第66話「だから」
「え?ブライツ本部で臨時の円卓主会議?……聞いてないや、パパとママも参加するはずだよね?」
「だろ?でも来てないから八美に確認させろって、親父が言ってきたんだ。」
まばらに人が残る食堂の隅で八美と月長が向かい合う。
「電話かけてみるね!……そういえばさっきなんで双葉ちゃんと話してたの?」
「なんとなく。」
携帯を取り出し耳にあてた八美に怪訝な顔で見つめられながら、月長は携帯を取り出してSNSを見始めた。
「……引かれたんじゃないの?下手にスキャンダル起こしたら10年前の戦争の事も掘り返されて、ますます彩人全体のイメージが悪くなるの覚えておいてよね。」
「わかったわかった……イバラキさん……出ないのか?」
彼女の耳元で携帯は呼び出し音を奏で続ける。
「……うん。」
「七尋さんにもかけてみたらどうだ――」
娘からの電話には2コール以内に出る、イバラキはそのルールを破った事が無かった。
「……早退する!先生に言っといて!!」
「え……わかった。」
体格を活かして疾走していく八美の背中を月長は無言で見つめる。
「(皆今日はなんか……違うな。)」
――――――――
「(ミラージュライブで見たアスク君達の戦い……世界中で起こった失踪と破壊の事件……白蛇宮での出来事……みんな繋がってる……パパ……ママ……大丈夫だよね!?)」
煌星学園から飛び出した八美の脳内で、ここ最近で見てきた多くの事件の景色がフラッシュバックする。
旧世界の遺物を利用して球状に生成された異空間の中、その端に向かって八美が手首につけていた時計型の機械を押し当てる。
「龍妖彩19のCポータルへ!」
そう叫んだ瞬間、彼女がつけていたソレの液晶にパスワードを入力する画面が表示された。
「急いでるのに――」
「ちょっとちょっと!!何処行こうとしてるんっすか!?!?」
「動かないでください!鬼百合 八美様!!」
背後で響く数人の足音。
ソレと共に聞こえる防護服が擦れあう音に、八美は歯を食い縛った。
「……護衛の人?私がパパから紹介された人じゃないでしょ。」
「その通りです……我々は『死神部隊』。隊長の命により、正規の護衛とは別に貴女を監視していました。」
「理由は聞かないでほしいっす、俺らもなんで監視しなきゃいけないのか教えられてないんで。」
ワッペンを見せつける副隊長の横で、馴れ馴れしい様子の隊員が肩をすくめる。
「隊長って……もしかして死神?明星さんなの?……ならお願い、行かせて……パパとママが危ないかもしれない。」
「円卓主夫妻が?……ごめんなさい、命令は絶対です。学園が終わるまではココから出すなと。」
「えぇっ……いいんすか副隊長?……世界はここ最近ずっと物騒です、もし本当に円卓主に何かあったんなら早く助けに行かないと取り返しつかなくなるっすよ――」
隊員の顎をライフルで勢いよく殴った副隊長が、苛立ちを隠さぬままマスクの隙間から煙を吐いた。
「言うようになったじゃないか……ただの隊員が。」
「うぐ……舌千切れるかと思ったっすよ!?」
「……ねぇ私もう行っていい!?」
パスワードを入力し始めた八美のすぐ横を、ライフルの放った風の弾が掠める。
怯んだ彼女が振り返った先で、副隊長がその冷たい銃口を向けてきていた。
「っ……!?」
「なんて事を……円卓主の娘に発砲したんすか!!大事っすよ!?!?」
「隊長は常に事態や被害を小さくするために動いてきたんだ!そしてその結果は確かに出てきているんだ!!円卓主の娘とはいえ……世間知らずな少女の独断と、隊長の意見なら……手足を撃ち抜いてでも隊長の望みを、私は叶えてみせる。」
煌星学園のある異空間、そこを包む光が赤く染まった。
鳴り響く警報音を聞いて副隊長が頭を抑える。
「「「!!」」」
「敷地内での無許可の発砲を検知しました。生徒および職員はただちに安全確保の行動をとってください。」
「……竜人は火と一緒に頭に血が上りやすいって、この前ニュースで一緒に見たっすね……副隊長。」
「黙れ!!!!」
「ぐぇっ!!」
銃口を押しつけられた隊員とマスクの横から火を漏らす副隊長を前に、狼狽えていた八美の視界の端で紫色の何かが煌めく。
「あれ?……双葉ちゃん!?」
「双葉?双葉って確かL.E.R.Iの所の……。」
「一葉さんの妹?一体あそこで何を――」
学園の隅、異空間の端へ突き刺した双葉の手が紫に輝き始める。
「は……?あれってパパとママが話してた……傀儡師を逃がしたっていう……紫の裂け目じゃ――」
「そこで止まれ!!林藤 双葉!!!!」
「妹さんアズノーンって聞いてたのに……アレ、明らかに力じゃあないっすか!?!?」
手刀で裂け目を斬り広げ、振り返る事もなく彼女はその中へ飛び込んでいく。
副隊長が駆けながら発砲した弾は異空間の端へ入り、水中に沈むかのように減速して消えていった。
既に消えた裂け目と双葉の姿を探し続ける副隊長と他の隊員達の様子を、馴れ馴れしい様子だった隊員が立ち尽くしながら見つめている。
「……行ってもいいっすよ、八美様。」
「えっ?」
「探せ!!隊長が本当に止めたかったのはアイツだ!!!!」
警報と副隊長の怒気を含んだ声に耳を傷めていた隊員が八美に向かって歩み寄り、彼女の背後を指差す。
「すみません……俺敬語使うのめっちゃ苦手で、こんな砕けた言葉でしか話せないんすけど、しっかりアンタの事すげぇ偉くて俺よりも強い人だって認識してるっすから……早くイバラキ様達の所へ向かってください、林藤 双葉が目の前であんな移動するの見せられたら、マジで居ても立ってもいられないでしょうよ!ご両親の元へ向かったかもしれないっすし!!」
「え……っ……うん!!ありがとう!!!!」
パスワードを入れ終えた八美が、目の前に現れた黄色いポータルへ飛び込んでポータルごと姿を消す。
ソレを見届けた隊員の後頭部へ冷たい銃口が突き付けられた。
「どういうつもりだ……ふざけているのか。」
「どうっすかね……俺はふざけた口調でしか話せないっすから……ま、人の心を優先したっす。」
冷たい銃口とは対照的に熱くなっていく副隊長の周囲の空気を吸い込みながら、隊員は歯を食い縛って目を閉じる。
「……っ……さすがにもうダメか……。」
「は?何がだ?」
隊員の目前にポータルが開かれ、副隊長が銃口で彼をその中へと押し飛ばした。
「うわぁ!?!?」
「各員ブライツに見つかる前に撤退しろ、私とこの馬鹿は八美様の監視と援護を続行する。」
「「「「了解。」」」」
竜の尾を揺らしながらポータルへ入っていく副隊長の背後で、音も無く死神部隊の隊員達が姿を消す。
――――――――
「外に出れた……!パパ……ママ……無事でいて!!」
ポータルから飛び出した八美が山の中にある階段を駆け上がっていく。
「うげぇっ!!」
その前へ転がり出た隊員の腹を思わず蹴り飛ばしながら、八美は目を見開いた。
「は!?行っていいって言ったのに追いかけてきたの!?!?」
「お……ぐ……わ……わざとじゃないんす……。」
「いつまでそこに転がっているんだ馬鹿者!!」
木々の隙間から現れた副隊長が隊員の首を掴み上げ、八美よりも先に階段を駆け上がり始める。
「あんたまで!?」
「円卓主の保護を優先する事にしました、責任はこの馬鹿と私がとります。」
「そ、そういや正規のブライツの護衛は今どこに居るんすかね?登下校を護衛するなら俺達を追ってきててもおかしくはないはずじゃ?」
駆け上がる2人と引きずられる1人、何本にも分かれている階段を副隊長と八美が迷うことなくあがっていった。
「オーダーと隊長は仲が良いんだ、説明はコレで十分だろう。」
「え、えぇっ……て、てか俺を一旦離して、くれませんか!?!?ケツ、がっ跳ねて!!痛いっす!!!!」
「(簡単に家に着けないようにするための階段なのに、なんでコイツ正解の道を知ってるの……死神部隊嫌いになりそう、ていうかもうあの死神も嫌い……!!)」
首を掴んでいた手を離され隊員が転がり落ちていく様子を尻目に、八美が副隊長と共に階段を登り終える。
「「……!」」
2人の前に現れた巨大な和風の屋敷。
八美の目にはその建造物が、見慣れていながらもとても異質な物として映った。
「早く見つけなきゃ……!!!!」
「お待ちを八美様!!!!……【断片ノ竜、右前足顕現】!!」
瞬時に竜のソレとなった右腕が八美の前を塞ぎ、腰にライフルをさげた副隊長が八美の顔を見つめる。
「うわ!?……何なの!?!?」
「……警戒は私がします、入り口周辺だけ先に確認させてください。」
静かすぎる屋敷の中を覗きこみながら腕の形を戻す副隊長の背後で、八美が手足に力をこめ続ける。
「……ありがとう……でも早くして。」
「……気配が全くない……危険は無さそうですが急いでください。ここまで気配がないという事は、イバラキ様達の身に何かあった可能性も――」
瞬時に駆け出した八美が家の中へ飛び込み、客間や様々な部屋の扉を乱暴に開けていく。
「速い……。」
「……ふ、副隊長……俺ケツの代わりに全身が痛いっすよ……。」
階段を這い上がって来た隊員と副隊長の視線の先、屋敷の中で耐えず扉を開ける音が何度も響いていた。
「……パパ!!!!」
「見つけたんすか!?」
「行くぞ!!」
玄関へ走り、2人が背中合わせに銃を周囲へ向けながら八美を探す。
「何これ……血!?吐いたの!?!?」
「上か!」
「行きましょう!!」
巨大な木できた階段や廊下を踏み鳴らし2人はイバラキの私室へたどり着く。
開け放された巨大な扉の奥、イバラキの体格に合わせて作られた机に彼が突っ伏していた。
「なんだぁ……!?書類も床も血まみれじゃないっすか!?!?」
「パパ!!返事して!?!?」
「……うァ……ァ……八……美……学園は……?」
イバラキが書類の上に吐いた血を顔に塗りたくりながらも力を振り絞って横を向く。
自身の背中をさすり続けている娘を視認してから、机の横に並ぶ2人の隊員にも目をやった。
「月長君からパパ達が会議に出てこないって教えてもらって、急いで帰ってきたの……何があったの!?!?」
「分か……らねェ……最近ずッと何となく調子が……悪かッたんだが……突然吐き気が……コイツら……はァ……誰だ……。」
「私達は死神部隊です、木槿隊長の指示で娘さんと共にイバラキ夫妻の安否確認へ来ました。」
「(平然と嘘ついたっすねこの人……。)」
書類や床のカーペットに染み込んでいる赤黒い血の色を見て副隊長が携帯を取り出す。
「……隊長に連絡します。」
「えっ?」
「は!?まずは救急隊呼ぶとかじゃないの!?なんで――」
副隊長へ掴みかかりそうな勢いで近づく八美を手で制止し、彼女は淡々と口を開いた。
「恐らくイバラキ様は滅光にあてられたのでしょう、かつてルルイエへ潜入した先輩隊員が今のイバラキ様と似たような死に方をしたと隊長から聞いた事がある……心当たりは?」
「滅光……あっ!白蛇宮にいたあのメカ月人!!アイツの蒼い光が……で、でもじゃあ何で私は大丈夫なの?」
「血筋的にも力的にも、八美様はイバラキ様や七尋様よりもめっちゃ強ぇ体っすから……もしかしたら代謝がやべーとか頑丈だとかで耐性があるんじゃないすかね……。」
隊員の脛を蹴りながら周囲の血痕を見つめ、副隊長はその不自然な黒さに眉をひそめる。
「……恐らく木槿隊長は滅光による身体への影響を無くせる遺物か何かを持っています、でなければ白蛇宮であなた達に同行していた彼や一葉さん達が死んでいない事に説明がつかない。そしてこの状態だと恐らく救急隊などでは間に合わない……隊長のソレに賭けるしかない。」
「痛ててててっ……あ、あの……もし仮にそんな遺物を隊長が持ってるとして、今隊長や一葉さん達がくたばってなかったり、不調を訴えてなかったって事は……早い段階で分かってたんっすよね?自分らが滅光を浴びたって……だからその遺物使って……影響をチャラにしてるんっすよね?」
「……えっ?」
脛を抑えながらゆっくりと立ち上がった隊員の指摘を、副隊長が咎める事は無かった。
「なんで……隊長はイバラキ様達には伝えなかったんすか?滅光を浴びて危険な状態だって。」
「……たまにこういう事をするんだ、隊長は……『必要で、避けられない事だ』と言いながら。」
「おかけになった電話は、電源が入っていないか電波の届かない場所にあるためかかりません。おかけになった電話は、電源が入っていないか電波の届かない場所にあるためかかりません。おかけになった電話は、電源が入っていないか電波の届かない場所にあるためかかりません。おかけになった電話は……――」
無機質な音声だけが微かに聞こえる屋敷の中で、鬼と八尺の魂が少しずつ光に蝕まれ消えていく。
「……必要……?だから?何。何なのそれ……なんでパパとママがこんな酷い死に方しなきゃいけないの?」




