第30話「舐めすぎ注意」
燃え盛り、焼け焦げた肉の臭いを辺りに充満させている料金所にライボットが迫ってくる。
加速を続けながらライボットは2本のアームを前に突き出す。
料金所のゲートに腕から激突したライボットがゆっくりと天井を引き裂き、ライトをチラつかせた。
「はぁっ……はぁ……しっかり戦闘仕様にされてるからぁ……速くて強くてぇ助かる……なぁっ!!」
息を切らしたロベリアが操縦桿を前後させながらペダルを踏み込むと、ゲートの破片を投げ捨てたライボットが残ったゲートの一部や死体を轢き潰しながら料金所を突破した。
「……臭いなぁ……っ……やっぱり……大人は強いけど腐った時の臭いがダメだぁ……。」
ライボットが再び加速を続けていると、路上に倒れている首が無くなった巨大な人影が見えてきた。
「……リプラって言ったっけぇ。それが君のほしいもの……いや、人なのかなぁ……!?」
先程とは違い、興奮ではなく恐怖と動揺に息を荒くしたロベリアが歯を食いしばった。
首を無くしたゴーレムが静かに起き上がり、飛び上がったかと思えば走行しているライボットの上に着地する。
「正しいかも……正しいよぉ……分かったよぉ!!私には君を友達の所へ連れていく事はできないかも!!!!そのリプラって子もどこにいるか今は特定できやしない!!!!だからぁ……まず君を殺すねぇっ!!!!アスク君を殺した後、リプラも見つけたら殺しといてあげる!!2人が死んだ後の灰を集めて!!混ぜて!!カステラにでも入れて食べちゃう!!!!」
――――――――
ゴーレムを殴り飛ばしてからしばらくの間、アスクは輸送車の壊れたバックドアから料金所の方向を見つめ続けていた。
「……なぁ、アスク殿!リプラ殿とは一体どんな方なんだ……!?」
疲れ果てたように座席に座り込んでいるコリウスがアスクを見ている。
「親友らしい、ソイツは地球に……堕天使に連れ去られたリプラを連れ戻しに来たんだ。」
運転席から聞こえる木槿の声も、どこか疲れているような印象を含んでいた。
「……そうか!……会えるといいな……!!」
「地球に来たんだから……絶対に会うよ。」
遠くに過ぎていく道路を見つめていたアスクが、死月鉱を煌めかせる。
「……来る。」
道路の奥から、狂気と悪意で作られた糸のような物が迫ってきている。
唯一それを確認できているアスクの目には、その糸がまっすぐ自分に伸びてきているのが分かった。
ゴーレムを殴り飛ばした時に1度切れた悪意の繋がりが、再びアスクと『こちらに迫ってきている者』を繋ぐ。
直後、輸送車をライトで照らす1機のライボットが急加速を続けながらアームを回転させた。
「アレは……トリオレッグ!?!?」
「データ上でも道路工事をでっち上げるために上層部が輸送していたヤツか!」
コリウスが再びピストルを構えてリロードをしていると、死月鉱が咄嗟に輸送車を包み込んだ。
「!?何だ――」
トリオレッグの上で首なしのゴーレムが再びロケットランチャーを構えているのを見つけたアスクが死月鉱でドームを作った直後、爆発が輸送車を後ろから強く押し飛ばした。
「っ……。」
ドームによって視界の一部を遮られながらも、木槿がハンドルを切って車のスリップを抑える。
「ゴーレムをロケットランチャーごと拾い上げてきたか……。しかし妙だな、あのトリオレッグ……動きからして明らかに戦闘仕様に調整されている。そもそも、俺達にライボットを動かすためのキーは渡されていなかったのに、何故ロベリアがアレに乗れているんだか。」
「確かにそうだな!!……もしや!奴に協力している裏切り者が他にもいるのか!?!?」
死月鉱のドームの中で声を反響させながら木槿とコリウスが話している最中にも、幾度も発生する爆発が輸送車を強く揺らしている。
「とにかく今はアイツをどうにかしないとマズイ。このまま研究所まで連れていくわけにも行かないしな……。」
トリオレッグのスピーカーのスイッチが入り、ロベリアの裏返った大声が高速道路と周りの山々に響きわたる。
「アスクくぅぅぅぅん!!!!その程度で私を防げると思ってるならぁ!!地球人舐めすぎだよぉ!!!!」
加速を続けたトリオレッグが瞬時に輸送車の横に追いつき、上半身を回転させながら輸送車に掴みかかった。
押された輸送車が高速道路の遮音壁にぶつかり、死月鉱のドームが遮音壁と擦れて震えている。
「体を固定しろ!!どこかにつかまれ!!!!」
木槿がハンドルに抱きついてそう叫んだ直後、トリオレッグが輸送車に被さっていた死月鉱のドームを持ち上げ始めた。
「こんにゃ……ろぉっ!!……あはははははっ!!!!」
リミッターを外したトリオレッグのアームによって投げられ、宙を舞う輸送車が路上に横から転がり落ちる。
逆さまになって転がる輸送車を見たロベリアが子供のような無邪気な笑い声を発していると、輸送車の運転席から木槿が這い出て来た。
少しだけよろけた足取りで立ち上がった木槿が、まっすぐとトリオレッグのカメラを見つめる。
首なしのゴーレムが一瞬で木槿に接近し、彼の首を絞め上げ始めた。
「……ここからどう逆転するつもりなんだか、私にはさっぱり分からないよぉ?」
「……。」
髪をいじりながらため息をついたロベリアが、トリオレッグのカメラ越しに木槿を見下す。
「ずっと……君は同年代だと思えないくらい達観してたよねぇ。まるで全部の戦い方を見た事あるように戦うその姿は、どんなベテランのソルジャーよりも恐ろしく見えたよぉ。本当に全部を分かってるんじゃないかってさ、さっきまで思ってたんだけど……やっぱりそうでもなかったのかなぁ?私に捕まえられちゃったんだし。」
――――――――
照明が点滅している輸送車の後方で、シートベルトに固定されている一葉がゆっくりと目を開けた。
「……えっ……?」
自身にかかっている重力に感じた違和感から、今この輸送車が逆さまになっている事を察した一葉が前を見ると、同じくシートベルトに固定されながら気絶しているコリウスがいた。
「何が……起こったの……アスクさんは……どこに……?」
輸送車のバックドアが外れて、路上に落ちる。
「ん?アスクくんじゃぁぁん……。ほら見て、木槿のこと捕まえられちゃった。」
輸送車の後方からアスクがトリオレッグの前に姿を現しゆっくりと彼女へ近づこうとする横で、ゴーレムが足を踏み鳴らした。
「ごめぇん、このままの状態でそれ以上近づかれると……怖いかなぁ。」
ゴーレムが木槿を掴んだままトリオレッグの上に飛び乗る。
「死月鉱は変形に1秒もかからないっていうのはL.E.R.Iの中じゃ常識でさぁ。でもつまりソレって……0.1秒以上はかかるって事なんだよねぇ……ん?そもそも君達にそういう時を数える文化は無かったっけ?ま、この距離ならもし君が私を殺しに来ても、木槿は確定で道連れにできる。この子を狙っても、私を狙ってもぉ……木槿は助けられないっ。」
ロベリアが静かに笑いを混ぜながら、興奮に体を震わせて話を続ける。
「木槿のことぉ……助けたいよね?」
無言でトリオレッグを睨み続けていたアスクの魂の奥底で、木槿と初めて話した時の思い出がよぎった。
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「リプラに……堕天使に地球へ攫われたリプラにまた会いたい!!」
「地球に来た後、親友を見つけるまでの過程で……どんな事が起きても希望を失うんじゃないぞ。光の方にまっすぐ進むんだ。」
「……もちろん!」
「グータッチ、月にもあるんだな。」
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アスクの拳に、力がこもる。
「もし君が死月鉱とかの一切の戦闘手段を放棄してぇ、大人しく私についてきてくれたら木槿を解放してあげるよぉ。コリウスや一葉ちゃんにももう危害は加えない。」
充満する悪意と嘘の臭いが、アスクの拳に強く絡みついてソレを更に強く固めた。
夜風になびかれたフードがアスクの目元を隠す。
「多分、君にとって木槿は初めて仲良くなれた地球人だよねぇ?この人が死んだら、君もレイズ・ミカエルもすごい悲しくなっちゃうんじゃないかなぁ……?選択肢は、1つだけだよねぇ……っ?」
静かに揺れる空気が、ロベリアの放つ悪意を更に正確にアスクへ伝えてくる。
「(絶望する顔を見せてよ!約束をないがしろにされ、目の前で大切な人が無残に殺されたのを見て泣き叫ぶ子供の顔は何よりも美しくて、愛おしくて、強く首を絞めて殺してやりたくなるんだぁ!!)」
フード越しに見たロベリアの魂は先程よりも鮮明に、どす黒く、恐ろしい物に見えた。
信用して頼り、『仲間』だと認めていた人間を危険に晒されているせいだろうか、アスクの中で何かが強く脈打ち始めている。
親友ほどではないが、仲間を傷つけられそうになっている事への怒りか?
どす黒い悪意でできた魂への嫌悪感か?
遠いおぼろげな記憶からの懐かしさか?
今、どれが最も強い意志なのかはアスクにとってはどうでもよかった。
強く前に足を踏み出し、死月鉱を木槿に伸ばした。
「!?」
死の気配に神経を刺激され、アドレナリンを大量に分泌しているロベリアが思考を巡らせる。
「(なんで……?いや、これもしかして失敗したかなぁ、アスク君にとって木槿はそんなに大事な存在じゃなかったのかなぁ?)」
死月鉱が伸びる勢いが風を起こし、アスクのフードを後ろに倒した。
月明かりが、とても晴れやかな表情をしたアスクの顔を照らしている。
「(……?おかしい……!なんで……なんでそんな顔が出来るのぉ……!?)」
ロベリアに命令をされたゴーレムが腕に力を入れ、木槿の首を折ろうと筋肉に信号を送った。
動かない。
ゴーレムを包むプロテクターが、何かに固められている。
「……な、なにぃ!?なんで!なんで!なんでぇ!?」
スピーカーから聞こえてくるロベリアの叫びに、アスクが不敵な笑みを浮かべる。
「……僕ね、思ったんだよ。何かしてても、バレなきゃ何もしてないのと一緒なんじゃないかって。」
プロテクターの間を埋めつくしていた死月鉱がゴーレムの指を強引に曲げ、木槿を解放する。
華麗な着地を決めた木槿が白衣の汚れを払っている横で、アスクが握り続けていた右手を高く上に掲げた。
「皆から才能に溢れてるとは言われてたけど、やっぱり僕はまだ未熟だからさ……死月鉱や月鉱に直接触らないと操れないんだ……驚いた?触れてないのに操ってるみたいでしょ!!」
アスクの手の隙間から紫色の糸が伸びている。
「……っ!!!!ずっるっいっよぉぉっ!?!?そんなの"ルール違反"じゃぁぁんっ!!!!」
カメラ越しに少しだけ煌めいているソレをようやく見つけたロベリアが、呼吸を震わせながらコックピットの液晶を殴った。
「ロベリア……さっき『僕が地球人を舐めすぎてる』って言ってたっけ?」
風になびく死月鉱の糸を眺めながら、アスクがロベリアの口調を誇張しながら真似ていた。
「……舐めてるぅ……!!でしょぉっ!!!!」
目の前の小さな存在に追い詰められている事実がロベリアの視野を狭める。
ロベリアの本性を知ってから彼女に恐れを抱かなかった子供は今まで彼女の前に一度たりとも現れた事がなかった。
戦争の中で捨てたはずの正常性バイアスが今になって歪んだ形で蘇り、彼女の背中を敗北の王手へ押している。
このバカな子供は私の事をしっかりと認識できていないんだ!
舐めているんだ!
それ以外にこんな態度をとれる理由はないんだ!!
感情に呑まれたロベリアがトリオレッグの操縦桿を握ったことにより、トリオレッグのアームがアスクへ殴りかかる"はずだった"。
風に飛ばされた死月鉱の糸がさりげなく街灯に結びついてから、トリオレッグの周りを緩やかに飛んでいる。
決して切れない糸に手をかけたトリオレッグのアームが金切り音を上げながら止まった。
「……あれ……ぇ!?」
動かなくなった操縦桿を必死に揺らすロベリアの背中を、冷や汗とは違う冷たい何かが伝っていく。
トリオレッグのカメラ周辺を、3本の足を、胴体の周りを、2本のアームの周りを飛び終わった糸がトリオレッグの機体の中心部へ入り込んでいっていた。
その様子を見ていた木槿が振り向き輸送車の方へ歩き始めた後を、アスクが跳ねるように着いていき始めた瞬間。
アスクの右手へ糸が集まり始め、その軌道がトリオレッグと街灯を巻き込み始めた。
強制的に折りたたまれ始めたアームの中から何かが千切れる音が聞こえてくる。
次々と機体の損傷を報告してくるモニターを見つめていたロベリアが、周囲から聞こえてくる金属の割れたり歪んだりする音を耳にした。
「え……えっ……?あ、あぁ……あ、アスク君!?待ってぇ!?やめて!?!?」
スピーカーから聞こえてくる音に、ノイズが走り始める。
トリオレッグの上半身と下半身を繋ぐ関節から火花が散り、モノアイから発せられていた光が点滅を始めた。
コックピット内のモニターや照明が消え始めた横でロベリアがハッチを開けようとソレを殴りつづけていると、コックピットの中でノイズ混じりのアスクの声が響いた。
「舐めてたのはソッチだよ。お前は月人を舐めすぎた。」
とうとうコックピットの中でも火花が飛び散り始めた直後、死月鉱の糸が徐々に妖しい光を放ち始める。
「そ、そんなぁ……っ!?やだ!やだ――やだぁ!!!!死にたくないよぉっ!!!!まだっ……!!まだ生きてる月人ちゃん達とすら――――もした事ないのに!!!!死にたくな――」
ハッチを激しく引っかく音と共に聞こえたノイズ混じりの悲鳴を背中で聞きながら、アスクが右手を開いた。
糸の切れ端が宙を舞って街灯に触れた直後、締めつけに負けた街灯が根本から折れ、倒れた街灯がトリオレッグのカメラを叩き潰す。
それとほぼ同時に死月鉱が激しく輝いて、夜空を紫色の光が照らした。
「【マーナガルム】。」




