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第28話「月人争奪戦」

 アスクが地球へやってくる2週間ほど前。


 地球のとある街の一角にある廃墟の中、大金の入ったジュラルミンケースがロベリアの前で開けられた。


 1億G(グリント)は入っていそうなジュラルミンケースの中身に目もくれず、ロベリアはにやけてため息をつく。


「久しぶりに君から連絡が来たと思ったらぁ……ごめんねぇ、今の私にはお金よりも欲しい物があるんだよね。」


「あくまで確認するために開けただけさ……やはり君も『月人』が欲しいんだな。」


 ロベリアの前にいるソレが音質の悪いスピーカーを通して声を出している。


「まぁ……そうだね。私はさ、俗に言うペドフィリア(小児性愛)ネクロフィリア(死体性愛)を混ぜ混ぜしたような嗜好の人間だからさぁ。あんな可愛いのと仲良くなれたら私、超幸せぇ……っ!」


 ロベリアが恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべた後、目の前にいるソレの姿を舐めるように観察する。


「ちょっと話逸らすけどさ……いつ見ても君のそのルックスは慣れないなぁ。」


 大きいカーペットのような布をまとい、シャチの頭蓋骨を面のように被っている存在が、ロベリアの前で笑う。


「……シャチ、好きなのだよ。」


「だからって頭蓋骨被るのぉ?ぬいぐるみとかにしなよ、重くないのぉ?」


 彼女らが互いに静かに笑いあっていると、布の下から滑らかな動きで()()()()()()が伸びてきて、ジュラルミンケースをそっと閉じた。


「まぁそれよりも、だな……月人は死んだら灰のような塵になって死体が消えてしまうのは君も、L.E.R.Iの奴らも知っているのだろう?……相変わらず君は感情が目元に出やすい、耳が痛い話だろう?」


「まぁ……そうなんだよねぇ。だから残念だけど月人ちゃん達とは仲良くするだけ止まりになりそう。私の人形にできたらさ、小さくて可愛くて冷たぁい体を隅々まで……独り占めできるのにねぇ。ま、可愛い子達と仲良しできるついでに、一般人として過ごすための名義も用意してくれるらしいから……いっそもう足を洗って月人ちゃん達と仲良くし続ける隠居生活でも始めようかなって……。」


 息を荒くしながらも視線を落とすロベリアを横目に、シャチの頭蓋骨を頭に被ったソレはジュラルミンケースを自分が纏う布の下にしまい込んだ。


「あたし達なら君のために月人の死体を用意できる……そう言ったらどうする?」


 ロベリアが目を見開く。


「ふむ?なるほど……君ならやれそうだし、乗るよぉ?それで、私に何をしてほしいのぉ。」


 彼女が素早く身を乗り出すと、シャチの頭蓋骨が少しだけ震えたような気がした。


「おそらくあと半月もしないうちに、君達の元へとある『特別な月人』がやってくる。」


「特別な月人……天使種ではないのぉ?」


 シャチ頭が少しだけ首を傾ける。


「そうでもあるが……彼はもっと()()かつ()()である可能性が高い……彼をあたし達の元へ連れてきてほしい。まぁ、もし連れてくるのが難しくなったら殺してしまってくれ。」


「……殺しちゃってもいいって事は、君達にとって都合の悪い存在って事なんだね……?ねぇ、よかったら教えてよ。その子さ、天使よりも特別って……一体何者なのぉ?」


 ロベリアが心を躍らせながらシャチの頭蓋骨の奥に隠されている顔を覗こうとするのを、シャチ頭がアームで押しのけた。


「……あれ?近くで見てやっと気づいたんだけどさ……これってぇ。」


 自身を掴み、近くにある古い椅子に座らせたアームの表面をロベリアが撫で、何かに気づいて瞳孔を小さくした。


「その月人が生まれたのはおよそ200年前……ちょうど、コスモス大陸が『七芒星の勇者』によって滅王ごと4つに割られた日の内に彼は生まれている。」


 シャチ頭の話を聞きながら、一心不乱にアームを撫で続けていたロベリアの口角が少しずつ上がり始める。


「……なるほど、色々察せるなぁ。『七芒星の勇者』、かつて滅王を討った英雄の呼び名……滅王の隣に常にいたと言われている銀髪紫目の『魔紳士A』……そして、君が操ってる()()。少なくともその月人ちゃんは、君達『滅竜教』にとってはこの上なく大切な存在なんだねぇ……?」


 ロベリアが(なま)めかしくアームを触りながら、猟奇的な光を目の中で輝かせる。


「彼はこれから再び始まる『大いなる世の混沌』の中で最大級の()()()として機能するだろう。彼の力が敵のもとに渡れば……ソレは敵対勢力の中で最も危惧すべき物へと成り得るが……逆にあたし達がその力を手にする事ができれば……勝利はほとんど確定する。」


「ふーーーん……あのさ、もしその大いなる世の混沌とやらの中で君達が勝ったら、その先どうするのぉ?」


 ロベリアにアームを抱きしめられながら、シャチ頭は廃墟の汚れた窓から見える街並みを見つめていた。


「……当然、作り直すのだよ。愚者の過ちから生まれてしまった、この濁った世界を。」



 ­­­――­­­――­­­――­­­――



 時は現在に戻り、料金所に衝突した輸送防護車の中でアスクが辺りを見回す。


「何コレ……たくさんヤバい気配がある!魂は……見えないのに……?」


「……う……たくさんの……気配……?」


 死月鉱によって固定されていた一葉が、先程起きた車のスリップに目を回しながら呟く。


「魂が見えないなら……多分……ロベリアさんのアンデッドです。」


「アンデッド?」


 首を傾げたアスクが死月鉱に固定させていた一葉とコリウスを席に下ろしながら、彼らの前に駆け寄る。


「ぐ……そうか!!月人は死ぬと粉々になるから説明が難しいな!!!!」


 先程の衝撃に腰を痛めたコリウスが天を仰ぐ。

 一葉はまだ状況が飲み込みきれていないのか、周りに響く足音へ気を散らしながらアスクに説明をした。


「順を追って説明しましょうか。地球人と月人の違いの1つとして、死んだ後の違いもあるんです。月人は塵になって消えるのに対して、私達地球人は死んでもすぐに体が消える事はないんです。ロベリアさんの力はその死んだ後の体……死体を操れる力なんです。」


「なるほど……。」


 アスクが納得し頷いていると、突然輸送車が横揺れしながら上に浮き始める。


「……持ち上げられている!?」


 揺れによって座席から転げ落ちたコリウスが、姿勢を整え直しながら顔をしかめる。


「アンデッドは人の死体……死体は、人が死なないと出てこない……!!事前に準備でもしておらんと輸送車を持ち上げるほどの数をすぐに集める事は不可能だ!!!!私の予想が正しければ……奴は、ロベリアはL.E.R.Iを裏切ったか!!!!」


 肉体的、精神的な苦痛に顔を歪ませながらコリウスが車の床を殴る。

 一葉は目を見開いて激しく手を振った。


「そ、そんな……!もしかしたら……壊れた車を代わりに運ぼうとしてくれてるのかもしれないじゃないですか!!!!」


「だから!!その死体はどこから持ってきたんだ!!……なぜ走ってる最中に前から騒がしい声が聞こえてこなかった!!!!」


 歯を食い縛り立ち上がるコリウスの横で、一葉は目を泳がせている。


「っ……?騒がしい、声……?」


 変霊(へんりょう)の手を埋めて戻ってきたときのアウトフォールに感じた違和感、ソレを指摘しなかった事を後悔し、コリウスが拳を強く握った。


「アウトフォールも、木槿も!!私が奴を信じてしまったばっかりにっ!!!!」


 揺れる車内で、悔恨に包まれた空気の中で、アスクはコリウスと一葉の間に立った。


 見つけたのだ、道路の上で動き回っている木槿の魂を。


「……!木槿ならアッチで戦ってるみたいだよ!!生きてる!木槿まだ死んでない!!」


(まこと)か!?」


 アスクが指を指した方向に一葉達が耳をすますと、チェーンソーの駆動音や人の駆ける音が輸送車の厚い壁越しに聞こえてきた。


「確かに……!」


「"確かに"って何さ!?僕は嘘がつけないんだからね!!」


「……こうしてはおれん!!」


 コリウスが拳を震わせながら輸送車のバックドアを掴んだ。


 その手を、咄嗟に一葉が掴む。


「待ってください!外はアンデッドだらけですよ!!木槿さんを助けに行っても……かえって私達が邪魔に­­­なるだけです!!」


「っ……!!そうかもしれないが!!!!」


 少しづつ持ち上がる輸送車の中で、アスクが大きく腕を振った。


「こんなたくさん敵がいる中で、1人で生き残れるなんて……ミカさんの言ってたとおり、木槿はとっても強いんだね。」


「「?」」


 一葉とコリウスの横に立ち、今度はアスクがバックドアに手をかける。


「僕なら足手まといにはならないかな?」


 ……飛び込むつもり?危険すぎる、いくら強いといっても、もし何かあれば取り返しがつかない……。


 一葉は心でこそそう思いながらも、隣でドアに手をかける彼を止めようと行動する事はできなかった。


 軽く触れられただけで手を痛めていたコリウスの事が頭に浮かんだのも、彼を止めるために触れようとする事が出来ない理由の1つではあったが、最大の理由は一葉が見つけた1つの『諦め』であった。


「(戦わせるしかない。)」


 自分の何かを選び固定するか増やせる((無機物のみを))力も、コリウスの近くにいる全員を巻き込む叫びの力も、この状況では役に立たない。

 そして、何か抵抗をしないと車ごと私達はどこかに運ばれてしまう。

 その行き先が私達を歓迎してくれる可能性は0に近い。


 打開してもらうしかないんだ、この状況を、1人の小さな子供(最強の種族)に。


 自身を止めようとしない2人の様子から彼らの心境を察したアスクが、ドアを握っていない方の手で死月鉱を手に取った。


「……任せて!」



 ­­­――­­­――­­­――­­­――



 大量のアンデッド(死体)が木槿を足止めしている横で、別のアンデッド達がロベリアに操られながら防護輸送車を持ち上げようとしていた。


 輸送車の後ろを持っていたアンデッドの1人が肺から空気を漏らした瞬間。




 バックドアが凄まじい勢いで外れ、巨大な鉄板と化したバックドアが数体のアンデッドをまとめて叩き飛ばした。


 バックドアを盾のように構えながら、勢いよく飛び出したアスクが高速道路の上に着地する。


「力加減また間違えちゃった!!」


 バックドアごと外に出てきてしまった事に慌てながらもアスクが死月鉱から鎌を作り出したその時、彼を目にしたアンデッド共が輸送車から手を離して走り始める。


 アンデッド達に持ち上げられていた輸送車は地面に落ち、数体の死体を下敷きにするのと共に強い縦揺れで、壊れたバックドアの近くにいた一葉とコリウスを車外に放り出した。


「あっ……!?」

「ぬわっ!!!!」


「やば……!2人とも!!」


 アンデッドの大群の中に転がり落ちる2人を目にしたアスクが走り出そうとするのを数体のアンデッドが妨害し、彼の前に立ち塞がる。


「あァ、かわ……かわかわかわカワかわかわいいいいねぇ……あ、ア、ア、アツすぎぎるけけどぉ。」


「どぉコいくノ、ノノ……ノ?」


「わたシと、あソ、ァそぼうよぉ。」


 何体かのアンデッドの手には包丁やノコギリが握られており、おぼつかない足取りでアスクににじりよってくる。


「……邪魔をするなら!!バラバラにする!!!!」


 アンデッドの四肢から糸のように伸びている悪意が、意図せずともスリエル(死の天使)の本能を逆撫でした。


「11、10、9、8、7、6……」


 輸送車と料金所を挟んだ先で、アンデッド達が振り下ろしてくる武器を弾きながら、木槿がカウントダウンを口ずさんでいた。




 5が数えられた時、アスクが目の前にいた3体のアンデッドを壊れたバックドアで叩き飛ばした。




 4が数えられた時、操っているアンデッド越しに感じたスリエル(死の天使)の殺気にロベリアが操縦桿を震わせた。




 3が数えられた時、一葉とコリウスが咄嗟に構えたピストルで、襲いかかるアンデッド達の頭を撃ち抜き始めた。




 2が数えられた時、外れたバックドアでアンデッドをなぎ払いながら、アスクが一葉達のもとに駆けつける。




 1が数えられた時、極限状態に達した一葉が『能力の活かし方』を銃のリロードを行いながら思いついた。




「0。」




 カウントダウンを終えた瞬間、木槿は素早く後ろに飛び、武器を持っていないアンデッドの位置を思い出しながら料金所を飛び越える。


 動きの鈍いアンデッドの手を切り裂きながら料金所の壁を蹴り飛ばして、輸送車の上へ登った木槿は白衣に専用のリボルバーをしまいながら車の後方へ余裕を持って歩いていった。


「一葉!!よこせ!!!!」


「……はい!!」


 アスクが振り回す死月鉱の鎌が、迫り来るアンデッド達の首や腕を削いでいく中で、一葉が咄嗟に上に投げたのは無機物である、自身とコリウスが持っていたピストルと『無数に複製されていくマガジン』であった。


「【セレクト(選んで)コピー(覚えて)アンド(そして)ペースト(増やす)】!」


「……何コレ!?」


 空を舞ういくつものマガジンにアスクが驚愕しているのを横目に、木槿が2丁のピストルをキャッチした。


「死神と、死の天使の前だ……そろそろ正しく死んでもらわなきゃな。」

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