第54話「新界の目」
目を破裂させ死んだ青年の周囲を、恐怖と怒りが包みこむ。
「(……マリーゴールド・ガブリィエルって、ミカさんが唯一の堕天使だって言ってた奴……どうして?アイツの姿も魂も、絶対に堕天使のソレじゃなかった……魔紳士Aと同じ、模様を目につけてる天使だった……。)」
「(つまりはアイツと一緒って事だろ……堕天使じゃねぇが敵なんだよ。いや……そもそも堕天使が敵っつー考えがおかしいんじゃねぇか?白蛇宮でもテメェを助けてくれやがったのによ。)」
オーダーが自身の服の袖を破り取り、青年の頭部へ打ち覆いのようにして被せた。
「(……俺が初めて堕天使と出会った時な、あの野郎は俺達よりもバチバチし続ける沼の方を警戒してやがった。恐らくあの場には俺とチェッカ、堕天使以外にもいやがったんだろうよ。魔紳士Aの野郎とかがな。)」
「(そうだったんだ…………。)」
「おーい、マリーゴールド・ガブリィエルってマジでアイツの名前なのか?」
死体を見つめて考えこむアスクの頭を、リプロダクションがノックするように叩く。
「……多分そうだよ。あの人の魂はそう言おうとしてたし、そこに嘘を混ぜようとしてる意思も感じ取れなかった。」
「へー……疑問なんだけどよ、もしその名前が偽名だった場合お前にゃどう見えるんだ?」
端末でどこかへ連絡をとりながらアスクへ尋ねる彼女の様子は、酷く淡々としている。
「僕が見れるのはその人の魂……その人が何を考えてるか、何をした事があるかだから……もし嘘を教えられてても、本人が真実を話してるつもりなら僕にはそれが嘘だって分からないんだ。だってソレがその人にとっては本当なんだし。」
「へぇ……。」
「万色、お前何をしているんだ。」
端末を覗きこもうとする彼の顔に繰り出された肘鉄を躱しながら、溜め息をつく木槿にリプロダクションが舌打ちした。
「チッ……お前はなんで俺をイチイチ万色って呼ぶんだよ!?!?」
「なんとなくだ、気にするなよ万色。」
「……報告、済ませてくれたのか?」
鋭い視線を向け合う2人の間に立ちながら、オーダーが腕を組む。
「おう、これから来る奴らへの説明は俺がしといてやるから……オメーらはとっとと本部へ向かっちまえや。こんなでけぇ疑問が此処でだけじゃ解消できねぇって事くらい……俺にも分かる。」
「助かる……ところで木槿、護送車は今どこにあると思う?」
「ふむ、どう思う?アスク。」
「えっ何で僕に……み、港って所……かな?」
アスクが慌てて口を開いた直後、道路の奥から甲高いクラクションが聞こえてきた。
「残念、私が飛び出した時の衝撃で緊急停止しているからまだあそこにある。」
「コリウスと一葉は運転してないの!?」
「ブライツの人間じゃないと運転できないようになっているんじゃないか?万が一犯罪者が車を奪おうとした時に――」
「いいからとっととどかしに行けやお前ら!!!!」
叫ぶリプロダクションに背を向けて、木槿やオーダーとアスクが飛び出すように駆け出した。
――――――――
赤い空の下、鐘が低い音を大陸へ響かせていた。
「……アスク・スーリエル……月で確認した時と比べて別人のようになっていたな。やはりインヘリット・ザドゥキエルを取り込んだからか?それとも死者や悪しき魂との遭遇を重ねたからだろうか……エバエヴォルビングが記録していたデータでは口調が荒々しくなる場面もあった、魂の同居はやはり互いを蝕んでいくのだろうか……?」
聖堂の中央に立ち、歪な形の石像を見上げながらマリーゴールドは呟き続ける。
少しして聖堂の前へ、4人の醜悪な魂が辿り着いた。
「……来たね。」
マリーゴールドが大扉の方へ振り向きながら月鉱を四方八方に伸ばす。
聖堂の壁にかかっていた布を月鉱のアームが回収し、彼女へ被せた。
形成された数多のアームが布の下へ隠れていき、最後に残った4つの手が2方向に分かれ伸びていく。
天井近くの壁に飾られているシャチの頭蓋骨が2本のアームに持ち上げられ、マリーゴールドを隠す布の上へ被さった。
頭蓋骨の中に隠されていたKLEDが起動し、紫色の光を内部から漏らし始める。
残った2本のアームが大扉を掴み、おもむろにソレを開いた。
「……滅竜教のオルカだと……!?」
「まさか、彼が我々に力を与えた者とは……。」
「……教えとか聞かされんのはまっぴらゴメンですなあ、私に教えをとくのは馬の耳に念仏そのもの、まぁ私は猫でござるが――」
「おや?ココに来たという事は、ワタクシのように皆あの声に答えたのでしょう……!?神秘的で、天使のような美しいあの声に……導かれたんですよね!?今更スピリチュアルな言葉を拒む理由など……ドコにもないでしょ!」
右腕の無い男が、眼帯で隠された右目を大きく開いた。
青い髪の青年は包丁をしまって、常に首を傾げている。
忍者のような服を着た猫科の女獣人が、手榴弾を懐に隠した。
女獣人の前で回りながらシルクハットを被った男が、スーツをなびかせて真っ先に聖堂の中へ入っていく。
髪色も纏うオーラも違う彼らの共通点、それはその魂が邪悪である事と『彼らの目に輝く色と模様』であった。
「よく来てくれた、新世界に選ばれし戦士達よ。」
「新世界?」
マリーゴールドが頭蓋骨の中にあるマイクを通して声を発すると、オルカが低く機械的な声で4人へ語りかけた。
オルカを睨んだ隻眼隻腕の男が暗いオーラとは対照的に、目の模様を輝かせる。
「これから我々が作り上げる物さ……君達が手に入れたその目は、そこで生きる権利がある者達の証。」
「ふむ、つまり私らはあの声にちょっと答えただけで……この目の代わりに世界をひっくり返すための駒にでもされた……という事であるかな?」
「それにしては戦力が乏しすぎる……せっかく力とやらを手に入れても、馬鹿みたいな戦いに放り込まれちゃ意味ねぇんだが?」
4人がそれぞれの顔を見合わせてから、一斉にオルカを睨む。
「ハハハハ……安心してくれ、あたしもそこまで馬鹿じゃない。君達が手に入れたその目はね、あくまで試作品なんだ。」
「突然スピリチュアルな話じゃなくなるでござるなあ!」
「試作品ね……て事は、俺達にデータでも集めてきてほしいって事か?」
「なるほど、それに協力すればいずれはあの美しい声の主にも会えますかね?」
オルカが隻眼隻腕の男を見つめてから、頭蓋骨を揺らし音を立てた。
「察しが良くて助かるよ……ゴッドイストドートの隊長、ブラットバッド。」
「ゴッドイストドート……戦後すぐに最悪の戦犯部隊として話題になったあの……それの隊長でござるか!?お前が!?!?」
「……元な。他は捕まって戦犯として処刑されたらしいが……俺だけ生き残って、ブライツからも政府からもMIA扱い。」
「おや……そんな有名人だったとは。」
オルカが目を動かし、全員の顔を眺める。
「ふ……君達、あたしも含めて全員が有名人だろう……?最悪の戦犯部隊の隊長ブラットバッド……連続猟奇殺人犯ハグマーダー……不可視の怪盗ピューパッド……人革の魔術師カラスカ。」
4人が再び互いの顔を見合わせたが、先程とは違い全員の表情は驚きに満ちていた。
「……まぁいい……それで?データ集めるために俺達ゃ何をやらされるんだ?」
「1人10人ずつ殺してきてくれ、手段や対象は問わない。」
「「「「!?」」」」
沈黙する4人の前で、オルカがアームを伸ばしていく。
「見えているだろう?私や他の者達の魂が……その目はね、死を司る存在が持っている物と同じなんだ。命を見、命を吸い、強くなっていく目だ。」
「……なるほど、そういう事であれば好きにやらせていただこう。」
「私も暴れることにいたそう……!命を吸い強くなる……この目の本能であろうか?ソレがとても素晴らしい宝の話に聞こえてきた!」
「私にとっては日常でしかありませんが……あの声の主もそう望んでいるのなら、この目を十分に肥やしてきましょう!」
「……誰を殺してもいいんだよな?」
オルカがアームから月鉱の欠片を零し、4人の手に掴ませた。
「あぁ、ブライツや政府に生け捕りにされてしまったりしなければ……何をしてもいい、自由だ。」
「知識が流れ込んでくる……コレ、月鉱っていうんですな?面白い感覚ですなあ!もしこの感覚を手に入れるために金が必要だったら、今まで盗ってきた全てを投げうってもいいと思えるほどに……面白い!!」
「捕まらないようにか……3年間捕まってこなかった私には生ぬるすぎる頼みだ……。」
「いつも通り裏ルートから仕入れれば、ヘマをする心配はありませんかね。」
月鉱を各々が好きな形に歪ませていく中、義手を形成したブラットバッドだけがオルカに近づいていく。
「どうしたのかな?」
「……この裏にある奴、俺によこしてくれよ。」
歪な像の背後を指差しながら、ブラットバッドは口角を歪ませた。
「ふむ……確かに君には武器を与えるべきだ……しかしよく分かったね、起動させてもいないのに。」
「戦争経験者の勘だよ、勘……ソイツがありゃ確実にお前の期待に応えられるぜ。だから、とっととよこせ。」
像の裏へ伸びたアームが、『胸部プロテクターのような物』を取り出してくる。
赤黒い素材で作られたソレの中で、炎のような模様が赤く光ってゆらめいていた。
「へへへへっ……いいね……!!!!」
プロテクターを装着したブラットバッドの後ろに、いつの間にか他の3人も立っていた。
「「「……。」」」
「……コレ以外にも何かあんのかよ?」
「あるにはある……奥の部屋から好きな物を取っていくといい、君達に合う物があるといいが。」
像の裏へ入っていく3人を尻目に、ブラットバッドが大扉へ歩き出した。
「起動プロセスは知っているのかい?」
「……分かる。」
ブラットバッドが眼帯越しに右目を掻く。
「コイツは……俺の怒りを欲してやがるんだ。ハハハ……ハハ……!!!!」
ソレを手に入れてから、目に見えて感情を剥き出しにし始めたブラットバッドを、オルカは見つめていた。
目を細めたオルカは、大扉より出ていったブラットバッドから目を逸らし、像の裏へ歩いていく。
「(たしか彼から腕と目を奪ったのは……なるほど、アレも同胞に会いたがっているのか。)」
プロテクターの赤い表面を引っかきながら、ブラットバッドが赤黒い空へ叫んだ。
「コイツと同じ奴を……お前も持ってんだなぁ!?死神ィ!!!!」




