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第27話「”差”」

 初めて乗る輸送防護車の中でアスクが揺れている。


「すごい楽だねコレ!でも、どうやって動いてるの?」


「えーと、ガソリンっていう燃えやすい液体があってですね?それを燃やした時に出てくるエネルギーを利用して動かしているんですよ。」


 シートベルトによって固定されたアスクの近くで、彼の特徴を記録しながら一葉が明るい声で彼の質問に答えた。


「そうなんだ!……じゃあコレは?僕につけられてる黒い布みたいなやつ!」


「シートベルトっていう物ですね、実はソレとガソリンって元を辿ってくと、原油っていう同じ物質から作られてるんですよ。シートベルトはガソリンと違って液体じゃない上に、燃えにくいんですけどね。」


 一葉の言葉にアスクが首を傾けた。


「ふーん……ねぇ、元ってどういう事?原油っていうのは月鉱とか死月鉱みたいな物なの?」


「……えっ!?」


 困惑する一葉にアスクは気になった事を遠慮なく聞き続ける。


「……そういえば地球人ってすごいカラフルなんだね!

「一葉さんには妹がいるってコリウスさんが言ってたけどそもそも妹って何?

「僕が降り立った場所にあった茶色と緑の木みたいなやつって……

「L.E.R.Iの拠点ってどんな感――


「ひぇ……え、えっと……。(質問だけどんどん投げてくる……!!)」


 月人には話すための口が何個もあるのか?と錯覚しそうになる勢いで様々な事を訪ねてくるアスクに怯え、隅に縮こまり始めた一葉を見かねたコリウスがアスクの隣に座り、大きく口を開いた。


「アスク・スーリエル殿!地球に来てから見慣れぬ物を多く見、ソレらについて一刻も早く色々な事を知りたいのは分かるが……地球人は皆が多くの質問に一気に対応できるほど強くはないのだ!!!!すまんが1つ1つ、少しずつ情報交換をさせてくれないか!?」


 コリウスの大声に驚いたアスクもまた、一葉のように少しだけ縮こまった。


「……ごめん、月では全部の質問に対応できる人とばっかり話してたから……。」


「(えぇ……月ってこんな会話が常に行き交ってる可能性あるの?私、月に行ったら頭、破裂して死ぬかも……酸素とか大気圧の有無とかじゃなくて、質問されすぎてパンクしそう……。)」


 アスクの言葉を聞いた一葉が、また少し縮こまった。


 アスクがレイズやリプラの事を思い出し少しだけ(うつむ)くと、固い男の手が彼の頭を抑える。


「こちらこそすまない!私は力の関係で声量調節が苦手でな!人に注意をすると想像以上に怖がられてしまうんだ!!ハッハッハ!!!!」


 先程凍った空気を壊したように、彼のハッキリとした話し方がアスクの緊張を少しだけ崩した。


「(……インヘリット、この人達は多分信用して良さそうかな?()()()みたいな『嫌な繋がり』を感じないんだ。)」


 アスクがフード越しにコリウスの手の温度と魂を感じるために、彼の手に触れて頭に押し付けようとした。



「ぐぅ!?痛だだだ!!!!!!!!」



 直後、コリウスが顔をしかめて苦痛にもがき始める。


「!?」


 コリウスの尋常ではない声量に驚きながらも、事態を察した一葉が即座に2人の元へ駆け寄った。


「アスクさんごめんなさい!!コリウスさんの手すぐに離してください!!!!」


「な、何!?」


 アスクがコリウスの手を離すと、

 手のアスクに掴まれていた部分が酷く赤くなっている。


「僕……コリウスに何しちゃったの……!?」


「……月人と地球人の体は見た目だけならとてもよく似ているんですが、中身は全然違うんです。月人にとっては普通の力で握ったつもりでも、地球人にとってはソレすら強すぎて危険なんです。ごめんなさい……私達はそんな事知っていたんですが……コリウスさんも私も、つい少し近づきすぎちゃいました。」



 ­­­――­­­――­­­――­­­――



 数分後、コリウスが冷たい車体の側面で手を冷やしている様子を視界の隅で見ながらアスクは自分の手を開いたり閉じたりして、自身の力加減の仕方を理解しようとしていた。


「あんな少しの力であそこまで痛そうにしちゃうなんて……難しいな……。」


 アスクがおもむろにシートベルトを両手の指で掴み、そっと引いてみた瞬間、呆気なく破けそうな音が聞こえたのでアスクは咄嗟に手を離して輸送車の天井を見つめた。


「……悩ましい。」


 このままでは地球人と協力する事はおろか、地球にある色んな物に触れる事も難しいのでは?

 一抹の不安を抱え始めたアスクには、とりあえず自分の手を見つめ、手加減の方法を掴む事しかできなかった。


 突如として、アスクの前方にあった不穏な気配が強まり始める。



 ――­­­――­­­――­­­――



「なんだか今さっきまで後ろ騒がしくなかったぁ?」


 助手席で背もたれに体重をかけていたロベリアが、腕の筋肉をぐっと伸ばしている。


「……。」


「……む、木槿、ロベリアがあなたに話しかけていますよ。」


 助手席と運転席の間に無理やり乗車しているアウトフォールが、抑揚の無い声を出す。


「……だからなんだ?ソレに答えたら何かが変わるか?死んだ奴らは帰ってくるのか?」


 声のトーンを落としながら話す木槿には、何故アウトフォールが無理やり前に乗ってきたのか、ロベリアが何故助手席に乗りこんだのか、その理由などとっくに分かっているようだった。


「……君がしくじればいつでも帰ってくるんでしょぉ?」


 暗い高速道路の所々を街灯が照らす。


「……その後はいつも同じような結末になる。」


「ふーん……じゃあやっぱり……()()()?」


 アウトフォールが突然に木槿の後頭部に銃を突きつける。

 それは本来、死神部隊が近距離戦闘用に持っているはずの『風力(ふうりき)鉱無反動ピストル』である。

 少なくともアウトフォールが持っていないはずの、人殺しを忌避する彼自身も持ちたがらなかったはずの物だ。


「ねぇ教えてよぉ……私達、今まで何回この会話した事あるの?」


「……。」


「……ふふ、ふふふふ。」


 輸送車の前方から立ち込める殺気を感じ取ったアスクが目を見開く。


「そうなんだぁ、やーっぱり!どう答えても変わらないんだね。仕方ないよねぇ……だってもう、道は分たれてるんだろうからさ。」



 ――­­­――­­­――­­­――



 直線の高速道路。

 街灯が輸送車の半分を明るく照らし、木槿とロベリアを光と影に分けた瞬間。


 2人の『強者』は対峙する事を選んだ。


 木槿が勢いよくハンドルを切り、輸送車が激しく揺れる。


「ぅぁ。」


 車内に固定されていなかったアウトフォールの体が、木槿が開けていた窓から車外に放り出される。

 道路に叩きつけられた彼の口から空気と音と、褪せた色の血が吹き出た。


「きゃぁぁっ!?」


「うぉぉっ!!!!」


 同じく外へ放られそうになったコリウスと一葉を、アスクの操る死月鉱が即座に固定する。


「何が起こってるの!?」


 スリップし、回転を始めた車の中で、ロベリアが胸ポケットから取り出したシャーペンで木槿を刺しにかかる。


「アウトフォールが酔って吐いちゃうでしょぉ!?もう死んでるから酔わないけどねっ!!アハハハハッ!!!!」


 視線を落としながら淡々と木槿は彼女の手を受け止め、跳ね返した。


「……ずるい!!ずるいなぁ!!!!」


 木槿がハンドルを握り続けながら、何度も襲いかかってくるシャーペンの先を腕で弾き続ける。

 その目には何の躊躇いも『感情の昂り』も無かった。


「こんな強いのに!!なんでそんな!!アウトフォールみたいなさぁ!!死体みたいな顔!!できるのさぁ!!!!」


「……。」


 木槿に対して、ロベリアは殺気と共に沸き立ってくる快楽物質(エンドルフィン)に顔を歪ませながら、白衣の中に隠していた死骸達に意識を集中した。


「その涼しい顔さぁ!!誰なら崩せるのぉ!?」


 擦れるタイヤの音と共に、車内に羽ばたき始めた毒蜂の羽音が鳴り響く。


「この子達ならどうかなぁ!?」


 白衣の中から這い出て来ながら顎と羽を鳴らす数匹の毒蜂の前で、木槿は冷静にハンドルから手を離し、シートベルトを外した。


「出オチは見飽きた。」


 瞬間、スリップを続けていた輸送車は高速道路の料金所に激突し、その勢いで木槿は車外に脱出してみせた。

 輸送車から料金所を挟んだ向こう側に着地した木槿は、白衣についた砂埃を軽くはらいながら内ポケットにあるリボルバーを取り出す。


「うぐ……!」


 シートベルトに腹を圧されたロベリアが嘔吐しながら、割れた窓ガラスに張り付いている潰れた虫の死骸を見る。


「ぐぅ……君が見飽きてない物なんてさ、まだあるのぉ?」


 車の中ではない()()()から、おどけたようで抑揚の無い笑い声が聞こえてくる。


「……お前の泣き顔くらいだな、一度も見た事がない。」


「「「……あはははははははははははははは。」」」


 料金所の受付口から次々と人の死体が、笑いながら這い出てくる。


「泣き笑いなら、見飽きてるよねぇ。」


「あぁ、死ぬほど。」


 人々の死体が一斉に木槿に向かって走り始める。


 かつて戦場で暗躍していた『傀儡師、ロベリア・クレマチス』は虫や動物の死骸、死体を自由に操る力を使いこなして幾多の勢力を混乱の中へ陥れて来た。

 彼女を中心にした半径約1kmの範囲内ならば、彼女が操れる死体の数に制限は無い。


 木槿が白衣をなびかせ、2丁のナイフ付リボルバーを死体共に向けた。


 明星 木槿……彼もまた、かつて戦場で名を馳せていた人物である。

 『政府の裏の切り札、死神部隊の不死身隊長』。

 アズノーン(能力弱者)のはずでありながら、彼は今日まで敗北が死を表すと言ってもいい数多の戦場で勝利を収めてきた。

 政府からの指令をこなせなかった事はオーダー(B.1)の排除を命じられた1度だけ、死神部隊が壊滅の危機を迎えても四肢すら失わなかった彼の姿そのものが、二つ名である『不死身の死神隊長』を物語る。


 敵の顔は、全員見た事がある。

 殺せと命じられたリストに載っていた奴か、かつて友でもあった奴か。

 そのどちらでもない、未来で会った事がある奴か。


 迫り来る動く死体(アンデッド)に冷めた視線と、死の気配に冷え切った刃を向ける。


「ふぅ……。」


 木槿が深く息を吐いた直後、彼をアンデッドの大群が飲み込む。


 直後に血しぶきや宙に舞う何本もの四肢と頭が空を彩った。


「殺せるなんて……思っちゃいないけどねぇ……おぇぇっ……最大限、抗わせてもらうよぉ……!!!!」


 よろけながら輸送車から這い出たロベリアが反吐を吐き、来た道を走って戻り始めた。


 アンデッドの首と四肢を瞬時に切り飛ばしながら、リボルバーのグリップについたナイフを華麗に回しながら、木槿は数秒の内に20体以上のアンデッドを行動不能にしていく。


 ロベリアが操れる死体は、かつて魂が存在していた箇所である胴体からソコに繋がっている部位だけであり、つまり死体の胴体から首と四肢を取り除けばロベリアの操る死体は無力化できる。


 まず最も危険な腕を、次に噛んでくる頭を、最後に蹴ってくる足を削ぐ。


 何体かのアンデッドが丁度よく並んでいるなら、それを一気にこなす。


 返り血を浴び、紅く染まっていく白衣を宙に舞わせ、更に多くのアンデッドを切りつける。


「!」


 大群の中で木槿が姿勢を低くした直後、彼の周りにいたアンデッドだけをチェーンソーが真っ二つに切り裂いた。


 アンデッドの足元で受け身を取った木槿はそのまま体をひねらせ、ソレらの体を盾にしながら突き進んで大群の中から抜け出す。


「チッ。」


 受付口から、今度は包丁やアイスピックなどの凶器を手にしたアンデッド達が這い出てきている。


「……()()4()()5()7()()。」



 ――­­­――­­­――­­­――



「工事だと、偽装するには……偽装して封鎖させるにはさぁ……。」


 息を切らしながら、静かな高速道路をロベリアが走り抜けていく。


「いや、何か違うなぁ……?あ、嘘を信じ込ませるためにはぁ……!『本当』を少し混ぜてあげるのがコツなんだって、ドラマで聞いたっけなぁ……!!」


 彼女が息を切らしがら走り続けていると、高速道路の横に開けた土地が現れた。


 コンクリートで固められた地面の上に事務所や車庫が建てられているココは、 恐らく『本当に工事をしている際に』拠点として使われるはずの場所なのだろう。


 無人の静かな土地を横切り、車庫の中へ入り、何かを見つけたロベリアが歪に口角を上げる。


「……情報通りぃ!……ねぇ、工事にも使われなくて、こんな暗ぁい車庫の中で一人ぼっちなんてさ……退屈だよね、暇だよねぇ!!」


 3本の足、2本の腕、太い胴体に半球に近い形の頭がついた巨大な物体。

 彼女の前で佇んでいたのは、5mはある大きさの『半人型ロボ(ライボット)』。


 事前に()()()()()()ライボットのキーを指にぶら下げ、ロベリアは挙動を揺らめかせながらソレ(ライボット)の上に登り始める。


「せっかくだしさ……私と一緒に遊ぼうよぉ……何をって?んー……そう!『月人争奪ゲーム』だよ!!!!」

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