第31話「一難去って」
「……ロベリアさん……。」
外から聞こえてくる音や声から勝負の決着がついた事を察した一葉が、額へ涙を伝わせた。
「使ってほしいって言ってたリップ……何なのか聞きたかったですよ……。」
輸送車にもたれかかりながら一葉の独り言を聞いていた木槿が首を鳴らしていると、アスクが隣に寄りかかってきた。
「首は大丈夫そう?」
「あぁ、問題ない。」
「良かった。」
アスクは溜め息をついてから、振り返って輸送車の壁越しに一葉の魂を見ている。
「……一葉さ、なんであんなに悲しそうなの?」
「アイツはロベリアの本性を知らなかったからな。人の罪を見破る力も無ければ、危険な人間を見破る術も知らないアイツにとってはロベリアも数少ない友達の1人だった。」
「そうなんだ……僕、一葉に謝った方がいいのかな?悪い奴だったけど、一葉の友達だったなら――」
「いいや、必要ない。」
白衣のポケットに両手を入れながら、燃え盛る残骸の前に木槿が歩み寄った。
「お前はあくまで自分の身を守っただけだからな。それに……"終わりっていうのはそう簡単にやってこない物"だ。縁は尚更にな。」
――――――――
「これは……けっこう派手にやったな。」
肉と血の焼ける臭いが漂う料金所の上に、深緑色の長い髪と目の女性が降り立った。
長髪の堕天使が辺りを見回すと、遠くにある山の方から空が赤く染まってきている。
「ETCとか直してあげるのは無理だな……。ま、死体だけでも弔っておいてあげようか。」
長髪の堕天使が剣を抜きソレで空を優しく切ると、高速道路の壁に貼り付きながら何百本もの蔦が伸びてきた。
伸びた蔦は炎に焼かれる事もなく、死体の数々にその先端を刺しこんでいく。
蔦が死体に刺さった瞬間から死体達は干からびていき、粉々に砕けていった。
欠片が炎に巻き上げられ、空に消えていく。
「どうか来世は……何にも縛られない自由な人生を。」
最後の死体が砕け、空に破片を散らしていくのを見届けた長髪の堕天使が高速道路を飛び出すと、道路の真下にある草むらの中で2人の堕天使が彼女を待っていた。
「……ご苦労。」
「ひぐ……ぐすん。」
鎧を纏った老人が腕を組んで座っている横で、ヘッドホンをつけた少女が静かに俯いて涙を流していた。
「……バーグ?」
長髪の堕天使が少女の堕天使に触れると、少女が思い出していた景色が長髪の堕天使の中に流れ込んでくる。
――――――――
「オレは……帰っ……るさ……そしたら……また……お前……らと…………。」
酷く滲んだ視界の前で、長髪の堕天使が誰かを抱えながら跪いていた。
辺りは金色の光で包まれており、長髪の堕天使に抱えられているその誰かの体が少しずつ光の粒子となって空に消えていく。
――――――――
「『クロマ』……クロマぁ……ごめんよ……ぐす……ひぐっ……。」
「そうか……確かに、あの日の景色と似ているや……。」
泣きじゃくる少女の堕天使の横に長髪の堕天使は座り込んで、燃料を失って消えていく炎が上げる火の粉を眺めていた。
「私は弱いからさ、辛かった事はなるべく思い出さないようにしてたんだけど……。絶対に覚えているし思い出してしまうのは、知恵と治癒の嫌な部分だね。」
空が少しずつ明るくなって、空に舞う火の粉が見えにくくなっていく。
「……あの子を連れてこなくて正解だったや。」
長髪の堕天使が呟いた一言に、老人の堕天使が耳を傾ける。
「バーグは泣いている様子を人に見せたがる性格ではないからな。」
「それもそうだけど……もし連れてきてたらさ、怖ーい天使が私達に襲いかかってきていただろうから。」
涙が収まり、目を赤くしている堕天使を抱き寄せながら笑う長髪の堕天使の背中を見つめながら、老人の堕天使は動揺を隠した。
「……あちらは既に遠くまで移動しているはずだが……気づいているのか?こちらが此処へ来ている事に。」
「そうだよ?……すごいよね。」
――――――――
「死月鉱とはすごいな!!できない事を探す方が難しそうな万能具合だ!!!!」
輸送車の中で揺られながらコリウスが死月鉱の観察をしている。
「死月鉱で輸送車の中身を補修すれば、こうしてまだ問題なく動けるんですね!ガソリンが漏れていなかったのもラッキーです。」
「私はそれよりもな!!死月鉱をちょいと伸ばすだけでこの輸送車を立ち上がらせてしまえた事が驚きなんだ!!!!いやぁ、あのような感じの物をどこかで聞いた事があった気がしてな!!!!そうだ!!龍の地で猿の亜人が――」
一葉とコリウスの会話を聞きながら、アスクが輸送車の後ろから太陽光に照らされていく道路を見つめていた。
見慣れなく、明るくて幻想的な景色に圧倒されながらも奥に微かに見える気配とアスクは見つめあっている。
「……。」
「(あくまでお前の目的はリプラだもんな〜。今は大人しくL.E.R.Iに従っとくのが正しいと思うぜ、俺もよ。)」
魂に響くインヘリットの声はぶっきらぼうな印象を含んでいた。
「(なんで機嫌悪いのさ。)」
「(そりゃ……今回も俺が渡したアウレオラが何かしらぶっ飛ばすと思ったのによ!お前と来たら全部死月鉱で解決しやがった!!)」
「(……インヘリットの力を借りたら、木槿とかL.E.R.Iの皆がビックリしちゃうと思うし。)」
「(そうだろうがよぉ……いつまでも隠してるつもりか?)」
「(どうしようかな。)」
「(チッ……まぁ近々レイズが何かしらの手段で説明してくれるかもしれねぇしな……地球での俺の出番も近いと信じておくか……。)」
遠くに見えていた堕天使の気配が消えていくのをアスクがぼんやりと見つめていると、突然背後から誰かの手が彼の肩に触れてきた。
「?」
後ろにいる誰かに怪我をさせてしまわないようにアスクがゆっくりと振り返ると、一葉が輸送車の床に座り込んでアスクに嬉しそうな顔を見せていた。
「???」
「思いついたんです!アスクさんが地球人と触れ合えるようになる方法!!アスクさん、まず手の力を抜いてくれませんか?」
アスクの手を優しく掴んだ一葉が彼の手に壊れたピストルのグリップを握らせる。
「さっき木槿さんが捨てたやつ、証拠隠滅のためにと回収しておいたんですけどね……アスクさん、コレを壊さないくらいの強さで手を握ってみてください。」
「わかった!」
繊細な力加減に指を震わせながらアスクがグリップを握ると、すぐ縦に割れてバラバラになってしまった。
「あっ……ごめん。」
床に散らばった破片が転がっていくのを見つめながらアスクが落ち込んでいると、一葉がポケットの中から壊れたピストルをもう1つ取り出してアスクに渡した。
「気にしなくて大丈夫ですよ!ほら、何個でも複製できますから。」
渡されたグリップだけのピストルを手に乗せたアスクが首を傾げる。
「ありがとう……でも、疲れてないの?さっき色々と作って木槿に渡し続けてたよね……?なんならその後に気絶してたし。」
「うーん……要は何のために複製しているかの違いですよ!さっきはやらなきゃ死んじゃうような状況で危険な物を複製し続けていたから大分まいっちゃってましたけど……今はアスクさんのコミュニケーションを助けるために、半分遊びのような気持ちで危険性の少ない物を複製してるから案外疲れないんですよね。」
両手に複製したグリップを握りながら微笑んだ一葉の笑顔につられて、アスクも口角を上げた。
「そうなんだね!……でもまた疲れさせちゃったら可哀想だしさ、あと3個壊す前に握れるようになってみせるよ!」
「あははは……そんなに急がなくても大丈夫ですよ!40個は楽々作っちゃえますし、研究所までまだまだ遠いはずですから。」
コリウスが2人を観察しながら、運転席と後方を分けている金属製の仕切りによりかかった。
「助手席、来たいのか?」
「結構だ!景色を見やすくするためにこちらへ来ただけだからな!!」
「そうか。」
木槿と少し会話を交わした後、コリウスが珍しく声のトーンを抑え始めていた。
「木槿、私はさっき……ク殿の背中を見たんだがな?あのマーク、いや図形を知らん者はこの世に全くいないはずだ。だが、ヘプタグラムの話は月にも……わっていたのか?」
「……アスクの背中にある七芒星の話か。」
「そうだな!」
声量の調節に苦労しながら話すコリウスが、グリップを掴み砕いているアスクの服にある模様に目をこらす。
「研究所に着いたら聞いてみるか!」
朝焼けの下で傷だらけの輸送車が高速道路を進んでいく。
――――――――
地球の某所、暗闇に囲まれた空間でリプラが目の前にいる青年と睨みあっている。
「答えて……あなたは何者なの?」
青年が『奇妙な模様が入った』赤い瞳で本を読んでいる。
「もう絵本はいいのかい?」
「大体の内容は知ってる!!記憶の中に……もうある。」
青年の水色の髪が、光の無い空間でも煌めいていた。
「ここの中で知らないのはもうあなたの事だけだよ……!堕天使の皆はあなたを――」
「ただいま、『シ長』。リプラちゃんもお留守番ご苦労様。」
暗い空間の上から堕天使達が飛び降りてくる。
「……こう呼んでるけれど?」
「ん……?あぁそっか、リプラちゃんにはまだシ長のこと全く教えてなかった!」
長髪の堕天使が舌を出しながら自身の頭を小突いた。
「どうりで警戒されまくってるわけだ……君のおちゃらけ具合には呆れるよ。」
「テヘペロ☆」
『シ長』と小話をしながら彼の前に並ぶ堕天使達を、リプラが微妙な眼差しで見つめている。
「それで……教えてよ!!この人は何者なの!?」
足で床を踏み鳴らすリプラの背中を蔦が押し出して堕天使と共に『シ長』の前に並ばせた。
「教えちゃってもいいよね?」
「構わないよ。」
堕天使達の前で本を抱えている、水色の髪と赤い奇妙な瞳の青年が片手から深緑色の炎を出現させた。
「……!!ソレってもしかして……。」
「その通り。紹介しよう、彼こそが私達を『影の天使』……堕天使にした張本人であり、月人の根絶を目指して"いた"存在だ。」
深緑色の炎の中に本をしまいこんだ少年が咳払いをしている。
「月人が堕天使と呼んでいる影の天使の皆はボクを『シ長』と呼んでいるけれど……『夢の支配者』にはジャン・バルジャンと名付けられているから、まぁ、好きな方で呼んでくれて構わない。」
十芒星の隙間に丸を入れたような奇妙な模様は、彼の瞳の中でゆっくりと回転していた。




