第56話「BRIGHTs」
ボートが高速で旋回し、大鯨の放った巨大な雷塊を躱す。
離れていくボートを睨みながら、大鯨がヒレを激しく揺らした。
「キュェェェェ…………。」
海上へ頭を出した大鯨が、ボートの行く手を阻むために横へ追いつこうとする。
「チィッ……総員、掴まれ!!!!」
粘液に絡まれたホイールが高速で回転すると同時に、ドリフトを決めたボートが大鯨の体当たりを躱した。
「見慣れてみたら……でかくて狙いやすいじゃんね!そのヒラヒラしたのが足の役割なのかな!?」
死月銃を構えたアスクが片目を閉じ、海中を泳ぐ大鯨のヒレへ狙いをさだめる。
「【撃ち抜け死月銃】!!」
後方で発射された死月銃の反動がボートを大きく押し飛ばし、結果的にボートの加速を助けた。
「!?なんだその反動は……そんな銃使って平気なのか君は!?」
「大丈夫!だけど……っ!!」
海中へ撃ち込まれた死月鉱が水に阻まれスピードを落とす。
ヒレに届くこと無く海中で爆散した死月鉱は、大鯨の表面に数秒で再生しきる程度の浅い傷を作った。
「キュゥ ゥゥ…………!!」
浮上した大鯨の背面から、強い光が溢れ出す。
「まさか!!潮をふくつもりか!?!?」
「チャリオット!頭上警戒頼んだ!!」
「了解だ死神!!」
「……ギュォォォォッ!!!!」
大鯨がもがき苦しみ、鼻孔を十字に裂きながら無数の死月鉱の塊を空へ打ち上げた。
降り注ぐ死月鉱を見つめながら、B.13がボートを巧みに蛇行させていく。
「死月鉱……?コイツ月獣のくせに……!」
「本部まであとどれくらいだ?」
「この速度なら……5分以内に着けるはずだ!!」
裂けた鼻孔を再生させ、大鯨は死月鉱が降り注ぐ中でボートを追いかけ続ける。
「鯨の最高時速は45kmほど……コイツ、明らかにそれよりも速い!……動物の形をしているだけの全く別の生命体……まさかコイツ、闇獣の生き残りか!?」
「闇獣?月獣じゃなくて!?」
荒れた波の上で跳ね続けるボートの上でよろけながら、B.13がアスクと大鯨のいる後方へ目を向けた。
「それはコッチのセリフでもある!闇獣というのは、かつて滅王が作り出した凶悪な生物の呼び名!……月獣……まさか月にも奴らいるのか!?」
「いるよ!狼と兎と……巨人が!!時々生まれてきて、僕らが住んでる所に襲いかかってくる!!」
再び前を向いたB.13がレリーフスーツをきしませる。
「生まれて……!?まさかアイツも200年前の生き残りではないのか!?!?」
「……あ!」
後方と前方を心配そうな目で交互に見ていた一葉が、突如として前方に見え始めた建造物を指差す。
「よし……もうすぐだ!!見えたぞ本部!!!!」
「こちらからも確認しました!ボート1隻、それを追う未確認生命体1体。」
通信機から聞こえる声に、B.13がボートの操作系統を強く握りしめる。
「迎撃は、『B.3 マジカルガール』が行う!!」
「分かった!!」
「B.3?さっきから大物ばかりに会えるな。」
「そうだな!!我々は死ぬほど運が良い……!!一生分使い果たしたような気分だ!!!!」
前方を見つめ続ける全員とは反対に、アスクが大鯨を睨み続けていた。
「……キュォォォ ォォ ォ…………!」
「死月鉱とバチバチ……同時に来るよ!!!!」
「任せろ!」
全体を強く光らせた大鯨が鼻孔と喉奥から閃光を放つ。
「グェェェェェェェェッ!!!!」
断末魔と共に放たれた紫雷の束がボートのすぐ横を駆け抜け、紫雷の放出と同時に空へ打ち上げられた死月鉱が落下を始める。
「……なんかさっきよりも多くない!?!?」
天井のように広がって落ちてくる死月鉱の数々を見つめながら、布切れのように裂けた大鯨が海底へ沈み、崩れて消えていく。
「なんて殺意だ……!!!!」
――――――――
「チャリオットが危ない……!B.3、出動します!!」
海の近くにそびえ立つ巨大なタワーの中から、少女が水色の光と共に飛び出した。
「オーダーさんもリプロダクションもいなくたって、本部には私がいる!皆、私が守るんだ!!」
少女が空中で舞い、ボートの上へ落ちつつある死月鉱の塊達へその手に握っている杖の先を向けた。
「嫌な事、全部……吹き飛ばして!【イノベイティブ・レイ】!!!!」
その瞬間、放たれた桃色の光線が落ちゆく死月鉱の全体を包み込む。
見た目のファンシーさとは裏腹に恐ろしい威力を持つ光線が、巻き込んだ死月鉱をはるか遠くへ吹き飛ばしていく。
「お仕事完了!マジカルガール、帰還しますっ!!」
ポーズを決めながらタワーの中へ戻っていくマジカルガールを見つめながら、ボートの上で全員が唖然としていた。
「……名前からして、もっとファンシーなやり方で助けてくれるのかと……。」
「何を言う!!見た目は……可愛らしかっただろう!?!?」
「アレ、人に向けて撃ったら何も残らないんだよな……持ってるステッキはやはり遺物か。」
「そうですね……マジカルガールは遺物から発生する反動や代償を無効化できる力を持ってますから、かの有名な勇者の仲間と同じ力を。」
光線に飛ばされた後、遠くの海に落ちていく死月鉱の音を聞きながらアスクが腕を組む。
「……死月鉱って、アレでも壊れないんだ。」
――――――――
「B.13、L.E.R.Iと共に入港。」
「ゲート封鎖、警戒レベル3。」
「宇宙アメジスト回収隊、2分後に出動します。」
本部の前にある巨大なゲートが開き、その奥にある港へボートがゆっくりと入っていく。
「宇宙アメジスト……死月鉱の事か。」
「そうですね。およそ10年ぶりにオーダーへ傷をつけた物質を、我々はこの数ヶ月の間だけでも躍起になって探してきました。まさかこんな時にソレを大量に吐き出す化け物と遭遇するとは思いませんでしたが……あ、化け物は君の事じゃなくて……あの鯨の事ね。」
「知ってるよ!僕ね、アスク・スーリエルって言うから、よろしくね。」
港の先で、数人の大きな魂が待ち構えているのがアスクの目に映る。
「こちらこそよろしくお願いします。そしてようこそ、地球一の治安維持組織『BRIGHTs』の本部へ。」
ゲートの横に並ぶ壁の上や周りから、港に建てられている施設の中や隣から、多くの人々が彼らを見つめていた。
「あの子供が首につけてるのって……。」
「オーダーさんが言ってた死神……アイツが?」
「白蛇街じゃ随分暴れたらしいぜ。」
「円卓主とも仲良くなったって噂だ……やっぱり見たら分かるな、タダ者じゃない。」
ボートから降りたアスク達の後ろで、B.13が護送車を降ろしている。
「また護送車に乗ってください、本部の中央まではコレで向かっていただきます。一応連行対象ですからね……。」
「分かった……なぁ、あそこにいる奴、B.7か。」
「え?どこ……?」
潮風を阻む壁の上を見つめながら呟いた木槿の視線の先を追いかけながら、アスクが首を傾げる。
「……あ、そうですね。地球で初めてブライツの戦闘員になった非生物……B.7『ホープズ・オートマタ』。」
「もしかして……あの魂の無い人がB.7?」
「正解だ!!我々はニュースなんかで姿を見た事があるから分かるが……そうか!!アスク殿には魂の有無で感知できるんだな!!!!」
壁の上から彼らの姿を記録していたB.7が、その背中からグライダーを展開して飛び立った。
「来るようですね?」
「非生物も月人に興味アリか。」
グライダーで潮風に乗り、足裏から風を放射するB.7のカメラがアスクの解析を続けている。
「……何故我々の上を飛び回っているんだ!?!?」
「うーん、俺も初めて見る行動です……何やってるんでしょうか?」
アスク達の上で円の軌道を描きながら飛んでいたB.7が、ふいにその足裏を地面に向けた。
ゆっくりと降りてくるB.7のカメラは常にアスクを凝視し続けている。
「分析完了、君の中には3人の人格がいる。」
「!?」
「どういう意味だ?」
降り立ったB.7が胸元の風力鉱を輝かせながら木槿にも目を向けた。
「……分析失敗。」
「一体どうしたんだホープズ・オートマタ……?3人ってどういう意味だ?」
B.13がB.7へ詰め寄る横で、アスクがL.E.R.Iの全員から視線を浴び続ける。
「3人、意味?……そのままの意味だB.13、彼の挙動に3人分の痕跡を感じた……ただそれだけ。」
「……心当たりはあるか?アスク。」
「えーっ……と……。」
「(あーあ……潮時かもな。俺達が分かる限りの事をバラすしかねぇぞ、こりゃ。)」
インヘリットが溜め息をつく声を聞くと同時に、アスクが肩を落とした。
「あるよ……1人だけは。」
腕を上へ上げたアスクの手から七芒星のアウレオラが飛び出す。
「……七芒星!?!?」
「この輪郭の不安定さ……ホログラムのようだ……!?つまりは死月鉱ではない!?まさかそれはアウレオラなのか!?!?」
「うん……月でね、死んだ天使の仲間の塵を偶然食べちゃったんだ。それ以降はその仲間の声が聞こえるようになって、力も使えるようになったの。ミカさんやロイヤーとか、他の天使達はこの事とっくに知ってたんだけど……混乱させないようにL.E.R.Iの皆にはしばらく隠しておくようにしてたの。」
「そうか……しかし何故七芒星の形をしているんだ、そのアウレオラ。」
停泊しているボートから視線を感じたアスクがそちらへ目を向けてから、首を傾げた。
「それは分かんないんだ……今さ、B.7は僕の中に3人いるって言ったよね?その残る1人が誰なのか僕には分からないし、アウレオラの形の理由も全然分からないんだけど……今さっきあのデカい奴と戦ってる時にね、僕初めてその3人目の人と話したよ。」
「あんな時に?」
B.13が腕を組みながら、ゲートから出ていく死月鉱の回収部隊を見つめている。
「海に落ちた時、早くボートに上がった方が良いとか……その前にはなんか、終わらせられなかった……早くリプラを見つけろ……とか言ってきた。」
「うーん……何を終わらせられなかったのでしょうか……?」
「提案……宿題か課題、家事などが終わらせられなかった?リプラに手伝わせようとしてるのか?」
「100%違うでしょ!?……まぁ、まだB.7も学習途中だし仕方ないか……それより、リプラとは誰なのですか?」
リプラの事を質問されたアスクが少しだけ過剰に反応しながら、B.13の方を向いた。
「僕の1番大切な親友だよ!200年間ずっと一緒に居たんだけど……今は離れ離れになっちゃってて、リプラとまた会うために僕は地球へやってきたんだ。」
「なるほど……きっとまた会えますね、近い内に。」
「B.13、L.E.R.Iの皆様……至急、本部指令室へお越しください。『上層のライム』様がお呼びです。」
「ライム……分析完了、君達はライムと知り合いだな。」
「その通り、主にあの黄緑髪の男が出す指令に従って、俺達はL.E.R.Iとして活動してきたんだからな。」
木槿の言葉にコアを震わせながらも、B.13が護送車に向かって歩き出す。
「……とりあえず、行きましょうか。」
ブライツの職員達からの視線を浴びながら、一行は港を後にした。




