第64話「太陽の双子」
「そうだね、君にはメリットも……拒否権も無かったのさ。」
マリーゴールドの手がアスクの眼前に向けられ、青白い光を纏い始める。
「(……避けられない……。)」
「【滅光の……導く道】。」
彼女の背後へ浮かび上がる尖ったノイズにまみれた文字が震えた。
その名が読み上げられる最中にもアスクは視界に映る情報を整理し続ける。
回避……不可能、間に合わない。
死月鉱による反撃……不可能、間に合わない。
援護……期待できない、B.3もB.12もここから自分を助けられはしないだろう。
アウレオラによる反撃…不可能、間に合わない。
突然現れる第3者による援護……期待できない。
『詰み』。
その2文字をアスクは蒼い光の中に幻視した。
避けられない、助けは来ない。
滅び、終わる。
滅光がアスクの頭上を撃ち抜く。
フードの焦げた臭いと共に、アスクは新たな気配の出現を感知する。
その気配の形はアスク・スーリエルが最も知っている者を表すソレに違いなかった。
パピリオンを照らす蒼い一筋の光が暗い深緑の髪へ迫る。
姿を消した少女は癖毛を揺らしながら靴底を緑に輝かせた。
「……リプラ・リュミエールド?どうやってここに――」
光速で放たれた蹴りがマリーゴールドの蒼く輝く拳とぶつかりあう。
滅びの光と、堕ちた光。
それらを纏いながらぶつかりあった最強の人類が生み出す衝撃は、パピリオンに残っていた内4割以上の建物を吹き飛ばす。
「【滅纏】。」
「【光閃の堕着】!!」
「WTF……!?!?」
「な、何!?!?」
「うわぁぁぁぁ……っ!!!!」
頭上で発生した衝撃波によって押し潰されそうになりながらもアスクの気分は高揚していく。
欠けていた、満たされていなかった何かが再び繋がり、アスクの中で爆発するように輝いた。
「【謳華流 万桜】!!!!」
「……!」
喜び、安心、恐怖、様々な感情がせめぎあった結果発生した果ての無い興奮を発散しきるように。
アスク・スーリエルの両手から、死月鉱の刀と無数のアウレオラが飛び出した。
マリーゴールドが体を仰け反らせ、自身を切り捨てようとした刀の先を見つめる。
斬撃を複製した100個のアウレオラと、紫と翠の粒子が舞う景色はまるで星空のように煌めく。
「中々――」
「【バル・ドドドール】!!!!」
「【マーナガルム】!!!!」
放たれた光線の乱撃と破裂した刀が、マリーゴールドの体を通過した。
「……良いじゃないか。」
赤紫の粒子となって散りゆくマリーゴールドの体と魂を、アスクとリプラは歯を食いしばりながら睨みつける。
「そんな顔をする必要はないさ、君達の勝ちなんだから……2人が揃うだけで一瞬の内にここまで私を追い詰めてくるとは、本当に驚いた。」
静かに笑うマリーゴールドは高く止まったような態度で2人を見つめている。
「さすがは『太陽の双子』……『七芒星の勇者クロマ』の残骸を取り込んで生まれた、クリキンディーとジャン・バルジャンの最高傑作。」
マリーゴールドの姿が粒子に分解されて空に散り、彼女の笑い声だけが夜空に響いた。
「もう少しデータを取らせてくれ……もしかしたら君達こそが本当の支配者になれる存在なのかもしれないからね……ふふ……ふははははっ……!」
「……データ?」
首を傾げたリプラの隣からアスクが彼女の肩を優しく叩いた。
「リプラ……あれ!」
「!」
アスクの視線の先、瓦礫の中から這い出したピューパッドの輪郭が黒く歪んでいく。
「私が……奪う側……奪わレる側じゃ、モう、なイ……絶対……絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対奪うウバウ私ガ奪うんデす……私が私がワタシが私が私が私が私が私が奪う側ガワなンだ!!!!」
「なるほどね……アイツが残格霊になる事も想定済みだったわけ……か。」
ピューパッドの目から、涙のように紫雷が溢れていく。
ゆっくりとアスクとリプラへ迫っていく彼女の姿はやがて巨大な異形へと変わり果てた。
「鵺?鵺みたいだ。(旧世界にはこんな化け物がいたんだな……知ってるのに知ってる感覚……やっぱり気持ち悪いや。)」
「……リプラ!」
深緑の光を構えたリプラの隣で、少年の笑顔と死月鉱が輝く。
「僕達で……やっちゃう?」
希望に満ちた顔で親友を見つめるアスクの隣で、少女の決意に満ちた眼差しが光り輝いた。
「……うん!……やっちゃおう!私達で!!」
直後、ピューパッドの背後に広がっていた空間が歪んで割れていく。
紫の裂け目から飛び降りるようにして現れた人の形をした無数の何かは、全てが黒いハルバードを握りしめている。
「闇の兵士……!」
「闇の兵士?」
一糸乱れぬ動きでピューパッドの後ろへ並んでいく兵士達を見つめながら、リプラはアスクと顔を見合わせた。
「滅王が作った自我のない人形の兵士!人型の月兎みたいな物!」
「なるほど……ねぇリプラ!」
暗く歪み続けるピューパッドの影、その背後で武器を煌めかせる闇の兵士達。
それらが揃えど、少年少女の表情から輝きが消える事は無かった。
「あいつらも全部やっちゃう?……僕達で!!」
「……うん!やっちゃおう!私達で!!」
僕達、私達。
それぞれが秘めた、または秘められた意味の違いを感じ取って、リプラが勢いよく振り向いた。
「【葦那陀迦神】!!」
「【赤兎馬剣】!」
アスク達の頭上を巨大な葦の束と火柱が通り過ぎていく。
それぞれが闇の兵士達を尖った針や熱で殲滅していく様子を、木槿とホープが見つめていた。
「木槿……と堕天使!?」
「来てくれたんだ……!!」
赤いレジスタンサーを纏った木槿が、ただ黙って後ろを指差す。
「「……!!」」
「全員集合……ってワケじゃないけどさ、アイツらをぶっ倒すには十分な数の英雄達が集まったわけだ。」
新緑の裂け目から飛び出した少女と老人が、それぞれの手からナイフとハンマーを形成する。
「【イノベイティブ・レイ】!!!!」
「【エレファンツ・ショットグラス】!!!!」
瓦礫の陰から飛んできた魔法少女とガンマンは、すぐさま巨大な1発の攻撃を放って兵士達を宙に散らしていく。
「増援なのか?……まぁいい、アッセンブルって感じがするんでな!アツいのは嫌いじゃない!勢いに乗らせてもらう!!」
「……この感覚……まさか!来てくれた!!」
マジカルガールがざわつきだした自身の胸を強く抑える。
空気が張り詰め、風が紫の裂け目に向かって強くふきつけ始めている。
パピリオンを見下ろす上空にて。
遠方で上がる火柱を見つけたオーダーが、その手から出した直剣を振り上げた。
「よう!!俺も混ぜろよ!!!!」
「リプロダクション?来てたのか……反対側から撃ってくれ。その方が効率的に奴らを――」
オーダーと同じオーラを纏いながら、リプロダクションは彼女の肩へ体重をかける。
「まぁまぁいいじゃんかよ……弟子の前だしよ、かっけー所見せてやろうぜ?」
「……討ち漏らすなよ。」
空に浮かんだ2人の英雄が、全く同じ構えで剣を握りしめた。
「「【BREAK】。」」
裂け目から現れ続ける数多の兵士達の9割9分を粉微塵になるまで切り捨てながら赤と青の閃光が、紫に輝く裂け目の中へ飛び込んでいった。
「うひゃー……ありゃすごいや。」
アスクとリプラの頭へよりかかったホープが前方から迫るピューパッドを睨む。
「……やっていいよ?私もオーダー達も……間近で見てみたいのさ、君達の連携を。」
「……言われなくともやるけど?」
「私達がね!!」
アウレオラと光を利用して、2人が一瞬のうちに姿を消した。
ホープはその勢いによって吹き飛ばされながらも、華麗な着地をきめて微笑んだ。
「決めちゃいな……!」
鵺のような、巨大な獣型の変霊となったピューパッドが苦しみもがくように暴れる。
「ヨォォォォこォォぉォセェェェェッッっッ!!!!」
「誰がお前なんかに、何も渡してやるもんか!!!!」
「もう2度と私達は離れない!……誰にも奪わせない!!親友だから!!!!」
ピューパッドの放った黒い針を避けたアスクとリプラは、軽やかに空へ舞い上がった。
「リプラ!」
「アスク!」
互いの手を握りしめた双子の視線が、ピューパッドへまっすぐと向けられる。
「「【突き抜けろ死月鉱】!!!!」」
手中で死月鉱の粒子が光速を纏い、双子の手から飛び出した。
瞬間的にだがオーダーの最高速度すら上回った死月鉱は、薄紫に輝くレーザーのようになって夜空を照らす。
レーザーは雷よりも速く現れ、光よりも早く消えていった。
ピューパッドと、その後ろにあった全てを道連れにして。
「……。」
「アレが……月人の本気なんだネ。」
闇の兵士達を殲滅していく英雄達を見つめながら、シ長はただ腕を組んでいる。
その隣で佇むガーベラは双子が消し飛ばした景色をその目に焼きつけていた。
「ガーベラ・バスクエダ。」
「……ン?なんですかネ?」
自身の腕へ指を食い込ませながら、シ長は『居ないはずの何か』へ最大限の警戒を始めていた。
「……パンドラの箱が無い……誰が持っていった?……アレは……僕らが何重にも封印をかけてようやく完成した物……鍵が無い限り、中にいるメアーが外へ干渉したりする事は絶対に出来ない……。」
「……もし本当に干渉ができないなら……そもそも誰がマリーゴールドや魔紳士Aをメアーの仲間にできたんだロ?」
辺りで響く轟音も、ガーベラの声も遮断したままシ長が頭を抑える。
「僕らは……メアーを封印できていないのか?……いや、まさか……僕達がメアーだと思っていた者はただの――」
――――――――
「ふむ……このアレンジも中々いいね、ありがとうカラスカ。」
「礼を言わせていただきたいのはこちらの方です!あなた様の衣装を仕立てられた事、カラスカ一生の名誉にございます……!!」
白い天使の服を纏ったマリーゴールドが跪くカラスカへ目を細める。
「(正に生ける彫刻……この方の白雪の肌に似合うのは、やはり白!!!!)」
「……やはり粒子回帰式での移動は生物や月鉱以外を分解してしまうのが痛いね。永い時を共にしたあの服ともお別れとは。」
少しだけ残念そうな素振りを見せた後、マリーゴールドは微笑みながらこちらを向いた。
差し出した箱を受け取った彼女の手の上で箱が微かに震える。
「回収してくださったのですね、助かります。」
「……え?(アレはパンドラの箱……今いったいどこから取り出した?……それより……何故あの人は"壁"と話している?)」
カラスカが壁というそこには何もない。
何もないのだ。
何もない、その認識が空間に無理やり貼り付けられているような気がしたカラスカは慣れない感覚に後ずさっていた。
「……完全に狂っていますね。爆弾と同じような扱いしかできなさそうです。」
「(狂っている?……箱の中身が?その中にはメアーという我々が従うべき存在がいると……あなたが以前そう話していませんでしたか?……あの人があの姿で敬語を使う所なんて初めて見たが……一体誰と話しているんだ……!?)」
得意気な笑みと期待するような眼差しの前で、マリーゴールドは箱を指に乗せ回してみせる。
「そうですね、わざわざこんな用済みの存在に執着する必要はない……準備は整いつつあるのですから。」
「(ハグマーダーのソレとは違う……認識を捻じ曲げる力なのか?彼のは自身を隠すために作用しているような、臆病な印象を孕んでいたが……っ!?!?)」
認識を調整し、この姿をカラスカに見せてみた。
自身の前にぶら下がる、1対の腕を見た彼の呼吸が酷く乱れていく。
「ひ……っ!?!?(……腕!?!?……メイド服のようなものをまとった、腕……腕だけしか認識できない!?そう制御している!?!?……いや、違う?この腕……大きさも、長さも分からない……確かに目の前にいる……なのに……指先から腕の付け根を目線で辿ろうとしても、いつまでたっても……辿りつけない……!?この……世界の外……から……伸びているというのか?何者……コイツは一体……いや、この方はいったい――)」
「メアーさ、この方こそが『本当のメアー』なんだ。」
腰を抜かして倒れこんだカラスカの背中を支えながら、マリーゴールドは彼と同じ物を見て笑みを浮かべた。
「……本当の?……では、あの箱の中身は……?」
「あっちは『かつてメアーの名を託されていた者』が期待に応えられなかった成れの果てさ。本物、偽物というよりは……本体とソレが操っていた存在と言えるだろうね。」
2人が"虚空"を見つめていると、どこかから轟音が鳴り響く。
――――――――
「コレは……!?」
「……人なの……か?」
闇の兵士を生み出し続けるおぞましい肉塊が裂け目を越えたオーダーとリプロダクションの前で蠢く。
「ぁ……ン…………様……あ…………。」
投げつけられる黒いハルバードを全て跳ね返しながら、2人は肉塊とその周辺に広がる黒い大地と赤黒い空を見つめた。
「コスモス大陸なのか?ここは……何が起こっている?人の気配が無い。」
「……オーダー……コイツ、人の接ぎ木だ。どうやってか知らねーけど、滅王と同じ力持ってる奴を見つけ出して……たくさん体を繋いで一度にたくさん兵士を生み出せるようにしてやがんだ……。」
肉塊に飲み込まれながらも、微かに動いた手をそっと握りながらリプロダクションが歯を食い縛る。
オーダーは周辺と肉塊を交互に見つめ、警戒を続けていた。
「緑の鱗のチビ竜人……肉球に肉球型のホクロがある犬の獣人……さくらんぼのカチューシャつけてるチビ彩人…………オーダー、ブライツの資料で見た行方不明者の情報な、俺お前に対抗してたくさん人見つけられるように全部覚えたんだ……ソレが、こんな形で役に立つのかよ。」
「……その肉塊の中に……ダークリア教祖など滅竜教の人間はいるか?」
遠くに見える滅竜教の施設の中にも、聖堂にも、人々が暮らしていたはずの街の中にも人の気配はもはや無くなっていた。
居なくなってから、数か月は過ぎていたかのようだった。
「全員裸か私服だぜ……滅竜教の服着てる奴も、ダークリアもこの中には居なさそうだ。オルカが居たって俺達には分かんねぇ。」
「……どこに消えた?どこに逃げたんだ?」
肉塊を挟んで、裂け目を越えようとする兵士達を切り捨てて調査を続けるオーダーとリプロダクションの真上から、ただただ見つめていた。
これから消える、楽しい楽しい夢のある世界を。
2大勢力編 完




