第50話「繋げろ、死月鉱。」
「キヒャハハハハッ!!ついに……ついに来たぞ!!!!百鬼夜行が完成していく!!!!」
魔紳士Aが無邪気に笑っていた。
山の中から、街の中から、持ち上げられた変霊や動物達が叫びながら黒い塊へ吸収されていく。
「前に実行した時は一武とかいう奴にも、アイツらにも邪魔されて最悪だったが……今は最高だ!このタイミングで百鬼夜行を完成させられたなら政府もブライツも、オーダーもコイツに全力を注ぐしかなくなる……加えて……この場で円卓主と『クロマ』も葬れる!!!!俺達が自由に動ける時がやってくる……そうしたら『新世界』なんてすぐに……。」
笑みを浮かべていた魔紳士Aが、ふと周囲を見回す。
堕天使が消えている事に気づいた彼の歯が、ぶつかりあって強くきしんだ。
「……ここから一体、何が出来るっていうんだよ?」
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「(起きろ馬鹿ガキ!!寝てる場合じゃねぇ!!死ぬぞ!!!!)」
どこかに引き寄せられた直後、どこか暗い場所へ落ちていく。
そんな感覚に体を震わせてからアスクはゆっくりと目を開いた。
「……ここは……!?!?」
蛇の卵の形をした異空間の中、上から落ちてきた変霊や兎などを受け止めながら黒く溶けた腕がそれらを引きちぎっている。
「(分かるぞ……ココ、姦姦蛇螺っていうか……巫女の中か!!!!)」
「アァァァァォォォォ……!!!!!!!!」
周囲で響く声や蠢く歪み達に目を伏せたくなりながらも、アスクが死月鉱へ手を伸ばした。
「っ……どうにかして抜け出さなきゃ!落ちたらまずそうだし……まずは……空を……あっ!?!?」
震える手からこぼれた死月鉱がアスクの手を離れて上へ舞い上がっていく。
フードを風になびかせながら落下中のアスクが目を見開いて四肢をばたつかせた。
「(や、やばい……アウレオラも……もう使えないし……死月鉱もなくなったし……あったとしてもこんな状態じゃ使えない……!!)」
「(んな事言ってねぇで頑張れよ!!リプラに会うまでは死ぬつもり無ぇんだろ!?!?)」
周囲で変霊を引きちぎっていた黒い腕が、いつの間にかアスクの方へ伸び始めている。
四肢をばたつかせながらアスクが恐怖に目をつぶっていた。
「(そうなんだけど……死にたくなんてないんだけど!!!!)」
足首を強く掴んだ黒い手の冷たさに震えながら、アスクが身体を振り回した。
「……畜生……!!!!」
フードも、もう片方の足も、強く掴まれた事に焦ったアスクが更に強く腕を振った。
ふと、左手に一瞬だけ冷たさを感じた。
姦姦蛇螺の恐ろしい冷たさとは違う、優しくて切ない冷たさを。
その冷たい何かへ、アスクが本能的に手を伸ばした。
助けを、救いを、光を求めるように。
「!」
アスクが腰に差していた能刀、 藤結の表面を覆っていた翠の死月鉱が、彼の意思に呼応する。
鞘の中から糸のように広がったソレが、アスクの腕へ強く結びついた。
「(おいおい……武器はあったがよ……お前、剣なんて使った事あったか!?)」
「(いや……でも、ある程度は勘で扱えるでしょ!!)」
姦姦蛇螺に掴まれていた場所を軸に、回転したアスクが力任せに刀を振り回して腕を1つ叩き割る。
「(刃を出せよ!?!?)」
「(いやコレ抜いちゃうとよく分かんない力が発動しちゃうんだって!!)」
変霊や動物を襲っていた幾千の腕が一斉に向きを変え、落下を続けるアスクへ伸びていく。
「(全部叩き割るつもりか!?!?)」
「……む、無理かも!!!!」
翠の死月鉱の煌めきを見つめてから、アスクが勢いよく刀を振り抜いた。
――――――――
月と星が地を照らす真夜中、深い森の中で一武は1人の女と出会った。
「君のような若者が……1人で、こんな森の奥で何をしているの?」
女の雰囲気と腰に差していた刀を見た一武は、自身の頭を土に擦りつけながら女へ願った。
「……よほどの強者とお見受けした……俺の村が……変霊に襲われて滅んだ……俺に力をください、あの逃げた変霊を追っかけて、倒すまで死ねません。」
女は一武の前へ歩み寄り、力づくでその頭を上げさせた。
「命を軽く見ている人間に力なんて与えられないな……村の仇を討ったら、どこか適当な所で適当に新しい生活を始めて天寿を全うする……そう約束できるかい?」
「……はい、師匠!!」
溜め息をつきながら腰に手をあてた女が、木の陰に立つアスクへ目を向ける。
「それで……君も力を欲してるんでしょ?聞かせてよ、何がしたいのか……何を目指しているのかをさ。」
「……!?」
自身を見つめる2人の眼差しに違和感を覚えながらも、アスクは視線をまっすぐとさせてから叫ぶように自らの望みを口に出した。
「親友に会うまで死ねない!!!!」
「ふむ……じゃ、君はその親友と一生仲良しでいると約束するんだ。」
「……言われずとも!!!!」
翠と紫の死月鉱が過去とアスクを繋いでいく。
「今から君に教えるのは謳華流という、刀の振り方だ。」
「謳華流?確か親父が、始まりも特徴も不明な幻の流派と言っていた……あの謳華流!?」
木刀を受け取った一武の感情を感じ取りながら、アスクが空を舞う中で刀を構えた。
「ほう、君の父は随分と物知りだったんだね。」
「はい、無口で頑固でしたが……生まれつき母の居ない俺に1人で色んな事を教えてくれました。」
「……説明を続けよう。謳華流は人が人ならざる者へ対抗できるようにするため、私が考えた戦い方だ。」
「は……?親父の言ってた事が正しければ、謳華流の話って少なくとも2ひゃ――」
「師匠の話を遮るんじゃなーい!!……おほん。まずは基本となる白梅の動きから――」
しならせるように動かし始めた腕をもう片方の手で軌道を反らしながら、連続した斬撃を繰り出す。
前進しながら梅の花を咲かせるように描いた軌道は、刀の使い手を護る結界のように使い手を包み込んでいく。
アスクが自身を掴む腕を切り離した直後、落下を再開すると同時に刀の軌道を腕でそらし続けた。
「【謳華流…… 白梅】!!」
下から彼を受け止めようとする腕が悉く斬り落とされていき、斬られた腕は空間の底へ落下する前に粉々に砕けていく。
「【天竺牡丹】!!」
地面に落下した勢いを曲げた足を使って受け流し素早く跳ね舞う中で、衝撃を分散させながら腕を次々を斬り落としていく。
咄嗟に落下した位置へ戻ったアスクの真上から、無数の手が彼を掴み上げようとしていた。
死月鉱が煌めき、アスクの視界に森林と一武達を映す。
「この刀、一体なんなんですか?」
「それは能刀 藤結といってね、唯一無二の力を持っている貴重な刀なんだ。謳華流との相性は抜群なんだけど……君に渡す上で1つだけ注意してほしい事がある。」
記憶の中、呼吸を整えながらアスクが鞘と柄を強く握った。
「注意とは……何にですか?」
「その刀身が通過した場所には、納刀するまで近づいちゃダメだよ。過去の自分に斬られるからね。」
柄と鞘を包んでいた死月鉱が不可思議な音をたてながらぶつかった直後、藤結の描いた線が四方八方から迫り来る腕を暴れ斬る。
「……イィィィィ……ィィィィ……!!」
怯んだ腕や手を素早い身のこなしで斬り捨てながら、アスクが周囲を見回した。
「出口、どこかに無いかな……!?」
「ブォァ!!!!」
闇に包まれた空間から現れた熊の爪がアスクの眼前を通り過ぎていく。
「うわ!……腕もコイツらも、今は僕だけ殺そうとしてるわけか!!」
「(なんで月獣どもがこんな場所に居やがるんだ……!?)」
大熊の乱撃を躱すアスクが、高く飛び上がってから刀を輝かせた。
「【翡翠欄】。」
広大な空間の中で跳び上がり、駆け回るアスクの姿が腕や兎の残骸に阻まれて大熊の視界から消える。
「ブゥ……!?!?ァ――」
アスクがすれ違いざまに大熊の足を切り飛ばし、地面に倒れこませた。
柄と鞘の死月鉱が再び衝突し、周囲の腕や月獣が空中へ破片と化して散っていく。
――――――――
「まだだ……もっと深くまでいかないと……!」
八美がつけていた死月鉱のグローブを掴み続けていたホープが眉をひそめて呟く。
「ねぇ、ほんとにこんな細い糸でアスク君帰ってこれるの!?」
グローブから黒い塊の中へ伸びている細い糸が、紫と翠にせわしなく色を変えていた。
「もちろん!心配ならコレ引きちぎってみたら!?」
「えぇ!?!?」
「冗談だよ!!私でも無理だからね!!!!」
周囲から掴みあげた変霊や月獣を取り込み、段々と大きくなっていく塊を、ホープは少しの間見つめた後に固く目を閉じる。
「……来た!!!!」
――――――――
「!?」
変霊や月獣が出す奇声や殺意に埋め尽くされた空間の中でも、アスクは異質な気配の侵入を即座に察知できた。
「アレって……死月鉱!!!!」
「(降りてきてやがる……死月鉱の操り主が誰かは知らねぇが、迎えがやってきたみてぇだな!!)」
糸の下へ走るアスクの前へ月獣や腕が呻きながら滑り込んでくる。
「っ……邪魔だな!!」
翠の死月鉱を握りしめたアスクの魂の中で、誰かの声が響いた。
「謳華の……奥義……?」
「そう、糸が入り込む隙すら無いほどの舞いを絶えず繰り出す……自らの限界と共に咲きほこる奥義だ。」
刀を抜いたアスクが走るのを止めた後、静かに息を吐く。
迫る脅威を静かに睨み、アスクは魑魅魍魎の前から姿を消した。
「「【謳華流 千本桜】。」」
非常に複雑で繊細な刀の軌道を、アスクは1つ1つ落ち着いて真似ていった。
目の前で同じように動く、1人の男を幻視しながら。
その刀が描き終えた軌跡から再びソレを繰り返すことで、幾千の"桜"がアスクの周りで咲いていく。
死月鉱の糸がアスクの真上で煌めいた直後、高く飛び上がったアスクが糸を腕へ強く巻き付けた。
「ジジジジジジジジッ……!!!!」
「ブォォォォ……!!」
「ギィッギィッギィッギィッギィッギィッギィッギィッ!!!!」
アスクが掴んだ瞬間、素早く縮み始めた糸へ更に月獣達が飛びかかろうとする。
「俺に任せろ!!!!」
アスクが藤結の刃を鞘へ納めた瞬間、彼の目の前で男が刀を抜いている景色が一瞬だけ輝いた。
自身の持っているソレと全く同じ刀を握りしめ、男は次々と魑魅魍魎を斬り飛ばしていく。
糸に吊るし上げられ、下で輝く景色をアスクが見つめていた。
「……随分と才覚に恵まれた弟弟子を持ったな……後は、あの人はお前に任せる。」
「えっ……?」
白く輝いて消えていく景色の中で、一武がアスクの背後を指差す。
指先をなぞり、アスクが見上げた先。
蛇の鱗のような物をまとった、白い塊が震えていた。
白く艶めいた塊の周りにある恐怖や悲哀を感じ取ったアスクが、歯を食い縛りながら藤結を振り抜く。
「あれが……巫女変霊の核……!」
核のすぐ真横で輝く空間へ伸びていく糸と核を交互に見つめながら、アスクが刀の先端をまっすぐと突き出す。
「イ……イィィィィ……チ…………アァ…………終わら………………もう…………。」
耳の真横で聞こえたようなか細い声は確かに泣いているようで、静かに震えていた。
「【謳華流……鈴蘭】!!!!」
白い蛇の塊を貫き斬った直後、アスクは白い光に包まれていく中で優しい声を耳にする。
巫女は刀を腰に差した男と共に、男が暮らしていた村の者達と共に、いつかの争いで命を落とした街の人々と共に笑っていた。
その腕に小さな赤子を抱え、微笑む顔が白い光に包まれて、消えていく。




