第51話「静かに、穏やかに戻る街」
「きゃぁっ!?!?」
宮を中心に発生した白い光が、街を一瞬だけ覆った。
「さすが、私の"弟達"だ。」
倒れ込んだ八美の背後からホープの気配が消える。
光が消えた後、目を閉じた八美の周りで誰かが楽しげに話しているような声が聞こえた。
「……?」
彼女の腕の中にいつの間にか飛び込んできていたアスクが、目を閉じて丸まっている。
少しだけ開けた目から紫色のフードを見つけた八美は、即座にソレを抱き締めた。
「アスク!!!!」
「んぐ……!?……あ、あれ……僕、帰ってこれた?」
顔を抱き締められながら、アスクが白蛇宮にふく冷たい風へ手を伸ばす。
「そうだよ!帰ってこれたんだよ……よかった……!!」
「そっか……あのね、僕あの中で姦姦蛇螺と巫女のこと、倒したよ!一武と一緒に!」
八美の腕からすり抜けたアスクが、座り込む彼女の前で跳ねていた。
「一武と?……あ、そっか!藤結を使ったんだ!!」
「そうそう!使ったらなんか一武と堕天使がさ――」
「ん?あ、堕天使は……?」
何かを思い出したように八美が周囲を見回していると、アスクが彼女のグローブから伸びていた糸をまとめながら鼻を鳴らした。
「やっぱり助けに来てたんだ。」
「そうなんだけど……消えちゃった。お礼の1つくらい言わせてくれてもいいのにね。」
八美からグローブや靴を受け取り、首元の死月鉱へまとめながらアスクが空を見上げる。
「……次は、絶対リプラに会わせてもらうから。」
――――――――
山の中で魔紳士Aが木を蹴り倒した。
「……クソ、クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソッ!!!!おのれクロマ……おのれ一武……邪魔ばかりしてきやがるクソ女と不愉快な仲間どもがぁ!!!!」
変霊も動物も消えた街を睨みながら、魔紳士Aは拳を握って息を荒らげている。
「はぁ……はぁ……最初に選んだ女も悪かったかな……もっとしっかり馬鹿で扱いやすそうな方を選べば良かった……!!…………だが……ここでシッポ巻いて逃げられるほど、俺のプライドはカスじゃないぞ……!?!?」
彼の拳から生えてくる紫色の爪が紫雷をまとい始めた。
「ロベリアもアンデッド共もまだいる……クロマも堕天使も円卓主も、こうなったら俺が直接嬲り殺しに行ってやるよ……!!!!」
――――――――
先程まで争っていたアンデッド達と人々が、今は全員で白蛇宮を見ている。
「あれぇ?巫女ちゃん死んでるぅ?あれぇ……?体はそのまま外に、異空間に核を移動させてるから、倒されることなんて無いんだよーって……魔紳士君が言ってたのにぃ。」
「そんなデタラメな力の変霊だったのか!?!?」
「まァ何はともあれ……勝ッたみてェだな。ウチの娘と、アスクがよ。」
少しの困惑の後、人々が歓声を上げて武器を掲げた。
「「「「うぉぉぉぉ!!!!」」」」
「円卓主万歳!!!!」
「白蛇街の大勝利だ!!!!」
「……って気を抜くな!!まだ目の前にやべぇ奴がいるだろ!?!?」
「いやぁ、私もう帰るよぉ?」
「「「「……えっ!?」」」」
騒ぐ人々の前で、木槿と睨みあいながらロベリアが義手で頭を掻いている。
「万が一が無いように巫女変霊の護衛しとけって言われてたんだけどさぁ……思いっきり死んだしぃ。お友達にさ、いま言われてるんだよねぇ。『核が異空間にあるからって直接参戦もせず、慢心していたAが悪い、とりあえず帰ってこい。』ってさぁ。」
「ふむ……で?死に損ないの裏切り者を俺達が逃がすとでも?」
木槿が拳を握るのに合わせて、コリウスと一葉が銃を取り出し構えた。
「確かにそれもそうだねぇ……ただ敗走するのも気分悪いしぃ、一葉ちゃんくらいはお持ち帰りしちゃいたいなぁっ!」
「っ……死体になってお持ち帰りされるのは貴女ですよ!!ロベリアさん!!!!」
ロベリアの背後で、巨大なキメラのアンデッドが体を持ち上げる。
「それでオシャレな返し方したつもりぃ!?!?」
――――――――
白蛇宮の階段に座り込みながらアスクが遠くの空を見つめていた。
階段を駆け降りようとしていた八美が、彼の異変に気づいて足を止める。
「何してるの?皆まだ傀儡師と戦ってるよ……!?」
「……。」
沈黙するアスクの視線は、とても真っ直ぐと空へ向いていた。
「……疲れた?……でもここに置いてくわけにもいかないからさ……ほら、背負ってあげるから!」
「多分、行く必要ないよ……むしろ動かない方がいい。」
息をのむアスクに八美が首を傾げる。
「動かない方が良い……?なんで――」
動くな。
全員その場から1歩も動くな。
武装を解除し、戦闘を止めろ。
動けば命は無い。
空気が、空間が、いやそれだけではない。
地面も森も、石も土も、白蛇街にある全てが、白蛇街にいる全てへ警告していた。
鳥肌を立てながら、八美はアスクの横にへたりこむ。
「……何が……来てるの……。」
階段の下、道の途中でロベリアが膝から崩れ落ちる。
「うぅ……っ!?」
「……!!」
その他の全員も、ただ無言で目を見開きながら立ち尽くしていた。
「(なんだァ……何が、起きていやがる……?)」
「(覚えがあるわ……こんな……すごい気配を……出せるのは……!!)」
「(う、動けない……動きたくない……!!動いたら……死ぬって……皆分かるんだ……!!!!)」
「(この力……まさか……!!やはり……1人しかいない!!!!こんな圧倒的な力を持っている人間は……私の知る限り地球に1人しか……!!!!)」
森の中で、爪をしまいこんだ魔紳士Aの体が粒子となって消え始めている。
「……クソ……運の良い奴らが……クソ……クソ共が……。」
木槿の前で膝から崩れ落ちていたロベリアが、真下に現れた裂け目に飲み込まれていく。
「ひぃ……怖い、怖い……これが……『地球最強』の……オーラかぁ……睨まれるだけで、潰されそうで……堪らないなぁっ……ふひひ……それじゃ……生きてたら、またねぇ……。」
消えゆくロベリアを見下しながら、木槿は深く息を吸った。
「……来たか……。」
静かで透き通っていながら、酷く重みをまとったオーラが白蛇街とその周辺を制圧する。
晴れ渡り始めた空へ色を分けているかのように、水色の髪が風になびいている。
空に浮かぶ第2、第3の太陽のように、2つの赤い目が輝いた。
白と黒のみがデザインに取り入れられている服は彼女の威厳と魂の強さを現し、彼女の胸元についた勲章の数々は彼女の確かな勝利の数々を周囲に知らしめていた。
海の上で空を舞う彼女の存在を、99%の人類は気配を感じる事すらできない。
彼女を囲むように浮かぶ武器の数々は、主へ仕えられる事を喜ぶように輝き続けていた。
赤い目が遠くに見えた列島を睨み、いくつかの武器を飛ばす。
白蛇街に現れた武器が音よりも速くアンデッドと街の周辺へ突き刺さり、数秒遅れて響いた金属音が街にいた全ての者達へ再び語りかけた。
今より現れるは『最強の個』。
今より降り立つは『世界の守護者』。
今より事を収めるは『秩序の戦神』。
迎えよ。
そして従え。
逆らう事は、世界への反逆と同義。
かの人こそ世界の希望であり、『支配者』。
――――――――
燃え、あるいは細切れになって、または石化して砕け散っていくアンデッドを木槿が見つめていた。
彼の背後で足音が響く。
木槿達の背中を見ていたイバラキや七尋も、今やその『水色の髪』に視線を釘付けにしている。
「探したぞ、明星 木槿。」
「……オーダー。よく俺達がここに居ると分かったな。」
並び立つ木槿とオーダーを、一葉とコリウスはただ無言で見ることしかできなかった。
「ブライツを舐めるな、指を曲げるよりも簡単に特定できた。」
「さすがだな……そろそろ威圧を止めてくれないか、同僚が呼吸の仕方を忘れかけているんでな。」
プロテクターを胸部にまとめながら自身を睨んでくる木槿に、オーダーは目をやる事もなく前へ歩いていく。
アンデッドを消し飛ばした武器達が地面から抜けて、彼女の元へ集まる。
手の内へ吸収されていくそれらを見つめながら、人々はただ息を止めて冷や汗をかいていた。
「……一体あの上に何がいる。」
「さっきまで危険な変霊がいた。」
「君が倒したわけではないんだろう?……その変霊を仕留めた何かがいるな、連れてくる。」
音も無く姿を消したオーダーがいた場所を、人々はまだ見つめ続けている。
空を見つめていたアスクと八美の背後へ、数百本の剣や槍が現れた。
崩れた白蛇宮へ次々と突き刺さっていく武器達が光りながら不思議な音を奏でている。
「な、何が起きて――」
階段の下へ更に多くの刀や剣が突き刺さった。
2人が武器に囲いこまれた直後、階段の頂上へオーダーが腕を組みながら降り立つ。
「……あ……。」
「……。」
即座にアスクを抱え上げたオーダーが、彼の首元についている死月鉱を見つめた。
「オーダーさん……!?」
「イバラキ様と七尋様は下にいましたが……八美様もご無事で何よりです。」
死月鉱を睨み続けた後、ふとアスクと目を合わせた先にある模様へオーダーが目線を集中させた。
「……以前、高速道路で紫の宝石を残したのは君だな。」
アスクは瞬きすることもなくオーダーと見つめ合っている。
「そうだけど……あなたがもしかして……オーダー……なの?」
「そうだ、私が世界治安維持組織ブライツ 1番の輝きの オーダー。人は私を『秩序の戦神』と呼ぶ。」
オーダーが耳につけていた通信機から微かに声が漏れている。
「B.ライボット空軍、アイギス第1中隊 現着!着陸次第、被害状況の確認と生存者の保護を開始します!!」
風を感じた方向へアスクと八美が目を向けると、白蛇街の上空を数機のライボットが飛行している様子が見えた。
彼を片手で掴み上げたまま、もう片方の手でアスクの頭を掴み、ゆっくりと自身の方へ向けながらオーダーが睨みをきかせる。
「歴史的建造物の多数倒壊、変霊の集結により生じた死傷者、この白蛇街に発生した被害は大きい。そしてその白蛇街に何故か居た円卓主と複数の未確認勢力や、木槿と君という重要人物。未確認勢力にはどうやってか逃げられたようだが、これ以上を逃がすつもりはない。L.E.R.I、妖の円卓主である鬼百合一家、それらの勢力と結託し変霊と交戦していた住民達、全員の身柄を一度拘束させてもらう。」
アスクの顔から離れ、藤結に触れた手の中へソレが吸い込まれていく。
――次回、霜月白蛇宮 編 完結。――




