第43話「鬼」
月人と妖人、それぞれの出会いから一夜が明けた昼下がり。
白蛇宮の最奥にある空間に1人の坊主が立っていた。
「どうか……これからも鎮め続けてくだされ……悲劇の巫女を、月の下衆に利用された成れの果て達を……。」
坊主が頭を下げた先、部屋の中央には蓋で塞がれた井戸とその蓋に刺さる1本の刀がある。
「(万が一にもこれ以上混ざり合ってしまわぬよう、刀の力を恐れさせて出てこれぬように……白蛇宮の中央とそれぞれの端に分けられた5塊の変霊達を囲むように、能刀を構えて練り歩く……それが白蛇舞い。民に不安を与えぬため、刀は白蛇を模した布の中へ隠す。)」
数秒の後、頭を上げた坊主は蓋に刺さった刀が反射させる自身の顔を見つめていた。
「……申し訳ありませぬ『一武様』。300年という永い時が経った今でも……我々にはまだ貴方様や巫女達を解放できそうにありません。」
――――――――
「ありゃ……?アイツらって昨日の……!?」
店番をしていた単眼の妖人が人々の騒いでいる方へ顔を出すと、妖の円卓主やその家族と共に買い物をする木槿達が見えた。
「え、円卓主と随分と親しげに話してるな……あの家族……何者なんだ……?」
「昨日はありがとう!1つ目のお姉さん!」
突然真横から聞こえた声に驚いて振り向くと、笑顔のアスクがそこに立っていた。
「うわ!?!?」
「ふふふふ……皆!コッチコッチ!!」
彼の声を聞いた木槿達が一斉に店の方を向いてきて、彼らと目が合った単眼の女性は震えあがっている。
「お?いつの間にいなくなッたと思ッたらあッちにいッてらァ……。」
「あの店って昨日私達が行った場所ですよね、木槿さん。」
一葉の発言を聞いた群衆の1人が店を指差して叫んだ。
「あの店、円卓主が行った事があるらしいぞ!!」
「見ろ!店の前にいる子供……紫目の銀髪じゃぁ!!!!」
「月から来たのか!?!?」
「なんにせよ、とても縁起の良い店にゃ違いないぜ!!!!」
群衆の半分が店の前に流れ、またその半分が店の前に並ぶかアスクの写真を撮っていた。
「白蛇ドーナツ1つ!!」
「自分は3つで!!」
「サブレ7箱!!」
「11箱!!!!」
「おい俺の分も残しといてくれよ!?」
「ぎゃぁぁぁぁ!?!?1人それぞれ1種類3つずつまででお願いしまぁす!!!!」
「ひぇぇ、一瞬で囲まれた……。」
自分達がいた所にも負けず劣らずの勢いで人が集まる店に向かって木槿が歩いていく。
「アスク回収してくる。」
「おゥ、気をつけろよ。俺達ももう買い物終わらせるぜ。」
財布から紙幣と小銭を取り出す七尋の横でイバラキが角を掻いていた。
「に……218,500G……確かに丁度いただきました……!」
「ありがとよ。ここの菓子、親父が気に入ッてんだ。」
「「「なんだって!?!?」」」
群衆が割れてイバラキ達を外に送り出した後、雪崩のように店へ入っていった。
「僕にも頼む!」
「白蛇舞いに参加しながら食べましょう!」
「ぬぁぁぁぁまた買えない!!」
賑わう店を後にして歩く鬼百合家の隣へ、アスクを抱えた木槿が追いつく。
「まるで招き猫みたいだ。」
「アスクさんが?それともイバラキさんが?」
「両方。」
鬼百合家を挟んで歩くL.E.R.Iの人間達は微笑みながらも周囲を見回し、群衆が過度に鬼百合家へ近づいてしまわないようにしている。
「……ねぇ、もしかして死神隊長だけじゃなくてさ……皆けっこう戦闘訓練してたりするの?」
「私とコリウスさんはある程度……アスクさんは月で何回も動物と戦った経験があります。」
「そうなんだ……月って人以外に動物もいるんだ。」
旅館へ買った物を置きに戻る間、広い道の奥にある白蛇宮は異様な雰囲気と不穏な気配で度々一行の視線を引き付けた。
――――――――
夕方になり、荷物を片付けてきた木槿達とイバラキ達が白蛇宮の前に集まっていた。
「……ねぇ、なんか木槿ガタイ良くなった?」
「そうかもしれない、昨日は2時間ぶっ通しでラケットを振ってたからな。」
「っ……帰ったらリベンジさせてもらうからね!!アスクも!卓球台壊しちゃったから、今度は床で腕相撲しよう!!」
木槿を囲んで話す子供達をよそに、イバラキが白蛇宮の奥に見える巨大な建物を指差す。
「アレの地下と、四隅に建てられた塔の中に変霊が封印されてるんだぜ。大量の変霊が白蛇街に現れてから封印されるまでの間に混ざり合い続けた結果、5塊の強力な変霊になッちまッたらしいから……今でもソイツらが解放されりャ大惨事になるだろうな。」
「混ざり合う?変霊って混ざるの?」
アスクが首を傾げながら首元の死月鉱を撫でた。
「そうですよ、変霊とは体という入れ物を失った魂の成れの果てですから……あ、これも液体に置き換えると分かりやすいですね。体のような魂を分けてくれる壁がないと近くにいる変霊同士は混ざりあってしまうんです。混ざった変霊はその中に残っていた記憶や人格もごちゃまぜになって……ますます行動パターンや攻撃方法が分からなくなっちゃいます。その分知能や人間性が低下するとはいえ、基本的に混ざった変霊はその混ざった数が多ければ多いほど危険とされていたり……。」
巨大な白い鳥居をくぐりながら、一葉がアスクへ説明していた。
鳥居の先、白い砂利が敷かれた道の先にある広大な階段はまっすぐと白蛇宮の中央へ通じているように見える。
「混ざっちゃった変霊をまとめて呼ぶ時には塊っていうのを使うんだね。」
「そうです!……アスクさんって意外と話聞いてるんですね?」
人々と共に階段を登った先、群衆が大きな社の前に集まっている。
鬼百合家を見つけた群衆が次々と道を空け、社がよく見える場所へ誘導してきた。
「すごいな。」
「(さすがリーダーって感じだぜ、慕われてる感じがしやがる。)」
「(……ん?インヘリット!ずっと静かになってたから、ちょっとだけ心配したんだけど……。)」
イバラキと七尋の背後に八美が立ち、3人を囲むようにL.E.R.Iの面々が並んだ。
「(街の空気もお前らも平和すぎて寝てたんだよ……ただまぁ……ココは別だな。)」
「(……そうだね。)」
社の奥に籠っている異様な気配にアスクが軽く身震いしていると、1人の坊主が社の前に現れた。
坊主についてくるようにして、白蛇を模した木彫りの頭とその後ろを隠す白い布も社の前に現れる。
「それでは今より……。」
社の前に集まった人々へ坊主が長い話を済ませた後、どこかへ歩いていく彼と共に白蛇が動く。
「ついていくよ。」
去りゆく白蛇と坊主を呆然と見つめていたアスクの背中を押しながら、八美が他の皆と同様に歩き出した。
「(これが白蛇舞いか。思ったより……舞うっていうよりは歩くって感じなんだな。)」
どこからか聞こえてくる笙の音色に耳を傾けながら群衆や白蛇と共に白蛇宮の中を歩いていく。
「(ねぇインヘリット、あの大きな奴の中……何かない?)」
「(あぁ、あるな。変な雰囲気まとった何かが。)」
白蛇が進んだ軌跡をなぞるように空間の中で1つの線が泳いでいく様子は、アスクの目だけに映っていた。
白蛇宮の中央から南西にある隅の塔へ進み、その周りを囲むように歩いてから北西の塔へ、北西の塔を囲み次に北東、南東の塔の周囲も囲むようにして歩いた。
そのいずれの塔の中にも異様な気配が籠っていたせいか、アスクは終始眉をひそめ続けている。
「(戻り始めた?これでおしまいか?)」
坊主と白蛇が中央の社へ戻ろうとしている事を察したインヘリットがアスクの中で溜め息をつく。
「(この白い線……大きな奴の中にある何かでなぞったコレの端と端をつなぐのが白蛇舞いなのかな?)」
空を見上げるアスクが誰かとぶつかってしまわないように、一葉と共に八美は彼の背中を支え続けていた。
「ねぇ、突然どうしちゃったのアスク?」
「分かりません、何か見えているようで――」
坊主と白蛇、彼らに続く群衆が最初に行った道とは反対の道から社へ戻ってきて、白蛇の中にある『何か』が描いた線の始まりが社の前に見えた時。
坊主と白蛇が突然その足を止めた。
「……!!!!」
社の前に、鬼面をつけた人間が佇んでいる。
『銀色の髪』をなびかせ、ゆっくりと坊主に合わせたその『紫の目』の中には『ゆっくりと回る模様』があった。
「皆さん!!下がっ――」
「【禁断の刺激】。」
鬼面が差し出した指先から出た太い一筋の紫雷が坊主を撃ち抜き、彼の服と背後の白蛇を燃やす。
「ぐぁ……!?!?」
「何!?」
「火事だ!!」
「誰かが白蛇に火を!!!!」
悲鳴を上げる群衆へ次々と放たれる紫雷の1つが白蛇の中身を撃ち抜き、布の中から『異様な気配を纏う刀』と燃える人の手が転げ出た。
手から離れた刀の『力』の発生が未遂に終わり、白蛇宮の全体へ暴れるように弾けた線は、確かに切ってはいけない物を切り飛ばしてしまった様子だった。
空の色が違和感を孕み始め、白蛇宮の四隅にあった塔が大きく揺れる。
社の奥からは、悲鳴と呻き声が混ざったような叫びが聞こえてきていた。
「暴れろ、好きなだけ飲み込め……。」
空を見上げていた鬼面が、瞬時に察知した殺気へ拳を飛ばす。
アスクが振りおろした大鎌を受け止めた鬼面の手の上で『紫色の宝石』が輝く。
「お前……何者だ!!!!」
「……君こそ、ほんと……何者なんだい?」
ぶつかり、擦れた死月鉱同士が周囲に歪んだ音を響かせる。
「(堕天使じゃない、でも……敵!!!!)」
「(なんでコイツも死月鉱を持ってやがる!!コイツもスリエルなのか!?!?)」
燃え盛る服や白蛇から坊主を救出しながら、八美が鬼面を睨む。
「何アイツ……!!!!」
「銀色の髪!!まさか奴も!?!?……いや、奴こそが!?昔話にいた『月から来た男』なのか!?!?」
「そうは思いたくねェな……この気配、封印が解けちまッてんぞ!!!!」
揺れる地面や歪む空の色が、平穏の崩壊と変霊の解放を示していた。
「【捕】!」
死月鉱をぶつけあう2人の間に七尋の意思が入り込み、鬼面の首を締め上げる。
「ぐ……!!」
いちど振り向いて七尋と目配せを行ってから、アスクが大鎌の付け根を光らせ始める。
「色々聞きたいけどさ!!ひとまずくたばれ!!!!【孤独見下ろす満月――」
アスクが死月鉱の弾ける勢いを体に乗せ、回転するために軸を固定した瞬間。
「っ!?!?……来い!!エバエヴォルビング!!!!」
社を突き破りながら何かが起動した。
「……ギャハハハハハハハハッ!!!!」
社を壊して現れたソレがアスクを突き飛ばし、逃げる人々の頭上を飛びながらアスクと共に階段下へ降りていく。
「アスクさん!!!!」
「今の奴、変霊じゃないな。」
捕による拘束を力ずくで解き、体を揺らす鬼面の前にイバラキが立ち塞がった。
「……テメェ、いい加減にしやがれェ!!!!」
金棒を口内から取り出したイバラキに対し、鬼面がその面を投げ捨てて笑う。
「鬼の胃は伸縮性が高い……だから色々しまえるんだな……白旗もその中か?……キヒヒヒ!」
品の悪い笑みを浮かべるアンディの周囲を木槿達も含む多くの人々が包囲した。
「よくもやりやがったな……!」
「白蛇街の住民どころか、円卓主様にもナメた態度取りやがって!!」
「ボコボコにしてブライツに突き出してやらぁ!!!!」
「やるしかない!!相手が月人とはいえ、何かしなければ!!!!」
「でも……月鉱も無い私達に何が出来るっていうんですか……!?」
「何が出来るか考えてから動くんじゃ遅い、とにかく動いて叩いて……有効打を探せ。」
自身を囲む人々を1度見回し、アンディが両手を痺れさせ始める。
「……ナメてんのはお前らだろ。最強の種族の力!思い知ってくたばっていけ――」




