビング(2E)ではない!別物か!!)」


 迫る幾千の光線と能剣はぶつかりあい、弾けたエネルギーがホープを更なる上空へと弾き飛ばしていく。


「……しまった……!!」


「ジャアナ、世界ニ見捨テラレタ哀レナ馬鹿共。」


 海へ落ちたライボットの破片、鋭く尖った金属片が海流に揺られて蔦の上へ突き刺さる。

 レーザーを弾き、吹き飛ばされていく彼女を留めていた最後の1本の蔦が引きちぎれた。


 絶え間なく放たれる光線と共に堕天使は宇宙へと放られていく。



 ­­­――­­­――­­­――­­­――



 コスモス大陸に眠る、いくつかの記憶。


「もうすぐクロマ達がここへやってくる。俺は黒の騎士団を迎え撃ってくるけれど、もし戻ってこなかったら――」


「必ず戻ってこい、来なければ私が向かう。向かって、お前を死ぬより恐ろしい目に合わせるぞ。」


 二百と数十年前。

 魔紳士Aは、玉座に腰かける滅王に背を向けて謁見の間を後にする。


「……そうしてくれ。」


 聞き手へ安心していると勘違いさせるための暖かい声を出し、重い扉を閉じる彼の魂には安堵など微塵も無かった。

 何があっても、クロマ(勇者)達を皆殺しにできても、魔紳士Aの中に滅王のもとへ戻る選択肢など無かった。

 勝手に暴れて邪魔な奴らを、世界を壊してくれればそれでいい。


「(数多の地球人と繰り広げた茶番劇もようやく終わる……ホープを殺せば、アイツの塵をレイズの前でぶちまけてやれる、レイズを絶望させられる!)」


 滅王、彼女は地球上で生まれ落ちた『前代未聞の例外』だった。

 月人でないにも関わらず、彼らのソレを上回ってしまうほどの身体能力。

 闇獣を生み出し、地球全土へ一度に攻撃を仕掛けられるほどのあまりに高度な闇の操作能力。

 彼女を利用するだけで魔紳士Aを始めとする新たなる秩序(ニューオーダー)は地球人殲滅の目標を達成しかけていた。


 だがしかし、滅王の存在に危機感を抱いた堕天使のリーダー、ジャン・バルジャンの手により第2の例外が地上へ現れる。

 堕天使達の生体情報を元に生成した『地球産の天使』。

 それこそが七芒星の勇者、クロマだったのだ。


 クロマは彼に同調する者達と夢を介して繋がる事ができた。

 同調する者、仲間が増えるごとに彼の勢いは増し、地上のほとんどを征服していたはずの滅王軍を、軍の本拠地コスモス大陸へと押し返したのだ。

 クロマらを迎え撃つ滅王軍を、彼の更なる例外が襲う。


 同調者が増えるごとに力を増すクロマ、その周囲に居る同調者。

 互いが互いを強化したのだ。

 勝利を確信していた滅王軍幹部達の全滅。

 魔紳士Aの防御を突破する堕天使達。

 単身で千の闇獣を叩き潰し、滅王の元へ辿り着いたクロマの髪は青く輝いていた。


 二者の例外が繰り出した一撃が衝突し、滅王の城は謁見の間を中心に爆散。

 黒く巨大な竜へと姿を変え、宙を舞う滅王へクロマは駆け出す。


「(させるかよ……!!)」


 魔紳士Aが紫雷を発生させた直後に認知した、受け入れ難い事実。

 月人でもないクロマに魔紳士Aは全く追いつけず、仮に追いつけたとしても止められる未来が浮かばない。


 地球上に散らしていた全ての闇を吸収し、最高火力の咆哮を響かせんとする滅王の前で、クロマの姿が虹色に輝き始めた。


「(この戦場の主役は……俺じゃないのか!?……存在できるのか……?あんな……化け物が……!!!!!)」


「まずい……!やめろクロマ!!ソレは君の体が耐えられない!!君は月人じゃないんだぞ!!!!」


 滅王とクロマの周囲を漂う霧の中から響くホープの叫び。

 それがクロマに届く事はなかった。


「【絶大滅暴(エクスティンクション)――」


 ただ放出するだけで世界を砕ける程の闇を収束させた滅王の眼前。

 その闇を打ち消すどころか、その先にいる滅王を討つために輝く虹の拳が太陽のように輝いていた。


「……鏖殺破(エグゼキューション)】!!!!」


 空を舞う滅王の更に上空へ、地面を砕きながら飛んだクロマへ、世界に放たれるはずであった闇が集中して放たれる。

 だが、それでも。

 七芒星の勇者(クロマ)は止まらなかった。




「【ハイランダー(天の)フルムーン(怒り)】!!!!」




 滅王の頭部へめり込んだ拳から、彼女の体全体へ虹色の希望が伝播する。

 闇がひび割れ、虹色の光と共に空へ舞った。


「馬鹿な……滅王が砕かれやがった……!!!!」


 コスモス大陸を覆っていた雲が13年ぶりに晴れ、荒れた大地に似つかわしくない青空と日光が差し込んだ。

 自身の手に爪を食い込ませ、黒い液体を垂らす魔紳士Aが異変に気づき、後ずさる。


「(……なんだ?滅王とクロマが落ちてこない……まるで、無いはずの地面に押しつけられているような……。)」


 クロマの力の源であり続けた人々の願いが、憎悪でできた闇と打ち消しあい、金色の粒子となって空を舞い続ける。

 そして、やがて粒子は空に巨大な七芒星を形作る。


「A!」


 どこから現れたのか、マリーゴールドが魔紳士Aの肩を掴み転がった。


「ぐっ……嘘だろ!?アレは……アウレオラ(天使の輪)だっていうのか!?!?地球人のアイツが!天使の力を!!信じられるか!!!!」


「気持ちは分かるが君の目を信じるしかないだろう!あたしも驚いている……はははっ、ジャン・バルジャンめ、なんてものを――」


 刹那、増幅された衝撃と共に虹色の拳が大地を砕いた。

 大陸の四方へ広がる亀裂の底からは金色の粒子が吹き出し、滅王の敗北とクロマの勝利を大陸全体へ知らせる。


「……撤退しようA……クロマという存在を、ソレを作れてしまうジャン・バルジャンを過小評価しすぎていた。それがあたし達の敗因だ。」


「……ちぃっ……。」


 魔紳士Aの視線の先で、滅王を地の底へ沈めたクロマがゆっくりと地面へ倒れ込んだ。

 力に体が耐えきれなかったのだろう、少しずつ粒子となって消えていく彼へホープを始めとする仲間達が駆け寄っていく。


「クソッ……クソックソクソクソクソ!!!!(アイツ、くたばるみてぇだが……乱入できない!あんな死にかけのくせに、近づけば確実に殺される……その意志を……確かに感じる……化け物が!!ふざけんなよ!!!!)」


 先程まで自身の立っていた場所を引き裂き、そこで輝く巨大な亀裂を睨みながら、魔紳士Aはマリーゴールドと共に蒼く光って姿を消した。

 横たわるクロマの体を抱え上げ、跪いたホープはまっすぐと彼の顔を見つめる。


「……馬鹿じゃないのか……!?」


「うるせぇ、滅王は倒せたんだから……いいじゃねぇか。」


 口元を震わせるホープの眼前でクロマの顔を勢いよく殴ったのは、彼と最初に出会った仲間の姫騎士であった。


「良くない……何も良くないぞ……私も、皆も……お前と話したい事が、楽しみたい事がまだたくさんあるんだ……行かないでくれよ!」


「……。」


 姫騎士と、彼女の後方で自身を見つめてくる多くの仲間達の顔を、クロマはもう直視できそうにない。


「……約束する……オレは……帰ってくるさ。」


 空を見上げようとして向きを変えたクロマの顔に、大粒の涙が落ちる。


「……そしたら、またお前らと……旅がしてぇな……もっとたくさんの仲間と会ってな、雑草なんかより美味い物もっとたくさん見つけてな……危ねぇ奴らが居たら、またオレ達でぶっ倒すんだ。」


 仲間達は皆、静かにクロマの言葉を聞き続ける。

 彼の体が胸のあたりまで粒子となり、そのほとんどが宇宙(そら)へと舞い上がっていった。


「……オレも、次はさ……ホープとか、ガイアさんとか、バーグみたいなめちゃくちゃ強い体に生まれるよ。そしたら……何回でも……皆を……世界を……助けられ…………。」


 掌に残った1握りの粒子をホープが握りしめた直後、勝利をおさめたはずの勇者一行の顔には、少しの笑みも喜びも無かった。

 大陸に響かせる悲鳴と共に、姫騎士(シオン)はクロマの救った世界を守り続けるための機関、ブライツの設立を決意する。

 そして、ホープは彼の言葉を信じ、彼の帰還を待ち続ける。


 ほぼ同時に、月ではクロマの意志を取り込んだ新たな天使、太陽の双子であり勇者の生まれ変わりとなった『アスク・スーリエル』と『リプラ・リュミエール』が誕生した。


 また、割れたコスモス大陸の底でも……。

 彼に砕かれた者が、世界に散らばった自身の身体を見つめていた。


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