第65話「目指す先は同じ」
「地球の皆様おはようございます、こんにちは、そしてこんばんは。NWニュースのお時間です……今日はわたくし伝エルが最新ニュースをお伝えします。」
煌星学園の食堂に設置されているテレビから、男性ニュースキャスターの声と静かなBGMが聞こえてくる。
「パピリオン市やコスモス大陸、獣粘彩などの世界中を襲った大事件から早くも1週間が経ちました。ブライツおよび政府は共同で、一連の事件に大きく関与しているとして滅竜教の教祖ダークリア・アイマトス氏とオルカ氏を指名手配および法外認定対象としました。」
会話も交えながらテレビを見つめ、食事を楽しむ生徒達。
彼らとテレビを食堂の隅から見つめていた暗い紫髪の女の隣で、水色の髪をした黒目の男が席についた。
「……ん?月長!?!?」
「初対面から円卓主の息子を呼び捨て?面白い奴。」
「事件発生以降、滅竜教を信仰していた人々が次々と行方不明になっているという情報もあり、残された家族からは心配と悲しみの声が多く上がっています。今回ゲストとして私の同僚でもあった現在行方不明となっている…………さんのご両親がスタジオに……――」
他にも席は空いているというのに、わざわざ自身の隣へ男が座ってきた事へ女性は吐き気を覚えていたが、その顔と髪色を見て彼女は更に吐き気を強く感じ始めた。
不快感からではなく、恐怖と罪悪感から。
「な、なんでわざわざ私なんかの隣に来たんですか……キ……キモ……んですけど。」
「時々君の事は目にしていた。いつもザ・陰キャってオーラを纏いまくってたけど……今日のはなんだか違う気がして、面白そうで興味がわいたんだ。」
「娘は滅王の怒りを鎮めて、滅震で悲しむ人を減らそうと……――」
「こんな事に巻き込まれるために滅王を信仰してたわけがない……――」
テレビから聞こえる老人達のなき声を聞いて、女が舌打ちと共に持っていたペットボトルを握りつぶした。
「うぉ……り、『林藤』?どうした……?」
「……そんな何も分かってないような状態で信じてたとか……アホだろ……。」
女の言っている事は聞き取れなかったが月長は、咄嗟に潰れたペットボトルから垂れるジュースをハンカチで受け止める。
「……うぎゃぁっ!?!?」
必然的にとても近づいた月長に気づき、女が食堂全体に響く程の悲鳴らしき奇声をあげた。
「え……なになに?」
「あれ月長様じゃん。ああいう子が好みなんだな。」
「結構グイグイ行くタイプだったんだね月長様……意外。」
自分達に集中してくる視線に気づかないふりをしながら、2人はそそくさと床のジュースを拭き取り始める。
「……なんかごめん。」
「こ、こちらこそ……。」
――――――――
ブライツ本部、会議室にて。
「アスク・スーリエル、明星木槿、ジャン・バルジャン、オーダー、ホープ・シュリエルド……もとい初代B.1エルピーダ、リプラ・リュミエール、そしてこの僕ライム……全員揃ったようだね。」
「オイ!俺も数えろよ!!」
席に着いた全員がライムを見つめている中、ライムの肩を強く掴みながらリプロダクションが怒鳴る。
「どうして会議に呼ばれてもいないというのに誰よりも先に君が居たんだろう……内容は後でオーダーか木槿さんから聞いてくれないかな?あんまり人数が多いと会議の進行に支障が――」
「1、2、3……8か……俺もギリ行けそうじゃね?」
「これからまだ増えるんだよ?師匠は支障になるから下がっててほしいな。」
「!」
音の出るボタンを取り出し押したリプラの横にいるアスクを数秒睨んだ後、リプロダクションは頭を掻きながら会議室の隅へ座りこんだ。
「増えるのか、なら仕方ねぇけど……盗み聞きはさせてもらうぜ。」
「はぁ……このまま始めてもいいですかね?シ長。」
「構わない……月へ繋いでくれ。」
「あら……皆!繋がったわよ。」
碧い星と白い光が無数に浮かぶ宇宙の下、灰色の大地の上で月人達と天使は暮らし続けている。
液晶の前で佇む月人のリーダー、レイズ・ミカエルの後ろで、青年ロイヤー・セラフィエルが安堵と共に小さく言葉を呟いた。
「(アスクの隣にいる黒髪の月人……リプラなのか?)……会えたのか……!良かった……。」
「(この方達が地球人……そのリーダーに相当する方々なのじゃな。)」
「(あ、堕天使……アスク君やL.E.R.Iと一緒に居るって事はやっぱり敵ではなかったのか。)」
後ろで手を組んでいる少年チェッカ・ガブリエィルと、髭を撫でている腰の曲がった老人リメイム・ラーフィエルが液晶を見つめる先で、会議室に集った者達も月人達の姿を見つめ返していた。
「やぁ、ジャン・バルジャン……色々とお世話になっていたけど、こうして話すのは初めてだね。」
「クリキンディー、世話になったのはこちらの方さ。パンドラの箱を完成させてくれた事も、クロマの事も……とても助かった。」
レイズの隣へ歩き、気さくに挨拶をするクリキンディーの視線は包帯に隠され続けている。
「(シ長とクリキンディー……この2人ってやっぱり繋がりがたくさんありそう?……僕達を作った張本人達……何をどこまで知ってるんだろう?)」
「(きっとこの会議で私達は確実に、情報や手段を共有していかなきゃいけない……私達双子が引き離される原因になった本当の敵が誰なのか、その敵を倒すのに向けてどれだけの人が協力しなきゃいけないのか……協力するためにどんな事を解決していかなきゃいけないのかも。)」
席に座る双子を見つけ、微かに目を細めていたレイズの事だけをホープはまっすぐと見つめる。
液晶越しに宇宙も跳び越えて届いた視線に気づいたレイズは、ホープの事も見つけながらもわざと液晶から目を逸らした。
「……そうだよね、さすがに……今はね……。」
「(そう、今は……互いに話をしたい人なんていくらでも居るでしょうけど、今は……。)」
「……僕達だけ話し続ける事を許されていい理由はないね、クリキンディー……始めようか。奴らを今度こそ倒すための行動を。」
「うん……最初に1つ聞いてもいいかな、どうして私達への連絡が今の今までされてこなかったの?よほど忙しかったの?」
「最後の連絡はおよそ1ヶ月前、L.E.R.Iの明星木槿から……アスク達の状況、堕天使との関係など俺達から見ると変わりすぎてて困惑しますが。」
クリキンディーとロイヤーの言葉を聞いたホープやアスクとリプラや木槿がそれぞれの顔を見合わせてから、月の面々が映るモニターに向かって揃ってバツの悪そうな表情を見せた。
「……あぁ、よほど忙しくてな。」
「白蛇宮から今日まで休む暇もあんまり無かったよね……。」
「コッチもめちゃくちゃ動いたんだよミカ!」
「……そうなのね……。」
ゆっくりと歯車が噛みあい、動き始めるかの如く会議は始まる。
――――――――
歯車は噛みあい、衝突し、互いにダメ―ジを与えながら1つの終わりを動かすために動く。
「食事が終わったのにまだつきまとっていたらそろそろ本気で周囲から誤解されそうだ……もうされてるかもしれないけど、またな。」
「え、あぁうん……月長君のハンカチも、明日あたり洗って返す……ね!」
食器をまとめたプレートを持って歩いていく月長の背中へ、女はジュースを吸い込んだハンカチを握りながら声をかけた。
「別に良いんだぞ……やっぱりお前ってなんか面白いな。」
「っ……何が面白いんだよ……ムカつく……。」
眉をひそめながら意味も無く反対方向へ歩いていく女の背中へ、今度は月長が声をかける。
「双葉!……また一緒に昼飯食べよう!!」
「……!……なんですかいきなり下の名前で呼ばないでください!」
驚いた様子で振り返ってからすぐさま早歩きで離れていく『林藤 双葉』の背中に、月長はぼんやりとした焦燥感を感じずにはいられなかった。
「ははっ、俺の事下の名前でしか呼べないクセに……ま、俺には苗字無いからだけど……。」
離れ、互いに背を向ける。
一方が濡れたハンカチをしまい、一方がプレートを片付けた瞬間。
双方のポケットの中で携帯が震え始めた。
「!」
「……!!」
震える携帯を冷静に取り出し、耳に押し当てる。
震える携帯を震える手で持ち上げ、耳にあてる。
「……父上……ブライツの会議に出る?他の円卓主も?」
「……はい……うん…………そう……ですか……。」
数十秒で終わった通話の後、一方はどこか薄暗い廊下へ、もう一方は食堂にいる背の高い女の方へ歩いていった。
「分かりました。はい、それでは……なぁ八美!イバラキさん達の事について確認したいんだが――」
「分かりました……はい……ついに来たんだ……やらなきゃいけない時間が…………あ、もしもし?お姉――」
――――――――
「……魔紳士A、マリーゴールド・ガブリィエル……彼らと繋がっていた元L.E.R.Iのロベリア・クレマチス……その全員が『新たなる秩序』にいるのなら、私達にとっての最大の敵はその組織で確定よね。」
「そうなるね……ねぇミカ、よかったら聞かせてくれないかな?魔紳士Aとマリーゴールド、アイツら敵になる前はどんな奴だったの?」
会議室にて少しの時が流れ、ホープがレイズにどこか柔らかい声で質問を投げかけた。
「魔紳士A……彼は私が天使として生まれる前に月のリーダーだった人よ……最初の月人……本当の名は『アダム』。」
その名と"最初の月人"という言葉を聞いた全員が目を見開き、会議室の中に微かな動揺が立ちこめる。
「最初の月人!?……ソレってクリキンディーじゃないの?」
「私はプロトタイプ……えっと、厳密に言うと第0号だね。アイツは第1号……集団から追放されて死んだのかと思ってたけど、別人みたいになって帰ってきた。」
「メアーに拾われ力を得たか。」
アスクがモニターのクリキンディーを見つめ首を傾げる横で、シ長が小さく低く呟いた。
「なるほど、道理でしぶとく生き延びてくると思ったらレイズ以上の経験値があったわけか……マリーゴールドは?……どんな奴だった?」
「……あなた達が地球へ消えた後に生まれた2代目のガブリエルだったけれど、真面目で好奇心旺盛で優しくて、正直敵になっただなんてまだ信じられないくらいよ。」
オーダーやリプロダクションやホープ、そしてアスク達がマリーゴールドの所業を思い出し、月側との印象の違いに困惑し始めた。
「もしかして別人だったりする?」
「いや、本人じゃないかな……月人は死んだら塵になっちゃうし、死体として動かすのも叶わないだろうから……。」
「まぁメアーって奴に洗脳されてたりするんじゃねぇかな、とにかく今は敵って事に変わりは無ぇんだ。」
優しく真面目だと言われていた天使が、人を拉致し改造し蒼い光で焼き尽くすような悪魔になってしまっている。
その事実は変えられない、今や彼女は敵なのだとレイズは画面越しに感じた空気に教えられた。
「(……待って、今のインヘリットみたいな話し方の声は誰?どこから話してるの?)」
「(あ、リプロダクションは死角に座りこんでるからミカ達から見えないのか……分かりやすく気にしてる……やっぱり根っこは変わってないんだな……ふふっ……。)」
「(なんで嬉しそうなんだコイツ?)」
ホープを怪訝な顔で見つめるアスクの横、シ長はクリキンディーを横目で見ながら懐へ手を入れる。
「今話せる、話す必要のある『新たなる秩序』の主戦力についての事はそれぐらいかもな……よし、ここに鍵がある。クリキンディーはコレが何か分かるだろう?そしてアスク君も。」
「鍵……『パンドラの箱の鍵』!」
「その『鍵』と、私達が作りあげた『パンドラの箱』によって『新たなる秩序』のリーダーと思われるメアーは封印されている……そのはずだったんだけどね。」
水色に輝く金属でできている枝のような形の鍵。
それはあくまでこの話を始めるために出しただけにすぎないのだ、とでも言うようにシ長は声を張った。
「旧世界を滅ぼし、月人を生み出し……俺達が封印するに至ったメアーは言わば『傀儡』だったようだ……本当の『夢の支配者』はまだどこかから俺達を見ている。」
「……見ている?……まさか、この会議も?」
ライムが呟き、偶然にも天井を見上げる。
何もないはずのそこに不自然さを感じ取られたか。




