第49話「2対の腕と憎悪は街すら飲み込むか」
壁や社も塔すらも無残に潰れ、ほとんど瓦礫だらけの更地になった白蛇宮の中央で、アスクと八美が階段の終わりを睨んでいた。
「コレつけて!」
「グローブと靴……良いじゃん。」
つま先で地面を叩きながら、八美がグローブをその手へ強くはめ込む。
「思ったんだけどさ、私達って結構似てるんじゃない?」
「え?」
「ほら、身体能力とか……変霊に強い所とか!」
不自然に湿った風を振り払いながら、アスクが八美を見つめていた。
「うーん……そう言われると、似てるのかもね?」
「……この一件が済んだ後さ、よかったら友達になってくれない?年の差とか違う所も色々あるけど……きっと親友になれるよ。」
言葉を聞いた直後、アスクの思い出の中で親友が微笑む。
「親友か……僕ね、親友はもういるんだ。1人だけ、今までも……これからも。」
「あ……そうなんだ……?」
「うん、だから最初は友達で……いつか仲間になろう!」
湿気と共に冷たさも帯びてきた風に髪とフードをなびかせながら、2人が目を細めた。
「仲間か……それも悪くない響きじゃん。」
「へへへへっ。」
階段の下から何かが放り投げられ、石の道へ小気味の良い音を奏でながら落下する。
「「……!!」」
「アァァァァァァァ……!!!!」
2Eの頭部装甲だったものを踏み潰しながら、体を捻じ曲げる姦姦蛇螺がとうとう階段を上り終えた。
「……僕に策がある。」
「OK、内容聞いてないけど乗った。」
四方八方に伸ばされた2対の溶けた腕が2人を捕まえようと迫ってくる。
「まず僕を掴んでアイツに近づいて!」
「了解!」
アスクを抱えながら、八美が風に舞う傘のように華麗な身のこなしで腕や剣を躱す。
「腕を切る!一瞬だけ離して!!」
「わ、分かった!」
「……【孤独見下ろす満月】!!!!」
離した瞬間に凄まじい爆発力で回転するアスクの姿に、八美が少しだけ腕をすくませた。
「アァァァ……!?」
「もう少し近づかせて!」
「もう腕を治そうとしてる!あと少しでも近づいてると危ないかも!!」
姦姦蛇螺が振り回した蛇の尾をリンボーダンスのように避け、とうとう八美とアスクが至近距離で無数の目と睨みあう。
「僕を中へ投げ込んで!!」
「よっしゃ行くよ!!!!」
反射的に指示に答えた八美が勢いよく体をひねらせながら、全身の筋肉を使ってアスクを姦姦蛇螺の中へ叩き込んだ。
「……えっ今なんて!?!?」
「アァァァァ……!?」
姦姦蛇螺の内部でもがくアスクが、何かを掴んで笑みを浮かべる。
「投げ込んでって言ったんだよ!!今しっかり指示に従ってやってくれてたよね……?まぁいいや、出来た!!引き抜いて!!!!」
「今度は引き抜くの!?!?」
足を掴まれた感覚に200年製の懐かしさを覚えながら、腕を振り回して作った空間からアスクが叫んだ。
「そう、思いっきり引き抜いて!!!!」
「OK……はぁっ!!!!」
アスクを引き抜いた勢いで振り返った八美は、彼を抱えて飛び上がり崩れた社の上へ降り立つ。
下ろしたアスクに噛みつき続けている黒い破片を叩き落としながら、彼女はアスクと姦姦蛇螺を交互に見つめていた。
「大丈夫!?……えっ!?姦姦蛇螺が光ってる……何したの!?」
「さっきあのメカ月人を取り込んでたでしょ?アイツ足に大きめの死月鉱を入れてたからさ……利用させてもらったんだ。」
「ウゥゥゥゥ……ぁァぁァア!?!?」
体を貫き、周囲へ伸びていく紫の光を見つめながら姦姦蛇螺がもがく。
「【マーナガルム】!!!!」
「ウぁ――!?!?」
歪んだ空を照らし、炸裂した死月鉱が姦姦蛇螺の上半身を消し飛ばした。
飛び散った破片が震えた後、砂のように崩れて消えていく。
「……1つ気になったことがあるんだけどいい?」
「多分……私も同じこと気になってると思う。」
固まっていた姦姦蛇螺の下半身がうねり、球のように丸まった直後に再びソレが2対の腕と頭、蛇のような体を形成した。
「「……核はどこ!?!?」」
今度は2対の両手全てから剣を生やし、姦姦蛇螺は歪んだ叫びを上げながら2人へ急接近する。
「アァァァァァァァァッ!!!!」
「コアが無いんじゃ変霊は倒せないんじゃない!?」
「……下半身にあったのかも!今度は全身を吹き飛ばせたりしない!?」
迫り来る剣と姦姦蛇螺の歯を睨んでから、アスクは八美と共に死月鉱を構えた。
「わかった……今度は全身を吹き飛ばそう!!」
「来るよ!!」
囲い込むように斬りかかる剣達を弾き、掴んで折り、叩き割りながらも即座に修復されるそれらに2人が後退を余儀なくされていく。
「【マーナガルム】っ!」
「!!」
ぶつかり合う拳や刃の間にまぎれて投げられた死月鉱の欠片を、姦姦蛇螺は無数の目で視認して体を捻じ曲げて躱した。
「また死月鉱を叩き込めたりはしないか……!」
「ねぇ、これもしかしてもうすぐ崖!?」
姦姦蛇螺の後方に見える社の残骸を睨んだ八美が冷や汗をかく。
死月鉱の大鎌を振り回しながら、アスクが魂へ意識を集中させた。
「……合図したらとにかくパンチしまくって!!」
「えっ!?」
剣を受け流しながら目を見開く八美へ目配せしながら、アスクが少しだけ口角を上げる。
「秘密兵器を使う!!……今!!!!」
「え!?……もう、やるしかない……!!はァァァァっ!!!!」
咄嗟に繰り出した無数の拳が、眼前に飛びこんできた七芒星の中を通り抜ける。
「ぶっ飛ばせ【天使の輪】!!!!」
「……え!?気配が変わって……だ、誰……!?」
天使の輪が複製した数多の打撃が姦姦蛇螺を囲い込み、2秒の内に終わる剣の修復すらも間に合わせぬ勢いでソレを弾き飛ばしていく。
「色々とあって……僕ね、色んな力が使えるんだ!他の皆には内緒ね?」
「オッケー内緒ね!分かった!!」
八美が目の前に浮かぶ七芒星へ拳を突き出す速度を上げると、アスクも自身の目の前へ出現させた七芒星へ無数の拳を叩き込み始めた。
「【アウレ・オララララ】ァ!!!!」
「オララララララララァ!!!!」
「ウァ……アァ……!?!?」
周囲を舞う天使の輪が姦姦蛇螺の腕や剣をすり抜けながら、更に増殖して多くの打撃で姦姦蛇螺を消し飛ばしていく。
「「おらああああ!!!!」」
やがて竜巻のように姦姦蛇螺を吹き飛ばす天使の輪が収束していく。
「アァァァァ――」
やがてガラスが割れるような音と共に消えた天使の輪の中からは
小さな黒い破片すらも落ちてこなかった。
「倒し……た?」
「……クソっ……。」
息を切らす八美の横で、アスクが小さく呟いてから冷たい石の道へ顔を打ちつける。
「アスク!?」
「天使の輪を一気に使いすぎた……やばいかも……『逃げなきゃ』。」
ぐったりと倒れ込むアスクを抱え上げようとした八美の背後で、空間が歪む気配がした。
「嘘……でしょ……?」
空中に現れた、黒い塊。
少し膨らんだソレからは、溶けかけている2対の腕が生え始めていた。
――――――――
「……お前、何を仕掛けた?」
「聞く前にその"堕落"しきった頭で考えてみろよ。」
微かに揺れ始めた地面を踏みしめながら、ホープが魔紳士Aと睨み合う。
「……せっかく堕天使に加えて"勇者"が来たんだから丁重にもてなしてやれとね、アレを使う許可をもらえたんだ。」
「……滅王の破片か!?」
山に現れた亀裂の中から黒いヘドロが溢れ出し、意思を持って形を成していく。
「その通り!『生まれ変わり』を手中に収められた以上、もう必要性も薄くなってきたからね……存分に使わせてもらう。」
「ギギギ……ジジッ!!」
「グヴヴ……ブォォォォッ!!!!」
「……ワォォォォン……!!!!」
「キィッ!?!?」
「必要性が薄まったとはね……嫌な事おしえてくれるな!!」
強まる揺れの中、魔紳士Aとホープが歯を食いしばった。
「【『闇獣の暴走』】……食い荒らせ!!!!」
――――――――
「フホホホ!」
錫杖で金棒を押し返していることを感じ取った醜堕僧が笑い声を出しながら力を強めていく。
「引ッかかりやがッたな。」
「……フホ!?」
突如として金棒が振り回され、金棒に受け流された錫杖が地面に深く突き刺さった。
「フ……フゥ……!?」
「【酒呑の舞】ィ!!!!」
振り回された勢いに加え、わざとフラついたイバラキの体重が乗った金棒の一撃が醜堕僧の体のほとんどを金属板のように潰した。
「やっぱりテメェ、中身ほとんど空洞か?ペラペラじャねェか……ま、あとはテメェのその体潰しまくりャ核も壊せるよなァ!!!!」
「フ……ホ……!」
イバラキが振り下ろす金棒が発生させた揺れの中に混じる別の揺れを感じながらも、七尋は手を強く前に出し続けていた。
「【捕】ぉぉぉお……!!」
「畳みかけろ!!!!」
「トドメだ!!!!」
「燃えて凍って砕けやがれぇ!!!!」
「ボォォォォ……ォ……!?!?」
人々の攻撃が凍りついたウメキ変霊を砕き、地面に転がって動かなくなったソレを見ながら、七尋が溜め息をつく。
「やったぞ!!」
「俺達の勝利だ!!!!」
「まだだ!!他の援護急ぐぞ!!!!」
「……七尋さん!イバラキさん!!」
2人が変霊との戦闘を終えたタイミングを見計らってから、一葉が2人の前へ飛び出してきた。
「よう、コッチは大勝利だァ……木槿はどうした?」
「まだ傀儡師のアンデッドと戦闘中です……!援護をお願いしてもよろしいでしょうか!?」
「もちろんよ!でもこの揺れは……何なのかしら!?」
イバラキが金棒を叩き込むのを止めたのにも関わらず地面が揺れている事に人々が気づき、徐々にパニックを起こし始める。
「なんなんだ!?」
「次は何が来てやがるんだ!!!!」
「コレ、滅震じゃないのかい……!?!?」
「私にも分かりません……空の模様もなんだかもっと……ん!?」
動揺しながら一葉が見上げた空に1つの影が見えた。
影が確かに落ちてきている。
「……コリウスさん!?!?」
「……ぬぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!!!」
大の字になったコリウスが絶叫を続けながら落下してきている。
「【セレクト】!!!!」
「うぉっ!!!!!!!!」
的確なタイミングで選択されたコリウスが、一度空中で静止してからゆっくりと地面に降ろされた直後、大きく息を吐いた。
「せ!!せっかく鏡の変霊を倒したのに……死ぬのかと……思った!!!!」
「はぁ……生きててくれて良かったです。」
「鏡の変霊……?上から落ちてきたのは異空間にいたからかァ……?つまり……アンタが卑鏡を倒しただッて!?!?」
「お爺さん、やるわね……!?」
地面に倒れこみ、深呼吸をしながらコリウスが首を傾げていた。
「卑鏡……?アイツそんな名前だったのだな!!!!」
――――――――
「逃げなきゃ……逃げなきゃ……!!!!」
蠢きながら腕を生やしていく黒い塊が、八美とアスクを睨む。
「今の現れ方……まさか、核はコイツが作った異空間の中!?じゃあ異空間に入れない限り、コイツは私達じゃ倒せない――」
「アァァァァァァァァァァァァ!!!!」
2対だけではない、無数に生えた腕が四方八方へ伸びていく。
まるで籠のように白蛇街を覆い、山や街にいた変霊達を掴みだした。
「縺溘☆縺代※……!?」
「ヤダヤダママママまだまだ走リたいタイ体諦逮。」
「縺阪∴縺溘¥縺ェi縺阪∴縺溘¥縺ェi縺阪∴縺溘¥縺ェi縺阪∴縺溘¥縺ェi。」
変霊を掴んだ腕は即座に縮んでいき、黒い塊の中へそれらを吸収していく。
取り込まれていくソレらの中に混ざる巨大なウサギや熊も、八美は見つけていた。
「……?」
唐突に八美の前を1本の腕が横切る。
驚いた彼女が腕を前に出して防御姿勢をとった。
だが、それが致命的な判断ミスであったと、彼女はすぐ気づく事になる。
腕が狙っていたのは、姦姦蛇螺が欲していたのは彼女ではなかった。
「あっ……!?!?」
腕によって地面に強く押しつけられた直後、凄まじい勢いでアスクが黒い塊へ引き寄せられていく。
八美の防御姿勢を解く動きが遅れ、慌てて伸ばした腕は彼のスカートを撫でることしかできなかった。
「待って!!……アスク!!!!」
彼を掴みそこない、伸びたままの手の隙間から、八美はアスクが黒い塊の中へ消えゆく様を見つめることしかできなかった。
異空間へ連れていかれた彼は、確かに姦姦蛇螺の核へ近づけるだろう。
だが破壊は……姦姦蛇螺へトドメをさすことが、疲労困憊の彼に出来るだろうか?
「私も……行かなきゃ……アスクが……死んじゃう?」
取り込まれていく変霊達の叫び声と、腕と足についていた死月鉱が響かせる不思議な音が彼女に足を踏み出させようとした瞬間。
「君が行っても無駄だよ、あの子を信じるしかない。」
どこからか降り立ったホープが八美の肩を掴んで引き留めた。
「……誰!?」
変霊を吸収しながら蠢く塊を見つめるホープの真っ直ぐな眼差しに、八美は自然と警戒を解きはじめる。
「もしかして……あなたがアスクとお坊さんが言ってた堕天使って人……?」
「その通りだろうね……さて、巫女の方はアスク君に任せるとして……あ、丁度いいの着けてるじゃん。」
八美の死月鉱製のグローブを握ったホープが彼女へ笑みを浮かべる。
「脱出用の糸を垂らしてあげようよ。異空間の中はまさに地獄みたいな状況だろうし。」
「……じゃあ貴女が脱出の準備をしといて!あの子、既にすっごい疲れてるから……私が助けなきゃ――」
再び歩き出そうとする八美の前を蔦が塞いだ。
「!!」
「だから無駄だって言ってるでしょ。今の彼には君よりも数倍頼りになる助っ人がついてるんだから。」




