第61話「エックス」
「【アウレオラ・ミルフィィユー】!」
気流から飛び出したアスクの背後で幾重にも重なったアウレオラが、彼を弾き飛ばす。
遠くで微かに煌めいた月鉱と、それが纏う殺意へ一瞬にしてアスクの手が掴みかかった。
「(月鉱を、この子供も操れるでござるか……!?)」
しなやかな動きで着地したピューパッドを睨み返しながら、アスクがその手中に月鉱の針をしまう。
「(感じる……コイツを介して……マリーゴールドが僕を見ている……!)」
建物の陰に退避したB.12が、アスクとピューパッドを交互に見つめながら息を荒らげた。
「……Same eyes……!」
両者が踏み出す足へ力を入れた事が、周囲に威圧感となって伝わっていく。
睨み合う2対の目は瞬きすることもなく、互いの意思を探りあっていた。
「(……元地球人の月人……僕と同じ……堕天もしてないスリエル……。)」
「(私と同じ……でも、遥かに……恐ろしく強い……こんな子供が……。)」
張り詰めていた空気が微かに揺れた瞬間、ピューパッドの背中から6本の月鉱針が飛び出す。
ソレを殺意として事前に察知していたアスクが、首元の死月鉱を大鎌に変形させて振り回す。
蜘蛛の足のようにきしめく月鉱が、常人の目では視認不可能なほどの速度でアスクを刺しにかかる。
それらを的確に弾きながら、アスクは大鎌の1部から欠片をちぎりとった。
針による乱撃からの防御をこなしながら、彼の右手からさりげなく死月鉱の欠片が放り投げられる。
「【マーナガルム】!」
「にゃ!?!?」
突然現れた強い死の気配に驚き飛び退いたピューパッドのこめかみを、弾けた死月鉱の欠片がかすめる。
傷から垂れる黒い液体を肌で感じながら、彼女は歯を食いしばった。
「怖いの?」
「っ……!(見た目で判断しちゃいけないですなぁコイツ……慣れている……明らかに格上……!!!!)」
大鎌を構えながら歩み寄ってくるアスクへ、ピューパッドが繰り出した月鉱の針が軽々と弾かれていく。
鎌に止められた針が瞬時に彼の手に触れられ、彼女の背中から抜けていく。
先程まで自身の手足のように自在に動かせていた月鉱の制御を奪われた感覚に恐怖を覚えながら、ピューパッドが高く飛び上がった。
「さ……【散々の月】!!!!」
ピューパッドの投げ飛ばした月鉱のクナイが空中で分裂し、豪雨のような量でアスクに降り注ぐ。
「【走行装甲球】!」
クナイの雨に隠れたアスクの周りを死月鉱が瞬時に囲い込み、球状になったソレの後部が光り輝いた。
危険信号に覆い尽くされそうな視界の中、ピューパッドは空中で近くの建物へ月鉱の糸を突き刺す。
クナイを弾き飛ばし、突撃してくる走行装甲球が彼女の眼前に迫った。
「ひっ……。」
縮んだ月鉱が彼女を引っ張り、走行装甲球の突進が間一髪でピューパッドに躱される。
吹き飛ばす力が減衰し、落下を始めた走行装甲球の両横から伸びた糸が建物に張りついた。
「真似させてもらうよ!」
糸が張り、建物の壁がひび割れて歪んだ。
再び外壁をはじけさせた走行装甲球が再びピューパッドに襲いかかる。
「!!」
再び月鉱の糸を放ち、建物と建物の間をピューパッドが舞う。
「逃がすか!!」
過ぎ去る走行装甲球の真横をピューパッドが通過するタイミングを狙い、アスクが大鎌を振り回しながら走行装甲球から飛び出した。
「ぎにゃあっ!?!?」
「っ……!!!!」
ピューパッドの振り回した鉤爪が、大鎌とぶつかりあって異様な音を響かせる。
宙を舞い、落下する間に両者は幾度も鎌と爪をぶつけあった。
援護のために建物の陰からライフルを構えていたB.12が静かにソレを下ろし、退避のために走り始める。
「なんだアレ……首を突っ込める所は無さそうだ。」
両者が着地した直後、足裏に仕込んでいた死月鉱を破裂させたアスクが瞬時にピューパッドの懐へ飛び込む。
「【孤独見下ろす満月】!!」
「えっ……ひぎゃぁぁぁぁっ!?!?」
間近で弾け、急速に迫る大鎌に対してピューパッドが叫びながら月鉱の壁を作り上げた。
避けなかったがために凄まじい衝撃が伝わり、浮き上がったピューパッドの体が何件もの建造物を貫通して吹き飛んでいく。
「っ……ぎ……っ!!!!」
「逃がすな!【クロスド・アウレオ・ライナー】!!」
激突したピューパッドによって崩れた建物の中へ4つのアウレオラが飛び込んでいく。
少しして、まるで十字架に磔にされたような姿勢で気絶したピューパッドが夜空へ浮かび上がった。
「寝てる……?なんだよ……何者なのか聞こうと思ったのに――」
――――――――
「【スター・ドロップ・レイン】!!」
宙に浮いているマジカルガールがステッキを円形に振った直後、彼女の周囲に黄色い球状のエネルギーが現れる。
振ったステッキを頭上で止め、彼女が勢いよくソレを振り下ろした瞬間。
幾百の光球がパピリオンに降り注ぐ。
建物を避け、まるで意志があるかのようにそれぞれの光球が窓などの隙間から屋内へ入り込んでいった。
「ぎゃあっ!!!!」
建物の入口付近で光球が爆発し、そこに隠れていたピューパッドの手下が転がり出てくる。
「ぐぇっ!?」
「うわ……っ!!!!」
「ぎぇっ……!!」
「ぬわぁぁぁぁっ!!」
「なんだぁぁ!?!?」
彼らが光球の爆発によって次々にマジカルガールの視界へ弾き出されてきた直後、彼女は全員の数を確認した。
深く息を吸いながら、マジカルガールは自身の前でステッキを回す。
「【ハグット】。」
マジカルガールのステッキから現れたドーナツのような光の数は、ピューパッドの手下の数と一致していた。
ドーナツ形の光球が手下達を囲み、骨を折りそうな勢いで締めつける。
「し、死ぬ……。」
「ぐぇ……や、優しくねぇ……。」
「助けて!ブライツ大好き!!!!」
「箱推しなんて温いのよ!……私のファンでもなければ、法外認定を受けた奴らになーんで優しくする必要があるのよ。」
マジカルガールが横目でアスクとピューパッドの居る方向を見た瞬間、いくつもの建物が轟音をたてて崩れ去った。
「……!?被害出しすぎでしょバカ!!!!」
彼女が眉をしかめていると、建物の崩落時に発生した煙の中から、アウレオラに縛られているピューパッドが浮かんできているのが見えた。
「倒せたならいいけど始末書ものでしょコレ……B.X……かつてオーダーさんももらった事がある『緊急事態に即戦力として数えられた者』に与えられる呼び名……つまりは非正規雇用?……あれ、コレ私が損害の責任とらなきゃいけないの?」
――――――――
妖の円卓主、鬼百合家の自宅。
私室の中でイバラキは携帯の画面をまじまじと見つめていた。
「……おい、なんだコイツァ……なんでアスクがブライツと一緒に戦ッてんだ!?!?……いや、それよりもこのピューパッドッて奴の目――」
携帯が震え、八美の写真と共に緑と赤のボタンを映し出す。
「……はァ……。」
通話ボタンを押した瞬間、八美の叫ぶような声がイバラキの部屋に響いた。
「ミラージュライブ見てる!?!?」
「見てるけどよォ!?お前まだ煌星学園に居るんだろうが!!アングラな物の名前堂々と出してんじャねェ!!!!」
ミラージュライブ、それは裏社会やブライツに通ずる何者かが、ブライツの職務風景をドローン等で盗撮してSNSに共有しているものの総称。
「な、なんでアスク君が戦って……しかもあのピューパッドの目って……。」
「間違いねェ、魔紳士Aと同じ模様だァ……。」
通話の向こう側、煌星学園にある空き教室の隅で八美はミラージュライブを凝視していた。
「……何はともあれ……勝ったみたいでよかった……。」
「あァ……そうだな。」
配信の音声と共に聞こえるイバラキの声は、安堵したような優しさを含んでいた。
片手で携帯を持ちつつ、八美が胸を撫で下ろした瞬間。
――――――――
「うっ。」
空中に縛り上げられていたピューパッドの胸を蒼い光が貫いた。
瞬時に俯いていた顔をあげたアスクが、魂の消滅を確認する。
「……彼女達が何者なのか、そしてあたし達が何者なのか……それは、あたしから答えさせてもらおうか。」
銀色の長い髪が夜風になびき、放った滅光の残滓が右手からこぼれ落ちていく。
「……マリー……ゴールド……!!!!」
不意に彼女が放った一筋の滅光が、瓦礫の陰に隠れていたドローンを撃墜する。
――――――――
カメラが割れ、ノイズに包まれた画面の中で八美とイバラキは彼女とアスクの声を耳にしていた。
「お前か……アイツらを月人にしたのは……!!」
「その通り……後天性月人化手術。あたしはね、それによって月人になった者達を『新世界に選ばれた者達』と呼んでいる……そして、あたし達はあたし達をこう呼ぶ……『新たなる秩序』とね。」




