第55話「勇者███」
「「……。」」
停止した護送車から発生している渋滞の先頭で、木槿がアスクと共に何か言いたげな顔で立っていた。
木槿の手に握られているオーダーの認証キーが、アスクの目の真横で輝く。
「別の用事が入ってしまった……港で私の部下が待っている。事情は説明してあるから、このキーを使って車を再起動したら自分達で港まで向かってくれ。」
そう言って親指を立てた後、空へ飛んでいったオーダーの姿を思い返しながらアスクがそっと自分の頭を抑える。
その前で車の中に座りこむ一葉が気まずそうに頷いた。
「……まぁ、私達ほとんど仲間みたいな物ですし……事実上は、連行中の人間に鍵渡しちゃってるのはどうかとは思うんですけどね?」
「ま、信頼されてるんだね……主に木槿が。」
「そうみたいだな。」
「と、とにかく早く出発しよう!!もうドライバー達に睨まれたくない!!!!」
運転席へ駆け上がった木槿がキーを差し込み、エンジンをかけながら素早く準備を終わらせていく。
「あの、アッチで何が起きてたんですか?」
「えーっと……色々あった!」
「そうか!!港まであと何分くらいだろうかな……メモを出すから少し待ってくれ!!!!」
――――――――
「大丈夫なんだろうか……連行対象本人に運転を任せるなんて……。」
広がる海を見つめながら、ヒューマノイドが腕を組んでいた。
「いや、オーダーさんがそうすると決めたのだし、その連行対象……よほど信用できる者のようだ。」
遠くから聞こえてきた車の駆動音に反応し、B.13が振り向く。
「来たか。」
互いの姿を視認した後、木槿が彼の前で護送車を停めた。
「オーダーさんから聞いている、君達がL.E.R.Iだな。」
「いかにも!!貴方は……B.13チャリオット!!!!会えて光栄だ!!!!」
護送車から降りてきたコリウスが最初にB.13へ手を差し出す。
握手を交わすため、B.13が機械的な見た目のレリーフスーツを操作していた。
「私はコリウス・ティスポッサ!!一応この中では最年長……いや、見た目だけ最年長だ!!!!」
「見た目だけ……?まぁ……仰るとおり、私がB.13のチャリオットです。オーダーさんからあなた達を本部まで送り届けるよう頼まれています。」
「あ!粘人だ!!」
コリウスの背後から顔を出したアスクへ、B.13は目を見開く。
「ん……?首元のソレ、前にオーダーさんが回収してきた物と同じだね。となると……君が噂の宇宙人か。」
「そう!月人だよ!!」
口を手で抑え、数秒の間B.13は硬直した。
「月人……月人?あの……アレですか?夜によく見える……丸くて白っぽい黄色の……あの月?」
「そうだよ?」
「意外と近くにいて驚いただろう!?宇宙人!!!!」
コリウスらとB.13が話している間に降りてきた木槿が、B.13と目を合わせる。
「っ……!貴方がL.E.R.Iのリーダー……明星木槿……さん……ですね。」
「初めましてだ、人は俺を"不死身の死神隊長"と呼んでいた……ぜ。」
リプロダクションの真似をする木槿を見たB.13が首を傾げながら、停留しているボートと護送車に目をやった。
「あの人にも会ってたんですか?オーダーさんがいるはずのブライツシティで連行中の犯罪者が脱走したと聞いて、あの人一瞬で飛び出していったんですが……まさか脱走したのってあなた達ですか。」
「まぁ、トラブルに巻き込まれてな。詳しくは移動中か本部で俺らに……またはオーダーに聞いてくれ。」
「……。」
B.13のレリーフスーツの上腕部から見える黄色い液体を、アスクが見つめ続けている。
「(見た目……っていうか体こそ他の地球人とは全然違うけど、粘人でも魂の感じはあんまり変わらないんだな。)」
「移動中に概要くらいは聞かせていただきたいですね……とりあえず、護送車は俺がのせますから皆はボートへ。」
――――――――
ボートの中にある部屋の中から、アスクが顔を覗かせた。
B.13がスーツの隙間から伸ばした粘液を護送車に繋げ、ボートの上へ移動させてきている様子が見える。
「B.13はああいう風に機械やライボットの内部に繋がって操作するのが得意なんだ。」
アスクの後ろで座席に座っている木槿が彼へそう教えた。
「……よし!出発させますよ。船酔いには注意してくださいね。」
「……。」
この揺れるボートの上に乗ってから、アスクの気持ちは落ち着く事が無かった。
常にゆらめく不安定な物の上や、海という広大すぎる未知の空間の上に降り立った事が気持ちを揺さぶる原因なのだろうと、アスク自身はそう思っていた。
ボートが港を離れてから少しして、『その景色』を再び見るまでは。
「……どこまでも……青い……海……空……。」
「ふふ、すごいですよね……何も無いのにずっと見ていられる景色なんて海以外にはそうそうないと思います……。」
一葉の言葉にアスクは耳を傾けられる状況ではなかった。
潮風を肌に感じたアスクの視界の端で、自身の髪色が少しだけ虹色に変わった気がした。
この景色が、とても大切で、忘れていてはいけなかった物のように思えた。
「(……オレは、終わらせられなかった。)」
「!?」
ボートの端にある手すりを掴み、海を見つめ続けていたアスクの背後で、若い男の声が響く。
「……誰?」
「(この世界を縛り続けている、悪夢の腕を消し去るために作られた極彩色の闇……それが、オレ達だった。)」
皆、海もボートも、雲も風も、アスク以外の全てが動いていないような空間の中で、古い服を着た黒髪黒目の若い男がボートの行く先を見つめていた。
「(……お前らは悪夢の腕そのものとして作られるはずだった……でも……。)」
「……?」
若い男が、遠くに見える赤黒い空を睨む。
「(悪夢の腕が、新たに作り直されつつある。)」
「……ねぇ、ほんとに誰なの?」
『クロマ』は、ただ黙ってその指先をアスクに向けた。
「……えっ?」
「(……時間は全く無いわけじゃない。でも、とにかく早く見つけろ。お前にはあの子が必要だ……あの子にも、ホープにも、世界にも……お前は必要なんだ。)」
突然強い耳鳴りがして、アスクが目を閉じながらうずくまった直後、ボートが何かに大きく揺らされた。
「なんだ!?変霊か!?!?」
「……!!アスク殿!!!!」
跳ね飛んだアスクがボートの下に消える。
突然の事に体を震わせながら、立ち上がった一葉が柵の向こうへ身を乗り出した。
「ひっ!?」
護送車を乗せたボートより数倍は巨大な魚影が、ボートの下で紫雷を輝かせている。
「鯨なのか……これは!!!!」
「間違いない、白蛇宮に居た熊や兎と同タイプだ!!!!」
海の中でもがくアスクの前で、大鯨が海中を舞う。
「(デカっ……でも、それよりも……苦しい……!海じゃない方に戻りたい……!!)」
「(なんなんだあのクソデカ動物……ボート作れねぇか!?あれなら海の上に出れるんだろ!?!?)」
「キュォ ォォ…………キュェェェェ…………!」
蛇かミミズのように海中へ這い出した紫雷が、アスクに向かって泳いでいく。
「(あんな大きくて重そうな奴、なんで浮いてるのか分からない……そのまま見た目を真似したって――)」
「(雷が回り込んできている!躱すか反らせ!!)」
違和感に耐えながら見開いた目で視認した紫雷達を、アスクが睨みつけた。
「(【反発の死月鉱】!!)」
飛び交う紫雷へ向けられた死月鉱が衝撃波を発生させ、アスクの移動と紫雷の妨害を同時にこなす。
「(助かったよインヘリット!考えるのに夢中になっちゃってた……。)」
「(今のは俺じゃねぇぞ!?!?)」
「(ボートに上がれ!闇鯨と水中で戦えば勝ち目はない!!)」
アスクの手中で形成されたいくつもの反発の死月鉱を下へ向けると、凄まじい衝撃波が彼を海上へと吹き飛ばした。
「【セレクト】!!」
「ゲホ……なんとか出れ……うわっ!?」
一葉によって空中からボートの上へ叩きつけられたアスクが、飛び上がって海水を振り飛ばす。
「おぉ!?無事かアスク殿!?!?」
「ごめんなさい!咄嗟に動かそうとして加減が!!」
「大丈夫!こんなのへでもない……!とにかく今はあの超でっかい月獣を倒さないと――」
「ココは俺に任せてくれ!」
B.13がボートのハンドルを強く握った。
「座って、どこかに掴まっておいてください!!……本部聞こえるか!?こちらB.13!現在重要人物を本部へ連行中、海上にて鯨に酷似した生物に襲われている!!!!」
操縦系統に体液を絡ませながら通信機を掴むB.13の後ろで、L.E.R.Iの面々が椅子に座り直して座面を掴んだ。
後方で自身とボートを結びつけたアスクが、死月鉱の銃を構える。
「生物に逃亡の気配無し!!こちらに迎撃の手段は少ない……本部まで誘導する!迎撃を頼みたい!!!!」
「……キュゥ ゥゥエェ ェェェ ェェ…………!!!!」
海中で口を開いた大鯨の喉奥へ、幾千本もの紫雷が集結していく。
「B.13、本部湾岸ゲートへ急行せよ!!」
「了解した!!」
「まさか連れて行くつもりなのか!?!?」
「でもここで倒すよりは断然現実的ですよ!地球一の治安維持組織の本部が守ってくれるなら……!!」
通信機の一部を取り外し、耳につけながらB.13が操作系統を強く握りしめた。
「バチバチでやばいのが来るよ!避けれるなら避けて!!」
「……任せろ!『地球最強の操縦士』にな!!!!」
閑話? [ 確認 ]
港へ向かう護送車の中、後ろから聞こえる会話を小耳に挟みながらモニターを見回していた木槿が、目についた音符のマークをタップした。
「コイツ、音楽のプレイリストも入ってるみたいだな……折角だし聞かせてもらうか、地球最強が好む曲をな。」
「えぇ……プライバシーへの配慮とかないんですか?最低……。」
「犯罪ではないけどやっていい事じゃないんだろうなって僕も思うよ。」
「良くないぞ木槿!!!!」
運転席を睨むついでに、木槿以外の全員も再生され始めた音楽のタイトルへ目を向ける。
「ん……?RLサウンド音声作品、ダウナー黒髪黒目の年下と過ごすクリスマスデート。スペシャル特典ボイス付バージョ――」
アスクが何となくソレを読み上げ始めた直後、これまでにないほど凄まじい勢いで木槿がモニターの再生停止ボタンと地図ボタンを押した。
「……やっぱり無音でいくか。」
「……今の見なかった事にはできないですよ。そもそも木槿さんが始めた事じゃないですか。」
「?」
突如として木槿に詰め寄り始める一葉とコリウスを見つめながら、アスクが首を傾げている。
空を飛ぶオーダーが突然振り向き、遠くに見える龍妖彩を睨んだ。
「……なんだ……何かを……見られた……?」




