第67話「何もかもを捨てなければ」
「……死神部隊……来てない……か。」
裂け目から飛び出した双葉が周囲の山と点在する家々を見渡して溜め息をつく。
「ワンチャンお姉ちゃんに木槿さん経由で連絡行ったかもなー……あー……もう。」
空を見上げる彼女の目は酷く濁っているようで、日光のほとんどを跳ね返さずに吸い込んでいった。
「……それなら、それで――」
遠くからエンジン音が近づいてくる。
音の方へ目をやった双葉の視線の先で、白い乗用車の中から一葉が手を振った。
「ダメ……か。」
「双葉ー!」
――――――――
「大丈夫?突然お腹痛くなって、保健室の先生からも早退しろって言われたんでしょ?」
「うん……それより、ダメ元で電話したのに来てくれたんだ……上司の人まで一緒に?」
「同僚だ!!年は離れてるがな!!!!」
「(うるさ。)」
広がる田畑へ目を逸らす双葉の隣でコリウスが大口を開けて笑う。
「今お姉ちゃん達ね、ブライツの人と一緒に仕事してるんだ。今はブライツと木槿さん……所長が動く段階で私達の方にはちょっとだけ暇が生まれたんだよ。」
「そうなんだ……やっぱりお姉ちゃんはすごいね、オーダーとも会ったんでしょ?」
山の下に広がる田畑を見つめる双葉の目には、多くの考えが詰まりすぎていた。
「うん、会ったよ。とてもすごい人だった……私と年齢まったく変わらないのに、世界の平和を一身に背負ってるんだもの。」
「……お姉ちゃんだって年齢のわりには大きい物背負ってるでしょ?……ね、コリウスさん。」
「お!?あぁ!!一葉お姉ちゃんはすごい人だ!!!!」
姉妹の会話に入らないよう気遣っていたコリウスがぎくしゃくとした様子で叫ぶ。
緑が多く配置された風景の中で、白い車は何度も通った事のあるこの道をまっすぐと走っていく。
「一葉お姉ちゃんって……なんですか?その呼び方。」
「君には遠い昔に一度会った事があってな!!その時に一葉の事をそう呼んだ記憶がある!!!!」
かつてこの辺りには一葉と双葉の祖父達が住んでいた。
2人の両親は滅震に殺されてしまったし祖父達ももう生きてはいないけれど、それでも姉妹にとってここは今も第2の故郷のような場所だ。
人気の無い道を進んだ先、土地の前で車がタイヤを止める。
「おじいちゃんの家の跡地?……お姉ちゃん、なんで……なんでここに止まったの?」
「……なんでかな、なんとなく……止まらなきゃいけないような気がして。」
この世界の人間は時折、どこから来たのかも分からない思いつきに行動を制御される事があった。
何も知らなければ、何にも気づかなければこんな事には誰も嫌悪感も違和感も覚えない。
「(あぁ……そうか……ここでやらなきゃいけないんだ……こんな所で、終わらせようとするんだ。)」
双葉の脳裏にフラッシュバックかの如く現れたいくつかの声と景色。
まだ両親すら生きていた頃の記憶の中では、ここにはとても立派な木造の家が建っていた。
――――――――
「来たか双葉。さぁさぁ……自分の持った力には気づいているかな?おじいちゃんに見せてみろ。」
「……どうしてこんな事をしなきゃいけないの?」
家の中の大きな居間で双葉と祖父が向き合って座りこむ。
首を傾げる双葉の前へ、祖父は自身の手を出した。
「……これはおじいちゃんの力だ、氷を生み出す力……とても強い、でも林藤家の中ではまだ弱い方なんだ。力の強さは本来遺伝しないという事、いつか読ませたいじめを防ぐ絵本にも書いてあったかな……全くのランダムなはずなんだ。」
「遺伝って何?それが6歳の時に皆1人で呼び出される理由なの?」
暑い夏だったから、幼い頃の双葉は差し出された氷を額に押し当てながら祖父へ尋ねた。
祖父の顔に少し影がかかり始めていた事など6歳の子供には気づけやしない。
「おじいちゃんの娘……双葉と一葉のお母さんは紙で折った鶴を自由に操れる……全力を見せてもらった事は無いだろうけれど、あの子の力も恐ろしく規模が大きくて強いんだ。遺伝というのは目の形や顔つきみたいに、先祖から子孫にかけてどこか似ている所が現れる事なんだよ。」
「ふぅん……力は似ないって事だね。」
風鈴が澄んだ音を奏でていたはずだけれど、思い出の中ではどこかその音は籠っていた。
今の双葉にはもうその音に濁っている以外の感想を抱けなかった。
「そうだ、強い人と強い人が結婚したって……妖人のような体に力が刻まれているような人達以外からは強い力を持った人が生まれてくるとは限らないんだよ、でも林藤家は……彩人だけれどおじいちゃん達は違うんだ。」
「違う……林藤からは強い人と強い人からもっと強い人が生まれる?」
鮮明に思い出せる記憶は必ず『自分以外の何かに記録されている』と思いながら、双葉はあの日から毎日その祖父との会話を思い出している。
「そうだよ、何かの運命か呪いかもしれないけれど……事実はそうなんだ。君のお姉ちゃんはとうとう空間に干渉できるほどの力を持って生まれてきたよ。」
「……私も。」
小さく呟いた双葉の言葉を耳にして、祖父は優しく彼女の肩へ手を置いた。
「そうなのか?他の人にもう見せてしまったかい?」
「ううん、よく分からないから怖くて自分だけ知ってる……ママとパパにも見せてない。」
俯きながら手を広げた双葉の目の前で、彼女の手がティッシュを裂くように空間を裂いていく。
紫色の裂け目を見て、祖父は動揺を隠しながらも双葉の肩へ置いていた手を微かに震わせた。
「まさか……双葉、この力は……これからも誰にも見せちゃダメだ。もしかしたらこの力はお姉ちゃんのソレよりも素晴らしくて……狙われる力かもしれない。」
「狙わ……れる……?誰に?」
自分の背後に現れた裂け目を通じて聞こえる自身と双葉の声に冷や汗を垂らしながら、双葉の祖父は彼女を抱き寄せる。
「……誰かに、きっととても恐ろしい人に狙われる……だから、この力は……本当に危なくなった時にだけ、自分のためだけに使いなさい、いいね。」
「……――」
この時双葉は自身が祖父の言葉にどういった返事をしたのか、そしてそれ以降を鮮明には思い出せなかった。
家族にはアズノーンだったと嘘をついてから間もなく両親が死に、祖父の家で姉と共に暮らし、中学生になるまでの記憶がノイズに包まれたように思い出せなくなっていた。
「ねぇ、そこの君。」
「……はい?」
断片的に思い出されるあの女の声。
白い髪と紫色の目を輝かせながら自身に期待してくるマリーゴールドの声。
「コレを理科室まで運んでくれないかな?あたしはこっちを運ぶので精一杯で。」
「……!」
見るからに重そうな顕微鏡を大量に持ち上げる彼女の目つきから、双葉は悟った。
知られているんだと、あの時から一度たりとも使ってこなかった自身の力を。
「……ふふ、安心してくれよ……辛い目には合わせないからさ。」
「……。」
時が経つ。
「この腕輪……なんですか?遺物……?」
「遺物だね、改造した物だけれど。」
「改造!?遺物って改造できるんですか……!?」
「あたしにかかればね……コレを通じて君に対価を支払えば、あたしは君の力を少しの間使えるようになる。」
「えっ。」
「詳しい事はまた後日伝えるけれど、このUSB1個を運ばせてもらうくらいで50,000G……スイカくらいの物からは100,000、それ以上の物は10cm大きくなるごとに200,000、300,000……これならどうかな?」
「……そんなのダメに決ま――」
「姉がいるだろう、彼女だけに苦労させてしまうのは可哀想じゃないかい?」
「!!」
「……既にあたし達は君に何回も助けられてきた……これからも助け合おうじゃないか。」
時が経つ。
裂け目が月を裂いて、獣を通して。
金属の化け物を通して。
薄ら笑いを浮かべる怪物を通して。
地球を裂いて。
兵士が通って、世界を踏み荒らしていった。
食堂、震える携帯を震えた手で握りしめる。
「……はい……。」
「動き始める、残念ながら君の姉は消さなきゃダメだった。」
「……。」
「この世界はもうもたない、新しい世界でやり直さなくてはダメになった。」
「……うん……。」
「君にはとても世話になった……どうか、共に新たな世界へ来てくれ。」
「……そう……ですか。」
「電話で林藤一葉とコリウス・ティスポッサを呼び出せる……舞台は夢の支配者が用意する……消しに行け。」
「……。」
「あたしも、支配者も……君を見ているよ。」
「……分かりました。」
――――――――
避けられない事だ。
避けさせやしない。
「おじいちゃんが死んですぐ家は無くなっちゃったけど……この空気は変わらないね。」
「……うん。」
「爽やかで良い空気だな!!墓を建てて眠るならこんな場所がいいかもしれん!!!!」
双葉が着ていた制服のポケットの中に、黒く冷たい物が現れる。
「……50000G……。」
「やめてくださいよコリウスさん!洒落になってませんって!!」
「ハハハハ!!いやぁ、スマンな!!!!本当に綺麗な空気の場所で――」
「ごめんなさい。」
元々吹いていたかも怪しい風が、確かに止んだ。
一瞬、それぞれ全員が視界を覆われたような気分に襲われた。
「……双葉?なんで謝って――」
気づけば握っていた銃の引き金は、双葉にとって恐ろしいほどに軽かった。
唯一の肉親へ向けたはずのソレにしては、とてもとても撃ちやすかった。
「(私の開けた裂け目でパピリオン市がめちゃくちゃになって……一生遊んで暮らしたって余るほどのお金が口座に入った時に、もっと早く気づいておけば良かったって思ったよ。)」
「がは……っ!?!?」
一葉は双葉を車に乗せてから、その顔を見忘れていた。
もう彼女が知っている林藤 双葉はどこにもいないという事に、そのせいで気づき損ねたのだ。
「(あの悪魔に魂を売って……もう私も悪魔になってたんだ……いや、それ以上に恐ろしい……化け物になったんだ。お金なんて使わない、使えない……自由を知らない怪物に。)」
姉妹の間で土地が赤く染まる。
「……コリウス……さん……?」
喉に熱い銃弾を撃ち込まれ首を抑えながら倒れたのは咄嗟の判断で2人の間へ割り込んだ、一葉にとってのかけがえのない家族の1人だった。
煙を吐き続ける銃口を姉へ向けたまま、双葉がゆっくりと視線をコリウスから一葉に移す。
視線を落としたまま、一葉が白衣の懐から取り出したピストルの先を妹へと向ける。
凪いでいた風が再び吹き荒れ、双方の髪を撫でて持ち上げる。
はっきりと見えた姉妹の目にもはや迷いはない。
迷っている暇など、2度と来やしない。
「「……どうして!!!!」」




